GILI MENO Report 2003 |
名古屋空港のガルーダ・インドネシア航空のカウンターに
朝8時過ぎに行き、10:30発の切符の発券を待つ。
8:30になり、カウンターのお姉さんは、朝一番に並んだ僕に
何の好みも聞かずに、搭乗券をポーンとよこした。
僕の嫌いな喫煙席だった。
「禁煙席に換えてくれますか」と僕が言うと
お姉さんは「もう禁煙席は空いてにゃあ」と言い放った。
「あのなー、朝一番に来とるのに禁煙席がにゃあっちゅーのは
たわけとるんじゃにゃーか、おい、こら!」と僕は頭に来た。
「団体のお客様がすでに押さえているでよ。」とバカ女は答える。
「ワシは喘息なんやー(ウソ)、禁煙席でないとアカンのじゃーっ!
ドアホーッ!!」と関西弁で叫ぶと、上司が出てきて
あーだこーだとパソコンをいじってもめていた。
数分後、禁煙席が見つきゃったで、と出してきた。
「通路側でおねぎゃーしますでよ。」と僕は更に要求する。
僕はいつも、機内でビールを飲み続けて(タダなので)
しょっちゅうオシッコに行きたくなるから通路側が良いのだ。
最終的に、禁煙・通路側で席が取れたが
ガルーダはダサい会社だ。
対応も悪いが、喫煙席があること自体がダメだ。
バリ島行きの飛行機は、10月の爆弾テロ事件で
ガラガラだと予想していたのだが、満員だった。
飛行機に乗って初めてガイドブックを開く。
バリの最も良い季節は7月−9月で
11月〜4月は雨季と書いてある。
ああ、今は雨季なんだな、と知る。
飛行時間は7時間。
腕時計を1時間戻す。
飛行機から降りると、
ムワッと湿気を帯びた暑い空気に圧倒された。
両替を済ませる。10,000ルピアが140円
空港のホテル案内所で「30US$、クタ、ホットシャワー」と、
希望を出すと、ラマ・ガーデンというプールつきのホテルを紹介された。
プリペイドタクシー30,000ルピア(420円)でホテルへ向かう。
空港にホテル案内所とプリペイドタクシーがあるというのは
バリはさすが、まともな観光地だね。
ホテルは正確にはクタの隣、レギャンというエリアだった。
まずは、レギャンビーチを見に行く。
汚いビーチだ
次に爆弾テロのあったサリ・クラブを見に行く。
花が捧げられている。
More than 190 people were killed after bombs exploded
at the "SARI CLUB" in Kuta on October 12.
サークルKで、だいたいの物価を把握する。
コーラなどの缶=3,000ルピア(40円)
エビアン(1.5リットル)=17,000ルピア(240円)
ボルビック(500cc)=8,500ルピア(120円)
BINTANG缶ビール330cc=9,000ルピア(130円)
BINTANGビール330cc=6,500ルピア(90円)
キンタマニ産のコーヒー豆。お土産にどうですか?
朝7:30に起きて、ホテルの人にギリへの行き方を尋ねると
港に電話をかけて聞いてくれた。
その結果、8:30AMに一日に一本だけ
ロンボク島行きの船がある、とわかり
あわてて荷造りをして、タクシーに飛び乗った。
8:20にブノア港に着いて、切符を買う。
MABUA EXPRESS (25US$)=朝食(パンと水)つき
3時間後、ロンボク島のレンバル港に着いた。
そこから、群がってくる白タクの運転手を選び、バンサル港に向かう。
牛やヤギがいる、のどかな田舎道を1時間半走ってバンサル港に着いた。
そして小船をチャーターしてギリ・メノに向かう。
これは10人くらいに囲まれて、ぼったくられた。(約3,000円)
小船に30分乗って、14:00にギリ・メノに着いた。
あんがい簡単に来られたね。
金に糸目をつけなければ、何とかなるものさ。
楽園でっせ、あんさん!
Gazeboというホテルに決める。
扇風機、水シャワーで
1泊150,000ルピア(2,100円)
隣の Malias Child というレストランでランチにする。
焼き魚を頼むと、生野菜が皿に乗っていた。
生野菜を食べようかどうしようかと迷っていたところに
日本人の女の子が現れた。
「ねえ、生野菜食べて大丈夫?」と声をかける。
「大丈夫ですよぉー」と女の子(レイちゃん)は答える。
白人旅行者だらけのこの島で、
レイちゃんは日本語に飢えていたらしく
僕の前に座った。
レイちゃん(隣は現地人)
レイちゃんは2年間でこの島に6回来たというヘヴィリピーターだ。
1泊500円くらいのホテルに泊まっていて
1食あたり100円〜150円に抑えている。
この島をいつ出て行くのかは知らないが
その後は6ヶ月、5万円くらいで
アイランドホップしながら、香港まで旅するんだと。
前の晩、トッケーという種類のヤモリの大声と
大量の蚊のおかげで安眠できなかった。
トッケーの鳴き声はまず、「ギギギギ・・・」と
木の扉が擦れ合うような声から始まり
「ゲッ---チュー、ゲッ---チュー、ゲッ---チュー」と5,6回鳴く。
その声がニワトリ並に大きくて目が覚めるが、ソイツの姿は見えない。
それとは別に普通のヤモリも「キュキュキュ」と鳴いていた。
蚊の刺痕は、数えたら軽く100個以上あった。
これは僕の右膝です
きっと読者は僕がマラリアになるのを望んでいるだろう。
そこで、マラリアについて調べてみると
流行国として、この国=インドネシアが含まれていた。
マラリアには4種類あって
潜伏期が短いもので12日
長いもので30日とあった。
つまり、僕は2月の初めくらいになって
やっと、安全宣言できるのだ。
ホテルのマスターに「メチャクチャ蚊にやられたよ」
と愚痴をこぼすと「じゃあ蚊帳をつけてやるよ」と言って
釘を打ったりして、3人ががりでセットしてくれた。
(最初から作っとけよ!)
