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<字書きさんに20のお題+さらに20のお題>
1−08.あめ



“いつも守ってもらうだけじゃ申し訳ない”
“私だってみんなと一緒に戦いたい”

 アイシャは戦う必要がなかった。
 剣や斧で楽々とモンスターを薙ぎ倒すシフとホーク。その俊敏さのためか、常に最前線で動くジャミル。派手さはないが、きっちりと仕留めていくアルベルト。烈しくも躍動的な術法を駆使するバーバラ。
 なにもせずとも、戦いが終わっていることがほとんどだ。ジャミルもアルベルトも、アイシャに対しては戦うことを要求せず、むしろ庇護するべきものとして面倒を見てくれている節がある。
 今まではその状態を素直に受け入れていた。
 だが、先日のクリスタルレイクでのアクアマリン探索のときのことを思うと、アイシャは申し訳ない気持ちが大きく募るのである。
 ボートで湖を進んでいたとき、漕いでいたホークを除き、全員が何かしらの技を用いて応戦していた。ジャミルとアルベルトとバーバラはそれぞれに魔、光、火の術法を使っていたし、シフに至っては剣圧だけでモンスターを追い払っていた。片やアイシャはボートから振り落とされないように掴まっていただけである。邪魔にならないように小さくなりながら。
 さらに、バーバラがキャンサーに襲われた一件。戦いでなにも出来ないのならば、せめてそれ以外の部分で、仲間として埋め合わせしたいのだ。だがなにも出来なかった。大好きな仲間たちの一員として、少しは役に立ちたかった。

 アイシャは、シフと一緒に買い物に出てきた。
 万能薬を人数分揃えるためだった。
 今回は無事に――とは言い切れないが――手遅れになる前に処置することができたものの、次の保証はない。むろん毒に侵されるような危機に陥らないことが一番の解決策ではあるが、簡単にはいかないだろう。世界各地に危険なモンスターは溢れ返っている。
 その後、シフが気の術法屋へ足を向けた。先に戻っていてと言われたが、アイシャは興味を引かれた。シフと術法屋の取り合わせが新鮮かつ不思議に思えたのだ。一緒に旅をしてきたが、シフが術法を用いているところは見たことがなかった。噂で聞いたこともなかった。
「必要なかったからまったく使っていなかったけど」シフはアイシャの疑問に答えた。「これからは回復と遠隔攻撃の術法は覚えておくに越したことはない」
 そう言いながら、【破邪法】【生命波】を購入していた。使いこなすためには強い精神力を要するという気の術法。シフらしいとアイシャは感心する。【破邪法】は聖なる力を放出してモンスターへ攻撃する術法で、【生命波】はその名の通り生命力を活性化させるという効果がある。
 これは間違いなく、先日のクリスタルレイクでの出来事がきっかけだろう。シフの戦い方には術法を使う要素などまったくない。返っていらない。でも戦うだけではバーバラを守れなかった。戦い以外の部分で必要ならば、他の技術を身に付けようとしているのだ。
 あれだけ強くて、自分たちをモンスターから庇ってくれるシフでさえも。戦闘という分野においては立派に役目を果たしているはずなのに、別のなにかをこなそうとしているのだ。誰から押し付けられたわけでもなく、恩を着せるでもなく、さりげなく。
 支払いを終えた二人は店を出て、しかし宿屋へ帰らずに、水の術法屋へ向かった。アイシャがどうしてもと、シフを引っ張ったのだ。一瞬は面食らったシフだったが、アイシャの気持ちをすぐに汲み取ってくれた。
 アイシャが最も欲したのは【毒消しの水】だったが、どうせならばと【癒しの水】【力の水】【レインコール】【ウォーターガン】もシフが買ってくれた。
「そのかわり、きちんと練習して使いこなせるようになるんだよ。私たちをフォローしてもらわないとね」
 シフは気前よく笑った。
 やっぱりシフさんは優しいな、とアイシャは思った。

