エフェス、イズミル、ヒエラポリス、アランヤ、スィリフケ、イスタンブール、トルコ、パムッカレ、カッパドキア、ブルーモスク、アヤソフィア、トプカピ

ブルーモスク

 

1999年4月28日 イスタンブール

夜、イスタンブールに着いた。

空港の銀行で1万円を3223万TL(トルコリラ)に両替。

100万TLが約300円と換算する。

 

現地時間で22時になっていた。

ホテル探しをせねばならないが、空港のホテル案内は見あたらない。

 

とりあえず両替所の隣にあるトルコ航空(THY)のお姉さんに聞いてみると

「30$で良かったら紹介してあげますよ。」

と、サービスで宿を紹介してくれた。

 

明日、朝の便でカラチに行くと言うパキスタン人と

デンマーク人の2人とともにホテルのお迎えのバスに乗りこむ。

 

窓からマルマラ海が見える快適なホテルに連れて行ってもらった。

トルコ航空御用達のトランジット用ホテルのようだ。

空港から市街までのバス代が浮いた。

ラッキーなスタート。

 

4月29日 イスタンブール

朝5時、街中にコーラン(男が祈る野太い大声)が放送され

目が覚めたが、外は真っ暗。

 

7時に朝食をいただく。

パンとゆで卵、2種類のチーズ、トマトスライス

オリーブの実、チャイorコーヒー。

このパターンはどの街に行っても同じだった。

 

まず、トプカピ宮殿に行く。

ヒマそうな若い警備兵がトルコ語で話しかけてきた。

 

何を言っているのかまったくわからない。

銃を持っていたので写真を撮らせてもらう。

 そいつは「写真を送ってくれよ」と

住所を僕のガイドブックに書き込んで

その時貸したボールペンを返してくれなかった。

 

ブルーモスク、アヤソフィア、地下宮殿などの観光名所を見てまわる。

アジアとヨーロッパをつなぐガラタ橋に行ってみる。

小船の上で焼いている名物のサバサンドを買う。

 

サバサンドに小さな紫色の玉葱を自分で好きなだけはさんで塩をかける。

うまい。1個で腹がふくれた。

サバサンド屋

 

ガラタ橋を渡って新市街(アジアサイド)に向かう。

新市街のおしゃれな街なみを歩く。

人が多い。人種は雑多だ。

 

シティバンクのカードを日本の郵便局で作ったので

使えるのか試してみたかった。

カードと同じマークのあるATMを探して試してみる。

英語表示に切り替え、暗証番号を入れると

数種類の金額のボタンが表示された。

桁が多いのでボタンを選ぶのに時間がかかる。

じっくり桁を数えて

10,000,000TL(3000円)のボタンを押してみると

金を引き出すことができた。

 

イスタンブールは今日で去ることにして

トルコ航空で翌日朝のカイセリ行きのチケットを手に入れた。

 

  4月30日 カッパドキア

早朝、タクシーに乗って空港に行き

7時45分発のカイセリ行きに乗る。

 

カイセリは富士山より高い雪山の麓にあり、景色が良い。

オトガル(バスターミナル)から

カッパドキアのギョレメ行のバスに乗る。

 

バスの助手はよく働く。

水やコーラをコップに注いで配ったり

香水を客の手に振りかけて回ったりと忙しい。

香水は揮発性で手を擦るとすぐに気化する。

体温を下げてくれて、気持ちがよい。

 

昼頃ギョレメ村に着いた。

アナトリアという小さなペンションに決める。

話好きのフランス人の奥さんがカッパドキアの名所について

わかりやすい英語で説明してくれた。

ペンション「アナトリア」

 

まず、近場の博物館を見に行くため出かけようとすると

奥さんが「この犬がガイドするから、いっしょに行けばー」

と言うので犬を一緒に連れて行く。

 

その老犬マキシーはヒモなしでついてくる

ときおり車道を走る車めがけて吠えながら

至近距離まで走り込み、車にぶつかりそうになる。

(羊に近づく外敵から羊を守る、という羊飼い犬の習性らしい)

 

5月1日 トレッキングする

朝は少し冷える。コーランは聞こえなかった。

庭の木に鳥がたくさん来て、そのさえずりで7時頃目覚める。

 

朝食は9時−12時だが時間がもったいないので

朝食を摂らずにトレッキングを開始。

まず、レッドヴァレーに行ってみる。壮大な風景だ。

 

途中、道に迷って砂岩の岩山を滑り降りて

下の道に行こうとしたが絶壁に遭遇した。

また戻らなければならなくなり、引き返したが

降りてきたところが砂岩で滑って登れない。

このまま餓死するかも、とまじで怖くなり

全力で砂岩の壁をよじ登った。

トレッキングシューズを履いていたため助かった。

 

