佐井好子とは


1970年代後半に活動したシンガーソングライター(死語?)と書くと面白くも何ともないのだが。4枚のアルバムを発表したが、特にヒットもなくひっそりと姿を消した。

普通そのまま忘れ去られてしまうものだ。だが、ネット時代の到来がそれを許さなかった。まず「佐井好子再評価委員会」というサイトが東北地方で立ち上げられた。彼女の唄を聞いたものはその唄を忘れていなかった。彼女のことなんか全然知らなかった世代にまでその音楽が伝わっていたのだ。今では「幻夢シンガー」などと彼女のことを呼ぶ人もいる。試しに検索エンジンに彼女の名前を入れて検索してごらん。

アナログ音源からCDになるまでそう時間はかからなかった。まさか、あれから4分の1世紀を経てCD化された彼女のアルバムを入手できるとはね。
詳しい経過は以下のサイトをごらん頂いた方が早い。

佐井好子再評価委員会

佐井好子 official web site

さて残された4枚のアルバムだ。自分にとって高校末期から大学時代にかけての時代だ。まさに「青春」の時期に重なる思い出深い歌手だ。2回彼女の唄をライブハウスで聞いたが、お客さん少なかったな。柏で聞いたときなんか自分を入れて二人だったし。でも、彼女の唄が好きだった人はずっと忘れていなかったのだ。

1975年
ファーストアルバム「万華鏡」
自分の高校時代にこれは出された。シングルカット「二十歳になれば」を含むデビュー作品。まだ荒削りで「冬の地下道」などごく普通のフォークっぽい曲もあるが、それでもちまたで人気のあったミュージシャンとは一線を画す作風がある。

メジャー受けする歌手ではない。夢野久作の影響を受けたという彼女の唄はむしろおどろおどろしい。しかし、聞くものには強烈な印象を与える。森田童子とほぼ同時代の歌手だが、森田のようにテレビドラマの主題歌に採用されブレイクするなんてことはあり得ない歌手なのだ。





1976年
セカンドアルバム「密航」
トータルアルバムとしての完成度は高い。バックには高中正義も参加。テーマはシルクロードだが、JOJO広重氏が言うように意識の旅であろうか。










1977年
サードアルバム「胎児の夢」。「密航」を上回る完成度。恐らく、4枚のアルバムの中では最高傑作といっていいのではないか。ヒターノ、アルハンブラの青い瓶とスペインを連想させる曲名が続くが、スペイン舞踊や音楽の影響はみじんも感じられない。あくまで彼女のイメージを想起させる言葉なのだ。

大学時代にはこのアルバムだけ入手できなかった。CD化されてようやく聞くことができたのは感無量。






1978年
ラストアルバム「蝶のすむ部屋」

暗い、どろどろしたイメージの多い彼女の曲だが、このアルバムはむしろ一転して明るさを感じさせる。ジャズの影響も大きくなってきている。その分、一般には受け入れやすいかも知れない。

このアルバム作成の前、彼女はインドを旅行。その結果、思うように曲が書けなくなり音楽活動を停止する。




しかし、長い年月を経ても忘れられないものというものはある。佐井好子の曲もそうしたものだ。CDが出てからJOJO広重とのインストルメンタルアルバム「クリムゾン・ボヤージ」で久しぶりに美しいスキャットを聞かせてくれたときは本当にうれしかった。

相変わらず彼女は音楽活動を再開する気はないようだ。残念ではあるが、これで良かったのかも知れない。多分、ネット上の伝説と化して少数の人々に彼女の唄はこれからもずっと語り継がれていくのではないだろうか。