 水の術法を手に入れたものの、それだけでは無意味である。思い通りに使いこなすためには、努力が不可欠だ。
 アイシャはシフに教えてもらおうと考えていた。頼りになるし、共に術法を買いに行った仲なのだから。
 だが彼女は首を振った。
「私の持っている気の術法は自己鍛錬に近い、他の術法とは少し系統の異なるものなんだ。おまけに私自身がまだ完璧に制御しきれていない部分も多い。他人に、しかも他の系統の術を教えるなんて未熟すぎる。しかもアイシャにとってははじめて習得する術法だから、下手なことを教えても困るだろう」
 責任感の強い、シフらしい明瞭な回答である。
「だったら一番術法を使っているのはジャミルかなぁ?」
「魔とはいえ、使いこなせているのはジャミルかもしれないが」シフはわざとらしく眉を寄せて困った表情を見せる。「あいつはアイシャが戦闘に参加するのは反対だからな。術法もいい顔しないかもしれない」
「え?」
「本来ならバーバラが一番の適任なんだが」
「バーバラさんにはゆっくり休んでてもらわなきゃ。それに、これ以上負担掛けたくないし、バーバラさんが復活するまでに覚えたいし」
シフはそうだったね、と柔らかく肯いた。
「じゃあ、アル?」
「ボウヤこそ術法はほとんど使えないからな。あの子の性格からして、アイシャに頼まれたら嫌とは言わないだろう。正直、お互いのためにはあまり賛成できない組み合わせだ。ボウヤに聞くのなら、術よりも武器についての方が勉強になると思うよ。基礎はきちんと身に付いているから。誰かに教えるというのもボウヤにとっていい経験になる」
「う〜ん」
 アイシャはますます頭を悩ませる。せっかく術法を身につけても、きちんと行使できなければ意味がない。どうせならば丁寧に分かりやすく、早く習得したい。
「ホークならどう?」
「ホークさん?」パーティーメンバー最年長の、自称陸に上がったカッパ。仲間の盾となり、常に剣や斧で攻撃している船長である。「術法、使えるの?」
 アイシャは予想外の名前に目をしばたたく。シフの場合と同様、何かしらの術法を用いている姿はとんとお目に掛ったことがない。
「組手をするときなんてよく使っているし、アクアマリンを取りに行くときも【ライトニング】で道を作っていたな。確かに言われてば、みんなと一緒の実戦で使っているところは見たことがないが」
【ライトニング】は風の術法のなかでも中級レベルのものである。ホークがそんなすごい術法を使っていたなんて。
「知らなかった」
 驚くだけのアイシャだ。
「別に隠していたわけじゃないと思う。単に実戦では武器の方が扱い易いという理由だろうけどね。ただ教わるならホークも悪くないんじゃないかな。海賊時代は下の連中にいろいろ指導していたみたいだから。きっと慣れているだろう」

 シフと別れてから最初に会ったのはジャミルだった。宿の中庭に設えてあるベンチで、うたた寝をしているところだった。
 アイシャにしてみれば一番長くいるのがこのジャミル。目の前で頻繁に術法を使っているのもジャミル。バーバラの次に術者としての能力を知っている相手である。シフにああ言われたものの、まずはジャミルに教わるつもりだったのだ。
 が。
「アイシャはそんなことしなくていい」
 ジャミルはいきなりアイシャの要望を突っぱねたのである。
「どうして? 私も術法でみんなと一緒に戦いたい」
「そんな必要ねーだろ。旦那だってシフだっているし、そーゆーことは連中に任せときゃいいんだよ」
「湖の小島の時、教えてくれたじゃない」
「あんときゃ旦那とシフのアクアマリン待ちで時間があっただけだろ。ただの練習ごっこじゃねーか!」
「ひどい」アイシャも声を張った。「みんなと一緒に戦いたいって思って、何がいけないの」
「心配だって言ってんのが分かんねーのかよっ」
「少しはジャミルの補助だって出来るようになるかもしれないんだよ!」
「アイシャにはまだ早すぎる。自分の身を守ることの方が重要だろ!」
「分かんないもん! 私だって仲間だもん、違うの?!
