エクいろいろ
ギリシャ語のエクは基本的な前置詞ですからギリシャ語聖書中に600回近くも出てきます。
「の中から」というのがその基本的な意味で、日本語新世界訳でも、「の中から」と訳されている箇所は沢山あります(100箇所以上)。
例えば、「心に満ちあふれているものの中から口は語る」(マタイ12:34)、
「死人の中からよみがえる、よみがえらされる」(多数)等々。
派生的な意味で、原因、理由を表したり、所属をあらわしたりする事もあります。
ではエクの使われている興味深い箇所をいくつか見てみましょう。
「あなた方は世のものではない」(ヨハネ15:19)
直訳は「世からのものではない」です。
新世界訳でも、「悪魔からの者」(ヨハネ8:44)、「神からの者」(ヨハネ8:47)と訳している箇所もあります。
「それら(ほかの羊)はこの囲いのものではありません」(ヨハネ10:16)
「直訳はこの囲いからのものではありません」です。
これは上記の「世(から)のもの」の場合と同じケースではありますが、更に「からの」の意味合いが強いようです。
10:4で羊飼いは自分の羊を囲いから「導き出す」とあります。
この「導き出す」はエクサゴーで、アゴーにエクが前綴りとして複合された語です。
一方10:16では、それらもわたしは「連れて来なければ」ならずと続いていますが、「この連れて来なければ」は本来「導く」(指導ではなく先導のニュアンス)という意味を持つアゴーです。
この囲いのものである羊は、囲いから「エク」、導き出したものですが、ほかの羊は単に導けばよく、エクのニュアンスは必要のない存在という事がよく分かるでしょう。
小さな群れとほかの羊の項をご参照ください。
「イスラエルの子らのすべての部族の者たちが証印を押された」(啓示7:4)
日本語だけで読むとイスラエルの子らの全員が証印を押されたかのような印象を受ける方がおられるかもしれません。
しかし総勢十四万四千人の内訳を示している続く部分では、○○の部族「の中から」一万二千人、△△の部族「の中から」一万二千人となっていますから、各部族の成員「の中から」選ばれた人たちだけが証印を押されたと読み取れます。
英文新世界訳は明確です。
4節も out of every tribe of the sons of Israel となっていて、以下に続く out of the tribe of ○○ と全く同じ表現になっているからです。
勿論ギリシャ語原文は英文と同様です。
ここのイスラエルは、家系による生来のイスラエルではなく、いわゆる霊的イスラエルですから、ここのエク、「の中から」の用法からも、霊的イスラエルの方が、天で王、祭司となる十四万四千人、いわゆる天的級、よりも広い概念であることが分かるでしょう。
神のイスラエルの項をご参照ください。
「信仰のゆえに、また信仰のために、神の義がその中(良いたよりの中)に啓示されているのです」(ローマ1:17)
信仰の「ゆえに」と訳されている原語がエクです。
また信仰の「ために」の方はエイスで、英語だとエクの out of に対応する into です。
基本的にエクは出発点、出所を指し、エイスは到達点、目的(地、物)を指します。
直訳すると、「信仰から信仰へと」となります。
これは啓示されているにかかる副詞句なので、啓示の出所は神ですから、最初の信仰は神の特質、特性の一つだということになるのではないでしょうか。
信仰と訳されているギリシャ語はピスティスです。
これは殆んどの場合人間の特質である信仰を意味しますが、神の特質を指す場合もあります。
ローマ3:3では神のピスティスが「神の忠実さ」と訳されています。
神の忠実さから、神の忠実さのゆえに、啓示されているのだと理解できます。
二番目の信仰はやはり人間の側の信仰でしょう。
人間の側の信仰へと導くべく(或いは信仰へと呼び掛けるべく)、人間の側の信仰のために、啓示されていると理解できます。、
ローマ人への手紙の中でパウロが力説しているのは、罪人であって神の義に達し得ない人間に、神がその忠実さからご自分のご意志に適う者を義と宣することにされた。
ご意志に適う者とは神を信じる者、神が義と宣してくださることを信頼する者、であるという論理です。
(ローマ3:22等。尚この節の「イエス・キリストに対する信仰による神の義」は直訳すると「イエス・キリストのピスティスによる神の義」です.。
この辺りで信仰という訳語が出てきたら、すぐに日本語の信仰と直結せず、一旦ピスティスと受け止めて、それが神の側の話か、人間の側の話か一々文脈を考慮しながら判断していただければと思います)