
俺(盗作疑惑アリ)
その任務とは…元々は我が社から分裂してライバル会社となり、ついには前年度売上でわが社を上回ってしまった会社…プラナリア社を崩壊させる、というものだ。
プラナリア社
それは社長の沖田の強力なカリスマ性とリーダーシップにより成り立っている会社だ。
沖田は、元我が社の社員で、ウチの社長が「次期社長候補」として可愛がり、育ててきた男だ。
なおかつ、元俺の上司でもある。
上司としての沖田は、とても頼れる男だった。
どんなトラブルが起こっても、沖田に頼めば何とかしてくれる、そんな安心感を与えてくれる。
だから、部下は安心して仕事に取り組めたし、業績を上げる事もできた。
ただ、急激に人望を集め、メキメキと頭角をあらわした沖田を、社長は恐れ、疎ましく思いはじめたのだ。
そこで、理不尽な人事異動を数回繰り返したのだが、沖田はどこに行っても驚くべき結果を残したのだった。
そしてついには「数十年、いや数年後には沖田に失墜させられてしまう」と思いこんだ社長は沖田をまたもや理不尽なやり口で追放したのだった。
これが、全ての間違いの元だった。
取引先の殆どが沖田に魅了されていた中での追放。
沖田が多数の支援を受けて会社を立ち上げ、わが社を追い抜くまでに、3年とかからなかったのだ!
社長は追い込まれた。
会社の存続を危ぶむ重役達により、解任させられるのは時間の問題だった。
そこで。
一時期は沖田の側近として行動を共にした俺にプラナリア社壊滅の「指令」が下ったのだ。
しかし、相手は沖田である。
とても正攻法ではかないっこない。
散々悩んだ挙句に、俺はある結論に達した。
「成功率99%以上の男」
そう、あの男に狙撃を依頼するのだ!
プラナリア社は、沖田がいなければただの「産まれながらの部下」の集団に過ぎない。崩壊は免れない。
その事を社長に提言すると、一言だけ口を開いた。
「全ての証拠を消すんだぞ」
もし、沖田が「狙撃」という疑いようの無い「他殺」で命を落とせば、当然の事ながら我が社が疑われる。
それを払拭するには、ただの一つも証拠を残してはならないのだ。もちろん、証人も。
一瞬俺の命も心配したが(社長に消されないか、という意味だ)、それは無いだろう。
沖田の死後、我が社の社員が誰か一人でも死ねば、我が社自身による口封じを疑われてしまうからだ。
ただ、問題が一つ。
成功率99%以上の男。
こいつは間違いなく仕事をしてくれるだろう。
しかし、その後が問題だ。
奴を消すのは並大抵の事ではない。狙撃のプロ、という事は、潜入や逃亡のプロでもあるからだ。
護身術においても同じ。侮る事は出来ない。ましてや、俺の手に負える獲物ではないはずだ。
そこで、ある一つのプランを立てることにした。
さすがの奴さんも、たった一人で一つの小隊との交戦で生き抜く事は出来まい。
良く訓練されたゲリラ部隊。その一小隊を日本に呼ぶのだ。
彼らの「ジハード」の資金援助と引き換えに。
幸い、我が社は早くから中東進出を果たしており、現地での安全保障上、ゲリラとも交流があった。
彼らに「奴さん」を襲わせる。
あとは、ゲリラが帰路につく前に警察に「強力な火器を保有したテロリストがいる」と通報し、包囲網が出来た所で警察の背後から一発の弾丸を奴らに打ち込めばいい。そうすれば奴らは迎撃を開始し、すぐに故郷から遠く離れたこの国で「ジハード」と叫びながら殉職していくだろう。
我ながら完璧な筋書きだ。
沖田は急成長を遂げた会社の社長。裏表を問わず、恨みを疑われる人間は少なくないだろう。
証拠さえ残さなければ、事件は闇へと消えてゆく。
ゲリラには報酬と、慰霊金を大目に払っておけば問題ない。
彼らは誇り高く、戦場での失敗を他人のせいになどしない。ましてや俺を疑う事など無いだろう。
そして決行当日。
成功率99%以上の男。彼は見事に任務を遂行した。
だが、ちょっとした誤算があった。
奴さんは、ゲリラの先鋭部隊の急襲をかわし、あろうことかその場で全員帰り討ちにしてしまったのだ。
間もなく、この隠れ家も奴の知る所となるだろう。
俺の生涯もここで終わり。
せめて、奴が来る前に、生きた証として絵筆でも取ろうと思い、今日に至る。
(TOPの画像…パクリと言われれば返す言葉が無いですが、100%間違いなく僕の自筆です。画像の転載ではありません)
以下、俺ことヤマグチサトルの(本当の)プロフィール。
1997年に上京。1999年よりatomic
fireballに(結果的に)最後のギタリストとして参加。バンドはその後Voの脱退に伴い2002年にscaleneと名を替える。2003年の2月、離散。現在音楽活動は凍結中。
2004年から「sonny.山口」名義でイラストを、2005年から「山口サトル」名義で絵画制作を開始。
2005年からは「山口悟」の名で活動中。
過去の活動歴
2005年3月 GEISAI#7
出展
2005年5月 デザインフェスタ22 出展
2005年9月 GEISAI#8 出展
2005年12月〜2006年1月 横浜赤レンガ500人展 出展
2006年3月 GEISAI#9 出展
2006年9月 GEISAI#10 出展
2006年6月〜9月 J.A.Mアートフェスティバル
出展中