 お互いの言葉の応酬は、激しさを増すばかりだった。なぜジャミルがここまで意固地になって反対しているのか、アイシャには理解できなかった。素直にお願いするはずだったのに、どうしてこんな風になってしまったのだろう。
ジャミルと出会ったばかりのころのアイシャはなにも出来ない、足手纏いといってもいい存在であった。だからこそジャミルも『守ってやる』と言ってくれたのだ。『ステップまで送ってやるよ』と。そのことはとても感謝している。どれだけ頭を下げても足りないほどだ。でも、だからといっていつまでも守られるだけの存在でいては、他の人たちに迷惑が掛かってしまうではないか。
「だいたいオレは忙しいんだっ」
「ウソ! 今、昼寝してたじゃない!」
 発する台詞に棘をつけて投げつける。相手は思い切り打ち返す。
「ちゃんと重要な考え事をしてたんだよ。アイシャにゃ分かんねーだろうけどな!」
 棘は確実に心を抉る。小さくても、狙いは外さない。
 悔しくて悲しくて、訳が分からなくて、多分このままだったら涙が零れてきそうだ。泣く理由なんてどこにもないはずなのに。
「ジャミルのバカ!!
 どうしてケンカ腰になってしまったのだろう。
 ジャミルにとってアイシャはよっぽど役に立たない存在なのだろうか。
 大切な仲間だと思っていたはずなのに。
 守ってくれるといったくせに、どうしてそんなに冷たく突き放すのだろう。
「ウソツキ!!
 考えるより先に出る非難の言葉。
「はぁ? 意味分かんねーこと」
「アイシャ! ジャミル!」唐突に二人の間に割ってきたのはアルベルトだった。柔らかな金髪が弾むように踊っている。「とにかく落ち着けよ」
 その口調から、慌てて走ってきたのがうかがえる。
「なんだ、てめーはっ」ジャミルの矛先が変わる。「関係ねーだろ、すっこんでろ!」
「アルぅ」
 アイシャは助けを求めるように腕にしがみついた。ジャミルと言い合っていたら、どんどん険悪になってしまう。歯止めが利かなくなってしまう。涙が溢れてしまう。
「アイシャだって怖がってるじゃないか。そんなに怒鳴っていたら話し合いにならないだろう。そもそも喧嘩の原因は」
 アルベルトはアイシャを庇う仕草をする。
「なんなんだ!」ジャミルの怒気がいきなり最高潮に達した。「知らねぇよ、勝手にしろ!」
 雄叫びに近い激昂を誤魔化すこともなく、ジャミルは背を向けて歩いて行ってしまった。早歩きで、後ろ姿でも収まりが付いていないのが一目瞭然だった。
「まったくジャミルのやつ……」
ジャミルを見送ったアルベルトが大きく息を吐きだした。
「あ……ご、ごめんなさい」
 我に返ったアイシャは、縋るように掴んでいたアルベルトの腕を放した。夢中になっていたとはいえ、相当強く掴んでいたらしい。少しだけ赤い痕が残っている。
「大丈夫かい?」
「うん」アイシャは小さく頷いた。「ごめんね、アルまで巻き込んじゃって」
「そんなことなら気にしなくていいよ。止めに入った時点で、こうなる覚悟はしていたから」
 アルベルトは穏やかに微笑む。どうやら想定内ということだ。
 アイシャとアルベルトは中庭のベンチ――先ほどまでジャミルがうたた寝していた場所――へ腰かけた。
「で、原因はなんだったんだい? 僕でよかったら力になるよ」
 アイシャには兄弟はいなかった。でももしお兄さんがいるとしたら、アルベルトのような優しい兄がいてほしかったと感じてしまう。
(ジャミルみたいなお兄さんはいらないけど!)