さて、持ってきたシュノーケルとマスクを持って海に入る。
きれいな海だ。
数十種類の魚が見える。
チョウチョウウオ、ナポレオン(の小さいの)、ウツボ、ダツ
クマノミ、フグのなかま、ベラのなかま、タイのなかま・・・
僕はダイビングで4−50本潜っているが
ほとんど魚の名前を覚えていないので表現力に乏しい。
水シャワーを浴びて、さっぱりする。
浜辺を散歩しながら、島を一周してみる。
サンダルでゆっくり歩いて1時間半で一周できた。
ホテルエリアや、船が通るところから遠くなるほどに
海の水は更に透き通ってプールのようにきれいだ。
昼になった。
ランチを食って、ビールを飲んだら眠くなって、浜辺で寝る。
潮が満ち引きする時、打ち上げられたサンゴがカラカラ音を立てる。
目が醒めると、ビール瓶に蝿がたかっていた。
蝿の中に一匹、緑色の小さな蜘蛛がいて
蝿を捕まえてくれた。
することがなくなった。
TVもないし、インターネットカフェもない。
バックパックの中から英会話の本を取りだし、声を出して読んでみる。
こういう島に来れば勉強に集中できるんだね。
レイちゃんを見つけた。
レイちゃんはテーブルで写真の整理をしていた。
彼女は一眼レフの本格的なカメラを持っていた。
子供や雲などの写真を撮るのが好きなんだと。
果物売りのかわいい子供が寄って来た。
レイちゃんはマンゴーの匂いを嗅いで
一番熟したのを選んで、僕に半分くれた。
これはうまかった。(30円)
部屋の鍵はかけなくなった。
昨晩はトッケーは鳴かなかったし、蚊の被害も少なかったが
軟弱な僕はホットシャワーを浴びたくなり、ホテルをかえた。
Villa Nautilus
ホットシャワー、エアコン
一泊66US$と、この島では最高級だ。
(5部屋しかありません)
100,000ルピア(1400円)出して、海ガメを見に行くことにする。
小船に乗って、すこし離れたところに行く。
ガイドが一緒に泳いでくれて、海ガメを探してくれる。
泳ぐ海ガメに近づこうとするが、追いつかず
カメは青く深い闇の中に溶け込んで、やがて見えなくなる。
青い海には太陽の光束が無数に射し込んでいる。
僕はこの幻想的な風景が好きなんだ。
ホテルに戻って、ホットシャワーを浴びる。
気持ちいい。
ランチは、魚を選んで焼いてもらう。
においを嗅ぎつけて猫が寄ってくる。
魚の頭やシッポを猫にやる。
この島は猫だらけだった
夜、Malias Childでカウントダウンパーティがあったが
僕はアラックを飲みすぎて、気持ち悪くなり
カウントダウンが始まる前に寝てしまったのさ。
2003年1月1日
ここのサンゴ礁は何年か前のエルニーニョ現象で
壊滅的なダメージを受けたそうだ。
昨日の晩、Malias Childのパーティで
10年前にここに来たという人がいた。
その頃はもっともっと水が澄んでいて
それは美しい島だったそうだ。
大学時代に神戸から船に乗って行った与論島は
それはそれは美しい島だった。
民宿から歩いて、はだしで海に入るとウニが足にささった。
その後、プリシアリゾートができたりして
社会人になってから行くと、もうウニはいなくなって
なんか切なくなった。
楽園は汚されるもの・・・
そして、この島にも、バリ島ブノア港からの直行便が
最近、開設されたのだった。
Bounty Cruise (40US$)
週に4回運行しており、明日がその日だった。
Malias Childで仲良くなった17歳のアント君に
「明日帰るよ」と言う。
「また来るか?」とアント君は聞いてくる。
「また来るよ」と僕は答える。
「来年か?」
「ああ、来年な。」
もう来ないだろうと思いながら、僕はそう答える。
時間はゆっくり流れるが、やがて日は暮れるのだ。
【POINT】
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【付録】
サヌール ハイアットのビーチ↓
クタよりはきれいです
デンパサールの寺にて