上段中央がダヴィンチのもので、他はダヴィンチの絵を元に描かれた作品です。
どの絵も15~16世紀頃のものと鑑定されているようです。
これらの絵で気になる違いは、両端の柱が見えるか見えないかです。
ダヴィンチの絵は、柱の下の丸い部分しかありません。
絵の両端は切断されたのではないか?という説もあったようですが、現代の調査によって絵の左右を切り取った形跡はないそうです。
その柱の解読の前に、ダヴィンチがこの絵を手掛ける以前に、旧知のボッティチェリがどんな絵を描いていたのかを見てみましょう。
ボッティチェリが描いた『ヨハネ黙示録12章の男の子を産む女』
ボッティチェリ『神秘の降誕』1500年頃
中央に、幼子イエス・聖母マリア・聖ヨセフがいます。
リボンを結んだオリーブの木を持つたくさんの天使たち。それらのリボンには『神の小羊を見よ』、『いと高きところには神の栄光』、『地の上では、御心に適う人々に平和があるように』と、ローマ・カトリック教会の公用語のラテン語で記されています。リボンの言葉は、新約聖書のルカ福音書でイエスの誕生に天の軍勢が語った言葉です。この絵は誰もがイエスの降誕、羊飼いの礼拝をテーマにしたものだと見るわけです。
ところがボッティチェリは絵の最上部にギリシア語で銘文を入れました。
『私アレッサンドロ(ボッティチェリ)は、この絵を、1500年の末、イタリアの混乱の時代、ひとつの時代と半分の時代の後、聖ヨハネの第11章が成就した際、すなわち、悪魔が3年半のあいだ解き放たれるという黙示録の第二の災いのときに、描いた。やがて悪魔は、第12章に記されているとおりに、鎖につながれ、この絵に見られるごとく(地に落ちとされる?)にを我々は見るであろう。』 ※引用図書:西村書店『ボッティチェリ』より
ボッティチェリが絵に記したヨハネ黙示録11-12章には何が書かれているのか?聖書引用は長くなりますので、11章は省きます。重要なのは12章。
ヨハネ黙示録12章1-6節
また、大いなるしるしが天に現れた。ひとりの女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた。この女は子を宿しており、産みの苦しみと悩みとのために、泣き叫んでいた。
また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角があり、その頭に七つの冠をかぶっていた。その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地に投げ落とした。龍は子を産もうとしている女の前に立ち、生まれたなら、その子を食い尽くそうとかまえていた。
女は男の子を産んだが、彼は鉄の杖をもってすべての国民を治めるべき者である。この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた。女は荒野へ逃げて行った。そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように、神の用意された場所があった。
12章7-9節
さて、天は戦いが起こった。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使いたちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天に彼らのおる所がなくなった。
その巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たヘビは、地に投げ落とされ、その使いたちも、もろともに投げ落とされた。(引用終わり)
黄色い枠は、
地に投げ落とされた悪魔の使いたちです。
ボッティチェリの『神秘の降誕』は、『イエス降誕・羊飼いの礼拝』のテーマの絵に、黙示録12章の男の子を産む女のテーマを兼ねて描いていたことが判ります。
イエスの再臨を待ち望むボッティチェリの
『東方三博士の礼拝』あっての、ダヴィンチの
『マギの礼拝』であり、
ボッティチェリの『三位一体』があってのダヴィンチの『最後の晩餐』でした
1500年のボッティチェリの『神秘の降誕』が、実は黙示録12章の男の子(キリスト)を産む女を兼ねたものだと知った時、ダヴィンチは自分も描きたいと心が震える思いだったのではないでしょうか。
どのようにしたらボッティチェリのように黙示録12章の男の子を産む女を兼ねて描けるだろうか?