レッドヴァレーのトレッキングを終えて

舗装された道路4kmを歩いて戻る。

タクシーを探しながら歩いたが1台も通らない。

馬で畑を耕している風景をよく見る。

馬車の農夫とすれ違う時、農夫は会釈をしてくれる。

 

11時頃ギョレメに帰ってきた。

オトガル近くの店でトルコ風の薄いピザを食べる。うまい。

 

ホテルに戻ると奥さんが朝ゴハン食べるか?と聞いてきたが

ピザを食べて腹一杯だと言うと、うちの自慢の朝食を食べないで

ピザを食べるなんて・・と憤慨していた。

 

午後からピジョンヴァレーに行く。

歩いていくと奇岩が次々と現れる。

崩れそうな奇岩が多い。

地震か大雨があれば一気に崩れそうだ。

 

ときおり中型の黒い亀に出会う。

奇岩に見とれていて一度亀を踏んでしまった。

亀は「キュウ」と鳴いたがなんとか大丈夫そうだ。

ゴメンと謝りました。

 

ペンションに帰ってシャワーを浴び、涼んでいると

庭で従業員のフランス人の兄ちゃんがギターを

弾いて歌い出した。のんびりして心地良い。

 

暗くなってきたのでディナーに出かけ、ケバブを食べる。

これもうまい。

レストランの店長が「ボールペンを交換しようよ。」と言うのであげたら

お礼にとRAKIという酒を少しくれた。

RAKIはウォッカなみの強い酒で、水を加えると白濁する。

ハーブ入りのうまい酒だ。

 

ペンションで夜ヒマだったので談話室で赤ワインを注文。

さっきのフランス人の兄ちゃんが

「カッパドキアワイン」のボトルを持ってきてくれた。

従業員がバックギャモンをしているのを見ながら飲んでいたが

これが渋くて全部は飲めずに残した。

 

5月2日 8時間バスに乗る

カッパドキアにはもう少しいたかったが

次のところにも行きたかった。

奥さんに別れを告げる。

昨日のワイン代はと聞くと

「まずいワインのお金は受け取れないね。」と粋なことを言う。

 

早朝のバスだったので、

「自慢の朝食」は食べられなかった。

 

地中海を見るために南下する。

バスを2回乗り換え、約6時間半かけて南部の街メルシンに着いた。

メルシンでスィリフケ行き直行バスを探したがない。

 

手が真っ黒けの靴磨き少年が寄って来たので尋ねてみると、

そのへんにいる人たちに聞いてくれて

「市街バスしかないみたいよ。」と言うのでそれに乗る。

 

バスの助手が貪欲に

「スィリフケ、スィリフケ行きでっせー。乗りまへんかー。」

と歩道の人たちに声をかけながら、のんびりバスは進む。

 

1時間半後、やっとスィリフケに着いて

オトガル近くの2つ星ホテルにチェックインした。

西向きの部屋で遠くの山の上に古城が見える。

 

街に出てみるが、この街には何もない。海も見えない。

街の中心にあるという川に行ってみた。

川の周りで人々がくつろいでいる。

はしゃぎながらすべり台で遊んでいる幼児、

サッカーをしている子供、それを見ている大人

人々は裕福そうではないが幸せそうだ。

 

トルコ語を覚える。

「こんにちは」=「メルハバ」

「ありがとう」=「テシェッキュレデリム」

「さよなら」=「(去る側)アラスマラドゥク」、「(送る側)ギュレギュレ」

 

5月3日 7時間バスに乗る

ホテルのフロントのキュートなお姉ちゃんにはまったく英語が通じない。

別れ際に「アラスマラドゥク」と言ってみると

笑顔で「ギュレギュレ」と言ってくれた。

うれしい。

 

アランヤ行きのバスに乗る。

道は海沿いだが細いグネグネの山道でスピードは出せない。

前にいる幼児が苦しそうに吐いている。

途中2回、銃を持った兵隊が乗り込んできて

乗客のIDカードをチェックした。

クルド人対策か?

 

スィリフケから7時間バスに乗ってアランヤに着く。

オトガル付近のホテルに決めて、近くのビーチに行ってみる。

やっと地中海に足を入れることができた。

水がきれいですばらしいビーチだ。

ホテルのお姉さんに魚のうまい店を紹介してもらい

港の方に行ってみる。

氷の上にディスプレイしてある魚を2匹選んで注文。

夕暮れの穏やかな海のそばのテラスで景色が良い。

崖の上にお城が見える。

エフェスビールを飲んで魚が焼けるのを待つ。

どこに行ってもエフェスビールを飲んでいた。

先ほど選んだ魚の唐揚げとムニエルが出てきた。うまい!

