1482年、『東方三博士の礼拝(マギの礼拝)』を完成させることなく、ダヴィンチはフィレンツェを発ちミラノに着きます。ミラノ公のルドヴィーゴ・スフォルツァに仕えながら、自分の工房を開いて独立したのです。
ダヴィンチの工房は、フランシスコ会系「聖母無原罪の御宿り信心会」から祭壇画の依頼を受けます。
その依頼を受け最初に描いたのが、現在ルーブル美術館にある下の『岩窟の聖母』です。
『岩窟の聖母』を描くにあたり、ベースにしたのは師ヴェロッキオの工房で、彼も天使を描いた『キリストの洗礼』です。天使は、洗礼者ヨハネに教えるように、『見よ、神の小羊』とイエスに向かって指差ししています。洗礼者ヨハネは2本指で洗礼を与え、それをイエスが受ける場面です。
ただし、ダヴィンチは異時同図法を独自に応用展開させ、洗礼者ヨハネの異なる時間も描いたのです。
異時同図法は、1枚の絵の中に同一人物の異なる時間を複数描き込む画法です。1枚の絵の中に、時間の流れ、複数の意味を持たせることができます。代表的な例でマザッチョの貢ぎの銭があります。
宗教画ですから、当然、複数かかれる人物はイエスやペテロやモーセといった聖書の人物です。
それを応用したのがボッティチェリの『東方の三博士の礼拝』でした。ボッティチェリは自分を複数描き、ダヴィンチも、ボッティチェリのマネをして自分を複数描いていました。
ダヴィンチが『岩窟の聖母』に仕掛けたのは、異時同図法をさらに応用展開させたもの。
異なる時間を描かれたのは洗礼者ヨハネです。
洗礼者ヨハネを別の場所で違うポーズにして異なる時間を描くのではなく、洗礼者ヨハネ(今回は首だけ)をそのままのポーズで別の場所に移動させることによって、洗礼者ヨハネの異なる時間が見えるようにしたのです。
まず最初の状態は、天使は洗礼者ヨハネに彼が主イエスであることを示し、洗礼者ヨハネはイエスに水で洗礼を授けるという場面です。
次に、洗礼者ヨハネの首だけを別の場所に移動させます。『岩窟の聖母』では体の一部だけです。
(『最後の晩餐』の時には人物ごと移動させます)
すると、洗礼者ヨハネの最期の場面に変化するのです。
聖母マリアの左手が首を持つ手に変わり、天使の人差し指は手刀のように変わります。ダヴィンチは、手にも複数の意味が持たせられるようにポーズをつけていたわけです。 非常に手の使い方がうまい。 だからダヴィンチの絵の謎を解くためには、『手の動き』も着目すべき点なのです。
そして、もう一つのポイント『視線』。 この絵の中で気になるのは天使の視線です。天使は洗礼者ヨハネを見ているのではなく、ボッティチェリの自画像のように、こちら側に向いてます。この絵の中で他とは違う特別な存在。 天使は絵を見る者に何を言わんとしているのでしょうか?
以下の聖句は、この絵から感じるイメージとして引用します。
マタイによる福音書3章7節~
「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、おまえたちはのがれられると、だれが教えたのか。だから、悔い改めにふさわしい実を結べ。自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。」
ヨルダン川でイエスに洗礼を授ける前に洗礼者ヨハネが民に語っていた言葉です。しかし洗礼者ヨハネは、イエスを不信し、ヘロデによって首を切られるという結末を迎えます。 天使の視線は絵を見る者に語りかけてくるようです。
「あなたたちも洗礼者ヨハネと同じ、良い実を結ばない木はことごとく切られますよ。」と。
首を移動させることによって、洗礼者ヨハネの異なる時間「洗礼者ヨハネの最期」の意味を込め、異時同図法の奇抜な応用展開を成したダヴィンチ。誰も気づくことがないであろう自分だけの秘密。今度こそボッティチェリを超えることができたと内心自負しながら、教会に来訪する多くの人々と共に絵を見上げる日を想像したことでしょう。
しかし、彼は大きな屈辱を味わうことになるのです。
彼の描いた絵は、祭壇画として教会に飾られることは無かったのです。
2枚目の岩窟の聖母、イエスの位置が何故入れ替わったのか?
教会との金銭トラブル勃発、裁判が長期化。ダヴィンチは『岩窟の聖母』を別人に売却してしまいます。
元の依頼主に納品されたのは現在ナショナルギャラリーに所蔵されている右側の絵でした。
2枚目は、十字の杖を持つことによって、イエスと洗礼者ヨハネの位置が変わり、天使の人差し指もありません。なぜこのように変わってしまったのか?
教会とのトラブルは、金銭だけでなく、彼の絵を修正するように注文をつけたからだと推測します。
ダヴィンチの絵に難癖つけるとしたら、おそらく天使の手。手が3つ集まり、ごちゃっとした感もあります。
聖母マリアが幼子の頭部にかざしている手を遮るような位置に天使の手があるから、手は無くしてくれと要望があったかと。 これが普通の絵なら、自分も右の方が聖母マリアの手のぬくもりが幼子に直に注がれる感じがしていいと思います。
人指し指がなくても視線でもってイエスを示すことができます。
しかし、天使の人差し指の手を消すということは、ダヴィンチにとっては致命傷。彼の仕掛けた暗号が成立しなくなってしまうから。かといって、この手の意味を証すわけにもいかない。 絵を修正するぐらいなら、そのままの状態で別の人に売ってしまった方が良かったということだと思います。
あとは教会の望むように描き直せばいいんだろ!と、そうしてできたのが2枚目のナショナルギャラリー版。
天使の指を消すと、幼子の見分けがつきにくくなります。だから十字の杖を加えて判別させようとしたのでしょうが、天使の指を消すことによって、聖母マリアのかざした手が生きてくるから、それを受ける幼子がイエスに見られてしまったので、イエスから祝福をうける洗礼者ヨハネという姿にしたのでしょう。それが二人の位置が入れ替わってしまった理由かと。
ダヴィンチは1495-98年は『最後の晩餐』に取り組んでおり、1499年にはミラノを離れます。
ナショナルギャラリー版は、主に弟子が描いたとする説がありますが、ナショナルギャラリーは絵の修復の過程で、この2枚目も大部分がダヴィンチ本人が描いたものだと発表しています。
ただダヴィンチの仕掛けた暗号は、ルーブル版にしかありません。ナショナルギャラリー版は、たとえダヴィンチの筆がいくらか入っていたとしても、絵の構図は彼の本意とはかけ離れたものです。
『東方三博士の礼拝(マギの礼拝)』では中途半端な状態で放棄してしまい、『岩窟の聖母』では、自信の作品が出来たのに、これも祭壇画として多くの人の目にとまることはありませんでした。
1495年彼は『最後の晩餐』の依頼を受けます。 教会の食堂とはいえ、完成すれば取り外すことのできない壁画です。 まだ何もない状態の壁を彼はどんな想いで見あげたことでしょうか。
私は決して障害に屈しはしない。いかなる障害も、私の中に強い決意を生み出すまでだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチの名言より