仲介者(テモテ第一 2:5)


テモテ第一2:4−7
はこうです。

[神]のご意志はあらゆる人が救われて、真理の正確な知識に至ることなのです。

神はただひとりであり、また神と人間の仲介者もただ一人、人間キリスト・イエスであって、

この方は、すべての人のための対応する贖いとしてご自身を与えてくださったのです−−
[このことは]そのために特に定められた時に証しされるのであり、」

なお、「あらゆる」人と「すべての」人の原語は同じ言葉(パスの変化形)です。

問題はキリスト・イエスはあらゆる人或いはすべての人にとっての仲介者なのか、それとも特定の人々にとってだけの仲介者なのかということです。

協会は仲介者とは契約(この場合は当然新しい契約)の法的な仲介者の意味であり、したがって新しい契約の当事者でない人にとっては仲介者とは言えないとの立場をとっています。

このことをもっとも詳細に論じているのは、ものみの塔89 8/15 30,31ページの読者からの質問でしょう。

そこでは結論として
「したがって、テモテ第一2章5,6節は、「仲介者」と言う語を多くの言語に共通の広い意味で用いているのではありません。イエスが神と全人類との間の仲介者である、と述べているのではないのです。むしろ、新しい契約の法的な仲介者(もしくは「代理人」としてのキリストを指しており、これが聖書におけるこの語の限定的用法なのです」
と述べられています。

確かにこの仲介者(メシテース)と言う語は、ここ以外ではガラテア3:19,20で律法契約の仲介者としてのモーセを指して、ヘブライ8:6,9:15,12:24で新しい契約の仲介者としてのイエスを指して用いられているだけですから、
「これが聖書におけるこの語の限定的用法」と言う根拠が無いわけではないのですが、
テモテ第一2:5の前後の文脈では特に新しい契約のことは意識されておらず、むしろキリストだけが神と人類(救いにあずかる、或いは贖いの益を受けるあらゆる人、すべての人)との間の唯一の仲介者ということが強調されているように思えます。

この記事では
「「仲介者」と訳されているギリシャ語メシテースは、『二つの団体もしくは当事者双方のあいだに自分を見いだす人』を意味しています。それは『ギリシャ思想の影響を受けた法律関係の、多義の専門用語』でした」
と解説されています。

したがってこの語は法的用語として解さねばならないと言う立場を取っているのですが、法的用語となる前に当然一般語であったと思われます。

70人訳では、ヨブ9:33の「わたしたちの間には裁決する者がいない。わたしたち二人の上にその手を置く者が」の「裁決する者」がメシテースと訳されているそうです。
裁決する者というといかにも法的用語みたいですが、英文新世界訳では person to decide between us となっており、間に入ってくれる者の意です。

この記事ではまた、ヨハネ14:6にも言及してこのように述べています。
「地上での永遠の命の希望を抱くすべての国の民は、今でさえイエスの奉仕の恩恵にあずかっています。それらの人は新しい契約に入っていないので、イエスは彼らの法的な仲介者ではありませんが、彼らがエホバに近づく手立てとなっておられます。
キリストはこう言われました。「わたしは道であり、真理であり、命です。わたしを通してでなければ、だれ一人父のもとに来ることはありません」。(ヨハネ14:6)
地上で命を受ける人はみな、イエスを通してエホバに祈りをささげなければなりません。(ヨハネ14:13,23,24)
またイエスは、彼らのためにご自分の犠牲の益を適用し、罪の許しとその結果としての救いを得させることのできる、思いやりのある大祭司としても仕えておられます。ー使徒4:12、ヘブライ4:15」

これはまさに仲介者としての機能そのものではないでしょうか。

パウロがテモテ第一2:5で「神と人間との間の仲介者もただ一人」と言っている時、契約の仲介者という限定された意味ではなく、神と人間との間の唯一の道、経路であり、人間を神にとりなし、人間のために願い出てくださる唯一の大祭司キリスト・イエスと言いたかったのだと思います。

さらにこの方キリストは真理の正確な知識への道、経路であるということをも示しているのだと思います。

パウロが自身を「信仰と真理に関して諸国民を教える者」(テモテ第一2:7)としている時、自身を神及びキリストと人間(この場合は諸国民)の間に立つ者としたわけではないでしょう。
そうすればパウロが諸国民の信仰の主人になってしまいます。(コリント第二1:24)

まさに「神と人間との間の仲介者は人間キリスト・イエスただ一人」です。

キリストと人間との間の真理の経路として奴隷級が用いられているなどという発想は聖書には無いのではないでしょうか。奴隷級と統治体参照。

追記

本項執筆時点ではまだ新しい契約については協会の解釈(すなわち新しい契約の当事者は天的級だけで、地的級は除外されているという解釈)に従っていました。

しかしその後、新しい契約は天的級だけでなく地的級にも適用されるとの結論に達しました。
新しい契約参照。

ですから、すべての人のためにキリスト・イエスが払われた贖いの犠牲により新しい契約が発効してからは、救われるあらゆる人は新しい契約に入れられるということになります。

結局仲介者の意味をどう取っても、神とあらゆる救われる人間との間の仲介者はキリスト・イエスただ一人なのです。

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