頭や尻尾などのアラをそばにいた猫にやる。

猫はよろこんで全部食べてくれた。

さらに催促してニャアと鳴いたためウエイターに追いはらわれてしまった。

  

5月4日 8時間バスに乗る

アランヤからアンタルヤまでは海沿いの直線で快適。

アンタルヤで乗り換えてデニズリ行きバスに乗る。

乗り合わせた小さな子供を連れた家族の親父が

しきりにトルコ語で喋りかけてくるがわからない。

 

ガイドブックのトルコ語の例文のページを見せると

「あなたは何歳ですか」、「トルコは好きですか」などと

質問責めになってきて、周りの人やバスの助手も加わってきた。

そのうちに「家に来い」と書いてあるところを指し示してきた。

どうやら本気らしい。

楽しそうだが時間的に厳しくなるので断った。

 

デニズリのオトガルから満員の市バスに乗りこんでパムッカレに到着。

アランヤから約8時間かかった。

 

ホテルを決めて、有名なパムッカレの石灰棚を見に行く。

思ったより小さい。

温水プールには入れず、湯量も少ない。

話好きのモハメド・アリに似たホテルの兄ちゃんに

おすすめのレストランを教えてもらい

言われたとおりにアダナケバブ定食とヨーグルトを頼む。

これがどちらも最高にうまかった。

 

パムッカレワイン(赤)はまたも渋くてまずかった。

白ならうまいのかも知れないね。

パムッカレで遊んでいた子供

 

5月5日 9時間列車に乗る

朝早く目が覚めたので、窓から石灰棚を見ていた。

石灰棚の下にある牧草地に羊飼いがやって来て、羊に草を食べさせていた。

 

石灰棚を登ってみると

その上に巨大な遺跡群「ヒエラポリス」があった。

紀元前の遺跡で廃墟になっている。

地震で石積みがぐちゃぐちゃになったそうだ。

パムッカレはこの遺跡の主たちのお風呂だったようだ。

 

朝食後メロディホテルの兄ちゃんと

頬を寄せてトルコ式の別れをしたあと

デニズリ行きの乗り合いバスに乗り込んだ。

 

デニズリのオトガルから歩いて

国鉄のデニズリ駅に行ってみる。

イズミル行き列車は2時間待ちだが

もうバスは嫌になっていたので国鉄に乗ることにする。

 

2時間、デニズリの街を探索してみる。

活気のある良い街だ。アイスクリームを食べる。

うまい。

 

アイスクリーム屋のおじさん

 

髭が伸びてきて気になってきたのでカミソリを買うことにする。

露天の店で真鍮製のレトロな両刃のカミソリを買った。

 

国鉄の切符の値段はバスに比べると10分の1だ。

客層はバスの客層とは明らかに違って貧しそうだ。

皆コカコーラなどのペットボトルは持っているが

水道の水を入れている。

20人ぐらいの人たちと列車を待つ。

 

ヒマなので人々を観察する。

老人が多い。

それらのほとんどの人たちが数珠を持っている。

数珠の種類は人によって好みがあるようで様々だ。

左手に数珠を持っている

 

駅にかわいい子犬がいたので見ていると

婆さんと手をつないだ幼児が

はしゃぎながら子犬を蹴ったり

石を投げつけたりしていじめ始めた。

頭のおかしい子供なのかと思ったがどうも違うようだ。

逃げまどう犬を助ける人はいない。

 

トルコ人は犬が嫌いなようだ。

 

子犬が鳴きながら僕に寄ってきて

助けを求めたので足下で保護してあげた。

犬にはやさしい人がわかるんだね。

列車が来て、6人席の個室に座る。

その部屋の客は僕を含めて3人。

前に誰もいなかったので靴を脱いで足を伸ばしたとたん

その横に座っていたオッサンが怒りだしたのでやめた。

座席は砂埃で白くなっている

 

1時半になるとこのオッサンは白いレースの帽子をかぶって

前の3人分の席を使ってイスラムの祈りを開始した。

(車内にコーランは聞こえない)

 

隣の個室はどうかと思って見に行くとそこでもやっていた。

もうひとり数珠を持った爺さんが僕の隣に座っていたが

この爺さんは微動だにしない。

 

どこかの駅で6,7歳の美少女が

家族と乗ってきて真ん前に座った。

僕をじっと見つめる。僕も見つめ返す。

美少女の靴下に大きな穴があいている。

暑いのにセーターを着ている。毛玉だらけだ。

一張羅のよそ行きの服なのかも知れない。

 

折り鶴を作って渡そうと思い

ノートをちぎって作り始めたが

鶴の折り方を忘れてしまったことに気づいた。

 

バスなら5、6時間で行けるところを

9時間近くもかかってイズミルに到着。

ホテルを決める。かなり疲れていた。

シャワーを浴びて、髭を剃る。

新品のカミソリは切れ味が良すぎて皮膚も切ってしまった。

 

