現代では先進国に住む女性でも男性と平等の権利を持って生まれている。しかし、100年前に書かれた本を開けば、同じアメリカでも現代の女性には想像もつかないような、女性を抑圧した社会を垣間見ることができる。私はシャーロット・パーキンズ・ギルマンが1892年に書いた『黄色い壁紙』を読み解き、女性、社会的地位、そして狂気との関連性について探求しようと思う。そのためには、19世紀後半と20世紀前半において、女性の精神病の現状、女性に求められていた性格、女性らしさや家庭的さについての一般的見解を文献から参照しながら、ギルマンが理想としていた独立した女性についてまとめる。そして、最後に『黄色い壁紙』を分析し、ギルマンがなぜ、誰に当ててこの作品を書いたのかを考える。ギルマンの人生のテーマであった女性の社会的自立に反して、19世紀、20世紀社会は女性を抑圧し続けたことが、女性精神病患者の増加の要因であったと考えられる。
第1章ではまず19世紀後半と20世紀前半においての精神病の背景について考察する。実際に19世紀半ばにおいて、女性精神病患者の数は男性の患者数を大きく上回っていた。それは女性が、娘として、妻として、母として限られた権利しか持っていない、抑圧された役割を担わされていたからだと考えられる。精神病患者の多くが、教養ある上流階級の女性であった。そして、ギルマンの短編小説に登場する人物が、白人上流階級の女性であることから、この論文において女性とは上流階級の白人女性を指すこととする。
さらに、女性がどのような立場に置かれていたかを理解するために彼女たちに何が求められていたかについてまとめる。慎ましく、家庭的で、虚弱な女性を社会は求めた。この考えは20世紀に入っても変わることはなかった。女性の行動は、家事や子育てという家庭の領域内に縛られた。病気であることが女性らしさと考えられ、デリケートな女性を妻に持つことが男性の社会的地位が高いシンボルであった。女性は男性のために女性らしくふるまい、男性のために家庭を築き、男性のために生きていたと言っても過言ではない。そのため、次第に自分が誰であるのかを見失って行き、それは彼女たちのアイデンティティーの喪失を促したのだった。そして、反対に男性から見て女性らしくないと判断された女性は男性から一方的に異常だと決め付けられた。
19世紀後半に生きていた女性の精神病の主な原因に女性が職場から締め出されていたことが挙げられる。第2章ではこの原因について見ていきたい。多くの上流階級の女性は仕事に就くことができなかったため男性に金銭的に依存せざるをえなかった。家庭内にいることを強いられた女性たちは自由もなく、それゆえ生きがいを見つけることは難しかった。しかし、20世紀に入り第一次世界大戦によって女性が働く必要が生じた時、女性の精神病患者が減少した。けれども、終戦を迎えると再び増加傾向になった。このことから、女性に仕事は女性に生きがいを持たせ狂気に陥る可能性を減らす役目を果たしたことが分かる。同じくギルマンも外で働くことは女性にとって、より強い自己の確立と健全な自尊心の獲得をもたらし、皆が幸せになれると信じていた。
また、理想の女性に反してその時代、男性からの独立を求めた女性の現状とギルマンが短編小説の中に見出した独立した女性について調べる。仕事を持つことがタブーとされていた時代に作家という職業についた女性たちは、社会から問題児扱いされ、そのため精神病に犯された者も少なくなかった。精神病に陥った女流作家に共通する点は、女性に対して抑圧的な社会の中で、自分たちの才能、知性、想像、野心などのエネルギーの捌け口を見つけることができなかったことである。ギルマンも精神病に悩まされたが、その経験を生かして女性が精神病に悩まなくてもよくなるように、男性に勝る強い女性像を主人公とした作品を数多く世に送り出した。
第3章ではギルマンの最も有名な物語、『黄色い壁紙』を見ながら精神異常について探求する。この話は19世紀後半のアメリカを舞台とし、情緒不安定からくるヒステリーに悩む女性が安静療法を受けるために郊外にある屋敷を夫と借り、寝室に貼ってある醜い黄色い壁紙を眺めているうちに気が狂っていく話である。語り手は自由意志や想像力の抑圧によって狂気に陥らざるをえなかったのだ。ギルマン自身も安静療法にかかっており、精神障害を経験した者の視点から、医者と抑圧的な男性社会に精神障害の原因があることを、小説の中で示唆している。『黄色い壁紙』の主人公がなぜ心の病に陥ったのか、何がきっかけで狂ってしまうのかを詳しく見ていく。
第4章では『黄色い壁紙』がゴシック小説として書かれたのではなく、女性の役割と狂気の関連性を描いた物語であることを理解するために、物語の中のシンボリズムを見つけてゆく。物語の中には女性に対する抑圧を象徴するものが多く隠れている。例えば、屋敷、壁紙の柄、壁紙の色、壁紙の中の女性、エンディング、これらの全てが抑圧され続けてきた女性の状況を象徴している。そして、最後の章ではギルマンがなぜこの作品を書いたのかに注目する。ギルマンは女性の現状を向上しなくてはならないと思ったに違いない。なぜなら女性が抑圧され続ければ心を病む女性は増え続け、健康的ではないと考えたからだ。女性も男性と同じく自立し、自ら生きがいを見つけることによって男性と同等の地位を築くことができると考えたのだ。
19世紀後半、20世紀前半の女性は家庭という小さな世界に監禁されていて、男性社会において貶められ続けていたため精神障害に陥りやすいというのが、本稿における結論である。そして、ギルマンは、女性の社会的地位を向上するために、女性が自立し、生きがいを見つけることを、作品や講演会を通して呼びかけ、自分と同じように精神病になる人が少しでも減り、救済してあげることができるように『黄色い壁紙』を書いたと考えられる。