諸国民の定められた時の満了(ルカ 21:24)

洞察−1 p1184では
「この「定められた時」という表現はギリシャ語カイロス(複数形,カイロイ)に由来しますが,この語は,「バインの旧新約聖書用語解説辞典」(1981年,第4巻,138ページ)によれば(同書のTIMEの項),『決まった,あるいは限定的な期間,季節,時には好都合な,もしくは適切な時を意味して』いました」

と引用した後、
(ここからはバインの引用ではなく協会の解釈です)
「聖書本文で使われているカイロスという語の意味からすると,「諸国民の定められた時」という表現は,あいまいで不明確な時を指しているのではなく, むしろ明確な始まりと明確な終わりのある,「決まった,あるいは限定的な期間」,「厳密な,もしくは重大な時」を指していると考えるのは適切なことです」
と結論付けています。

しかし、バインの同書はそのTIMEの項の続きの部分で

”In 1 Thess. 5:1, “the times and the seasons”, “times”(chronos) refers to the duration of the interval previous to the Parousia of Christ and the length of “time” it will occupy, as well as other periods; “seasons”(kairos) refers to the characteristics of these periods. See SEASON”、と述べ

(ついでですが、テサロニケ第一の「時」と「時期」は「エホバの日」の時と時期であり、バインはキリストの臨在をエホバの日と結び付けています。これについては臨在の項参照)、

そして、そのSEASONの項では

”Broadly speaking, chronos expresses the duration of a period, kairos stresses it as marked by certain features”
Chronos marks quantity, kairos, quality”

と明快に対比しています。つまり、クロノスはその期間の時間的長さの定量的表現であり、カイロスはその期間の特徴の定性的表現だとしています。

「諸国民の定められた時」はむしろ「諸国民の時節」と訳した方が適切ではないでしょうか。

それは七つの時という時間的な条件で区切られるものではなく、諸国民の支配が続く(諸国民がエルサレムを踏みにじることを許されている)という特徴で区切られるべきものでしょう。

地上の者である諸国民が天のエルサレムを踏みにじることは不可能であり、彼らが踏みにじるのは天のエルサレムの地上の代表者だけでしょう。

当然諸国民の定められた時の満了を印し付ける出来事は天ではなく地上で起こる筈です。

ダニエル2:44「そして、それらの王たちの日に、天の神は決して滅びることのない一つの王国を立てられます。――それはこれらのすべての王国を打ち砕いて終わらせ、それ自体は定めのない時に至るまで続きます」
に当てはめるなら、

諸国民の定められた時が満了するのは、まだそれらの王たちの日が続いている、神の王国が立てられる時ではなく、これらのすべての王国が神の王国によって打ち砕かれる時ではないでしょうか。

啓示12:12では「悪魔が、自分の時の短いことを知り、大きな怒りを抱いてあなた方のところに下った」
と言われていますが、この悪魔が持つことを許されている「時」もカイロスです。

サタンの知っているのは定性的な短さであり、定量的な短さは知らない筈です(マタイ24:36)。

ハルマゲドンで諸国民の諸王国が滅ぼされると共にサタンは閉じ込められるのですから、諸国民のカイロスの満了とサタンのカイロスの満了は実質的に同時にその時を迎えるのではないでしょうか。


元々1914年以前の時点では、「1914年に諸国民の定められた時が満了するであろう」とは1914年にハルマゲドンが起こるであろうとの意味であった筈です。

それが1914年以降になって、1914年はハルマゲドンではなかったが天での神の王国の設立であったと解釈を改めた際に、諸国民の定められた時の満了をハルマゲドンではなく神の王国の設立に結びつけたところに問題があったのだろうと思います。


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