街に出て食事をする。

裏通りでは、道いっぱいにテーブルを広げて人々が

ビールを飲みながらサッカーを見ている。

ヘディングシュートが決まって街中に歓声が沸き上がった。

 

現金がなくなってきたので

ATMで1000万TLを引き出そうとして、

桁を間違えて1億TL(約3万円)のボタンを押してしまった。

疲れが蓄積していたんだね。

 

早く寝ることにしたが

ホテルの部屋は大通りに面していて騒々しく寝苦しかった。

 

5月6日 イズミル

 疲れがとれないので騒々しいホテルをチェックアウトして

別の静かな3つ星ホテルに変更。

 

今日は休息日と決めてダラダラ過ごすことにする。

もうこれ以上バスや国鉄で移動する気力がなくなった。

 

このイズミルを最終の地とあきらめ

THYで8日発のイスタンブール行き航空券を買った。

 

エーゲ海を見に行く。

海は汚い。

イズミルは港町でイスタンブール、アンカラに次ぐ大都市らしい。

 

レストランに魚を食べに行く。

バルブンという魚の唐揚げが抜群にうまい。

 

そのあと、バザールへ行ってみる。

すごい活気だ。

 

5月7日 エフェス

朝食後、日帰り観光でエフェスへ向かう。

荷物がないので楽だ。

セルチュク行きのバスに1時間ほど乗る。

セルチュクから歩くことにした。

日差しが強い。

昨日どこかで、バルセロナで買った帽子をなくしたのでつらい。

 

 エフェスまで4kmもあるようだ。

タクシーに乗れば良かった。

幼児を連れたお母さんに道を尋ねると

遠いからダンナに車で送らせると言ってくれた。

 

エフェスの入り口に着くと大勢の客が観光バスで来ていた。

エフェスは紀元前の巨大遺跡で観光客が多い。

入り口付近の店でナイキの偽物帽子を300円くらいで買った。

古代のトイレ:冬は奴隷に暖めさせたという

(写真の人は僕ではありません)

 

ニケの女神のレリーフがあったが、ナイキの語源はこの女神だと、

団体客が雇ったガイドがナイキの靴を見せながら言っていた。

ニケの女神

 

帰りもセルチュクまで向かって歩いている途中

親切なカップルが車に乗せてくれてオトガルまで送ってくれた。

 

イズミルに帰る。

街でブラブラしていると英語のうまい靴磨きの兄ちゃんが

「 ”バザールでゴザール”って何?」

と話しかけてきた。

誰かが変な日本語を教えたようだ。

「日本のダジャレだから、英語で説明するのは難しいなー」

と僕が反応したため奴は僕をカモだと思ったのだろう。

靴磨き道具を肩に掛けてついてきた。

 

「靴磨いてやるから5円玉くれよー、集めてるんだ。」

「今、持ってない。」

「その帽子ええなー。俺は毎日帽子もなしに暑い中

靴磨きをしてるんだぜ。その帽子くれよー。」

「さっき買ったばかりだからだめだ。」

「俺を傷つけるなよ、マイフレンド。俺は日本人が好きなんだぞ。

おまえのせいで日本人を嫌いになってもいいのか?」

それが奴のくどき文句だ。

 

「友情のしるしにおまえの靴を、タダできれいにしてやるよ。」と言うので

「本当にタダならいいぜ。」とやらせた。

彼が僕の布製のトレッキングシューズを

歯ブラシで、ていねいに擦りだすと

砂埃が煙になって出てかなりきれいになった。

さらに前のゴムの部分に靴墨を塗ってくれた。

 

終わってから男はやはり金をくれと言い出した。

生活は苦しそうだが金はやらない。

かなりしつこかったが「No Problem」で対応する。

 

エーゲ海の夕暮れを見たあと魚を食べに行く。

うまい!

この店では頼みもしないのに醤油を出してくれた。

 

5月8日 イズミル

 飛行機の出発時間は夕方なので街でブラブラする。

港の方に歩いていくとガイドブックには載っていない、おしゃれな街があった。

テラスレストランでエフェスビールとキョフテ定食を注文。

どういう意味か?

 

腹が満たされて、またブラブラする。

ホテルの近くに戻ってくると

また奴が現れて「帽子をくれ」と言い出した。

「だめだっつーの。」と言うと

また「俺を傷つけるなよ、マイフレンド」だ。

 

食べ納めにバルブンのうまかった店に行き

また魚を食べる。

試しに醤油を請求してみると出てきたが妙な味だった。

漢字が書いてあるが日本製ではない。

 

魚は新鮮でおいしいが

味付けはオリーブオイルと塩、胡椒だけでは物足りない。

醤油は日本から持っていった方が良いだろう。

 

夕方、イズミルに別れを告げ

空港行きのトルコ航空のバス(タダ)に乗り込んだ。

 

(おわり)