1503年頃、リザ夫人の肖像画の依頼を受けたダヴィンチ。リザ夫人の肖像を描くとき、両端に柱のある背景にしました。そのリザ夫人の肖像を描き進めるうちに
ただの女性の絵に、黙示録12章の男の子(キリスト)を産む女を兼任させる仕掛けを閃いたのでしょう。
そしてダヴィンチは、新たにもう1枚絵を描き始めます。その絵は柱はありません。
左右の柱、背景の意味
女性の姿をそのまま活用したのは、ただの女性(リザ夫人)の肖像に見せかけて、黙示録12章の男の子を産む女を描きたかったからです。それが今、ルーブルにある『モナリザ』です。 こういった理由からダヴィンチは最初に柱のあるものを描き、後から柱の無いもので、2枚描いていたと推測します。
柱は見えないといっても、下の丸い部分は描いています。柱が完全に不要なものであるなら下部分だけ描く必要もないのです。下部分だけ描いたのは、絵の中には無いけれど、絵の両端の見えない部分に柱はあると示したかったから。
そして背景ですが、向かって左側は茶色の道。向かって右側は橋があります。右側は川です。
この背景が左右で高さが違って見えるとか、絵の中央で分割して左右交換すると背景が繋がるという説を発見をされた方々が既におられます。 それで、そのように画像をつくったものが以下です。
絵をぴったりつけると柱の下の丸い部分の重なり具合がどうも気になるのです。そこで見えない柱が必要になってくるのです。
両端に見えない柱を描き足した上で、左右交換してみました。左右の柱をは一つに重ねるのです。つまり絵と絵の間に見えない柱をつくる・・・空間をあけるのです。
ヨハネ黙示録12章より抜粋
へびは女の後に水を川のように、口から吐き出して、女をおし流そうとした。しかし、地は女を助けた。すなわち、地はその口を開いて、龍が口から吐き出した川を飲み干した。
向かって左上から流れる川の水は、絵が割れて地が口を開くことによって飲み込まれ、右には流れなくなって茶色の道が残るということ。 左右交換した背景は、ぴったりと引っ付けるのではなく見えない柱の部分を空間として開けて見たときに、ヨハネ黙示録12章の一節が表現できるようになったのです。
『岩窟の聖母』では、洗礼者ヨハネの首を縦に移動させることによって、絵に別の意味をもたせました。
洗礼者ヨハネが首を切られる最期を迎える場面に変わるのです。
『最後の晩餐』では、人物を横に移動させることによって、絵に別の意味をもたせました。
イエスの胸にもたれかかるマグダラの姿。 裏切り者はユダだけではない、に変わるのです。
『モナリザ』は人物ではなく背景を横に移動させることによって、絵に別の意味をもたせたのです。
見えない柱と背景の移動によって、この絵は黙示録12章の荒野で男の子(キリスト)を産む女に変わるということ。
ラファエロが描いた『一角獣を抱く貴婦人』から判る事
向かって左のスケッチの絵。これはまだダヴィンチが、普通にリザ婦人の肖像を描いていた時の絵をスケッチしたものだと思います。ダヴィンチが注文を受けた個人的な肖像画ですので、婦人の姿を完全コピーするのではなく、自分の作品に取り入れることを念頭に、構図だけを参考にして衣装や顔は変えたんじゃないかと推測します。
中央の絵は、1930年頃までラファエロではなく別の画家のものとされ『アレクサンドリアの聖カタリナ』と呼ばれていたもの。1930年頃、絵の随所に不自然な点が見られたことから、下に別の絵が描かれているのでは?ということで洗浄してみたら出てきたのが右端の一角獣の絵だったのです。筆使いと技法から、一角獣の絵はラファエロ作だと判明しました。そしてタイトルは『一角獣を抱く貴婦人』と変わりました。
ダヴィンチの絵を元にした構図で、空想の生き物『一角獣』を描いたのは何故か?
ダヴィンチの素描の中にも一角獣を描いたものがあります。左端の絵です。女性は一角獣に向かって指差ししています。なぜかというと、中世において一角獣はキリストを象徴したものだったから、『見よ、神の小羊』と、指差しするのも、なるほどと思わせます。
ラファエロが 『一角獣を抱く貴婦人』の絵を描いた時は、ダヴィンチが描きたがっているものが何なのか知っていたからだと思います。 だから、赤ちゃんの一角獣(キリスト)を抱かせたのでしょう。
何故、ヨハネ黙示録12章の男の子を産む女を描きたかったのか?
『マギの礼拝』で、当時の自分の自画像だけでなく、年老いた時の自画像を描くことによって、自分の生きている間にイエスが再び生まれてくるのを見たいと願いを込めました。
『最後の晩餐』の料理を魚にしたのは、ヨハネ21:4-14『十字架後にイエスが弟子たちと魚で朝食をとる』場面も兼ねたかったから。

『糸車の聖母』『聖アンナと聖母子と洗礼者ヨハネ』も、裏のテーマはキリストの再臨です。
ダヴィンチは、自分の生きている時代にキリストが再び産まれることを願っていたんだと思います。
サルバトール・ムンディ
なぜ中性的に見えるように描いたのか?
モナリザのモデルはダヴィンチ自身か?という説があります。『洗礼者ヨハネ』の絵のように、中性的に見えるから、そのような説もあるのでしょう。
なぜ聖母だというのに中性的に見えるように描いたのか?
それは、
カトリック教会の処女懐胎の否定です。
イエス・キリストは処女懐胎(女性のみ)では産まれない。
男女の交わりがあってこそ、子(キリスト)が産まれるということを示したかったからでしょう。