 この場から去った盗賊を恨めしく思うアイシャだ。
「言いにくいことだったら無理にとは」
 無言だったアイシャをなおも気遣ってくれるアルベルト。余計な思考を反省し、アイシャは改めて向き直った。
「ごめん、そうじゃないの。じゃあ、聞いてくれる?」
 順を追ってアイシャは一生懸命説明した。一緒に旅をする仲間なのだから、自分も戦いに参加したいこと。そのために術法を身につけ、使いこなしたいということ。普段から行使している人間に教えてもらえば、覚えが早くきちんと扱えるようになること。
「属性は違ってもジャミルならよく術法使っているでしょ。だから教えてって頼んでみたんだけど、急に怒り出しちゃって」
 思い出したらまた腹が立ってきた。無意識のうちにアイシャは唇を尖らせていた。
 そういうことだったのか、とアルベルトは納得したようだった。
「ジャミルはアイシャのことが心配だったんだよ。戦いの場で、アイシャに傷ついてほしくないから、頑なに反対したってことだろう?」
「そっかもしれないけどぉ」
 アイシャはますます不満に唇を尖らせる。
「騎士を目指す者としてはそうゆう気持ちはよく分かるよ。守るべき存在のために、自分が盾にならなければって思うんだ」不意にアルベルトが視線を落とす。「僕は女性を守れなかったどころか、逆に守られてしまった。バーバラさんはあんな大怪我をしてしまったのに」
 振り絞る声音に引きずられ、アイシャは案じながら覗きこんだ。視線が合い、アルベルトは我に返ったように顔を上げる。
「ごめん。今のはアイシャの場合とはちょっと関係ないけど。でもジャミルは決して意地悪で教えないと言っているわけじゃないから。ひょっとして自分がちゃんと守りきれてないから、それを不満に思ったアイシャが自ら戦うと言い出したかもって、考えているかもしれない。ちょっとジャミルとしては面白くないかもしれないけど。どっちにしてもアイシャのことを信用していないとか、仲間じゃないって思っているわけじゃないから。それだけは信じていいよ」
 アルベルトの言っていることが本当にジャミル自身の発想なのかは分からない。だが丁寧にアイシャの気持ちを解きほぐそうとしてくれるアルベルトはやっぱり優しいし相談して良かったと思う。
「ホントに?」
「もし僕がもっと術師としての修練を積んでいたら、代わりに教えてあげられたんだけど」
 弱々しい顔で、アルベルトはごめんと言った。

 アイシャはドアの前に立っていた。
 ノックしていいものか少しだけ迷っている。
(結局シフさんの言った通りになっちゃった)
 この場に至るまでのことを思い返し、軽くため息を零した。
 シフとアルベルトには自らの修行不足を理由に断られた。ジャミルは徹底的に拒否された。バーバラはしばらくの間は療養中。
(ホークさんが術法使っているところって見たことないんだけどなぁ)
 一抹の不安が心を通り抜けた。
 本来ならば容態の回復したバーバラに一からきちんと指導を受けたいところである。ただ、【毒消しの水】だけはバーバラがパーティーに戻るまでに使えるようになっていたい。理由はないけれど、なんとなく。アルベルトもまだクリスタルレイクの一件を気にしていたように、アイシャの気持ちの中でもこだわりがあるのだ。
「入るのか、入らないのか、どっちだ」
目の前のドアが開き、ホークが忽然[こつぜん]と顔を出した。あまりに突然で不躾で、アイシャは情けない悲鳴を上げてしまった。
「びっくりさせないでよホークさん。なんで分かったの?!
「気配で判別できるだろうが。まったく。珍しいな、お前さんが俺に用事とは」
 ホークは寝起きなのだろうか。青いバンダナを巻き直しながら、アイシャを室内へ通した。一番奥の窓際のベッドは、布団が寝乱れていた。
「で?」
 ホークはその奥のベッドに腰掛け、腕を組んでアイシャを見据えた。
 こうなってしまった以上、後戻りはできない。多少の疑心暗鬼は心の奥に押し込んで、アイシャは意を決した。
「あのね、お願いがあるんだけど」
「術法、教えりゃいいのか?」
「え」切っ先を制され、焦るアイシャ。「どうして知ってるの?」
 術法の『じゅ』の字すら口に出していないのに。なによりもホークはアイシャの前で出法を使ったことがないはずなのに。なぜ分かったのだろう。そんなことさえもホークのような人間には、気配と勘で察知することが出来るのだろうか。
(ホークさんてひょっとして、すごくスゴイ人なの?!
