| 野の花を見よ |
植物観察は、趣味ではありません。一時期、観葉植物を集めた時期がありましたが、すごく植物が好きというわけではありません。では何故ここに、花や草の写真を掲載しているのかと問われそうなので、簡単な説明を書いておきます。 聖書に次の箇所があります。イエスが山の上で説教した一部です。 マタイによる福音書6章25−34節 6:25「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。 6:26空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。 6:27あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。 6:28なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。 6:29しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。 6:30今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。 6:31だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。 6:32それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。 6:33何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。 6:34だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」 聖書は新共同訳(日本聖書協会発行)からの引用です。著作権は以下の通りです。 (c)共同訳聖書実行委員会 / Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 / Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988 野の花がどうして育っているのかを注意して見なさいと書かれています。それで、野の花を愚直に眺めはじめました。すると、「いったいこの花は、何という名前が付いているのだろうか」という疑問が起こりました。少しずつ名前を覚えていくと、草花と友達になったような嬉しさが感じられました。 季節毎に、花が咲き、枯れて行きます。花壇に咲き誇る花も良いのですが、野に咲く花がとても親しみやすく、美しく感じるようになりました。人の手を借りずに立派に生きています。悲惨な出来事が多く居たたまれない状況の世界ですが、草花を見続けていたら、長くこの世界にとどまりたいと思う心境の変化がありました。 野の花の観察は趣味ではありません。ただ、「きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら」を実体験しているにすぎないのです。それで、野の花を見る事は私にとって、私自身を見ているのと同じなのです。 Last modified : 2005/01/22 |