 アイシャの驚きを感じたのか、ホークがククッと喉を鳴らす。
「あれだけ派手な痴話喧嘩を真下でやられちまえば、気付くってなもんだろう」
 アイシャは目を丸くしたままホークを見返した。『え?』と声に出そうとしたところに、もうひとつ。
「嵐のど真ん中に、偽王子が巻き込まれに行ったのも知ってるぜ。放っておきゃいいのに律儀な奴だ」
「え? え?」
 ホークはニヤニヤして、ベッドの横の窓を指す。口をパクパクさせながら、アイシャは窓から首を出した。
 二階から見下ろした風景は、さっきまでアイシャがいたはずの宿屋の中庭。ジャミルがうたた寝し、アイシャとアルベルトも座ったベンチでさえしっかり確認できる。
 つまりは丸聞こえだったというわけだ。
 一瞬にして頬に熱が走ったような気がした。ジャミルとの怒鳴り合いに近いやり取りと、アルベルトにまで迷惑を掛けてしまった一連の行動は、白昼に堂々と晒されていたのだ。恥ずかしい以外の表現が見つからない。
「おちおち昼寝も出来ねえなあ」
 ホークは意地悪そうにほくそ笑んだ。よりにも寄って、ホークの安眠を妨げるという弊害まで生じてしまったらしい。アイシャは恐る恐る訊ねる。
「お昼寝、邪魔しちゃった?」
「いいってことよ。まあ、コソドロに断られたから俺ってのが気にならなくも無えが、そこは付き合いの差ってことで大目に見てやるか。他ならぬアイシャの頼みだからなあ」
 ホークは声を上げて笑った。
「いいの?」
「あったぼうよ。アイシャを一流の術師にしてやるぜ。いの一番に俺に頼みに来なかったことを後悔させてやるからな」
 胸を張るホーク。
「そういやいいのか」お礼を述べようとするアイシャに対し、不意にホークは声のトーンを落とした。「ジャミルたぁ仲直りしてねえんじゃねえか?」
「仲直り?」
「痴話喧嘩は長引くとろくなことになりゃしねえ。さっさと謝ってきた方がすっきりできんじゃねえかって、俺様は大人として心配してんだが」
 アイシャは意味を測りかねて首をかしげる。喧嘩らしいものを一方的に吹っ掛けてきたのはジャミルのほうだ。仮にアイシャのことを大切だからこそと考えての態度だとしても、あまりにも理不尽すぎる。自分が悪いのなら仕方のないことだけれども、頭ごなしに怒鳴られるなんて勘弁してほしい。
 もちろんアイシャだってジャミルと不仲のままでいることなど望んではいない。非があるのならきちんと謝るし、訂正もする。順を追って話を付けてもいい。
(謝るんならジャミルの方じゃない)
 心の中で黒いしみが広がっていきそうだ。
「おっ、珍しく素直じゃねえな」
 ホークの余計な茶々にも苛立つ。憮然とした顔つきでホークを見上げた。
「アイシャの心は雨模様ってわけだな」
「なんなの?」
 つい不貞腐れた口調で返してしまう。ホークまでアイシャを撹乱[かくらん]しようとしているのか。どうして男の人は回りくどい言い方をするのだろう。
「なんでもねえよ」
 アイシャは再びホークを半眼で見つめた。
 深く問い正せば、きっと話が長くなる。せっかく術法の稽古に付き合ってくれるというのだ。今から“聞くもナントカの話”なんて聞いていられない。
 アイシャは聞き直したい気持ちを抑え、敢えて何も言わなかった。

×××××

 ホークとアイシャは宿を出た。
 クリスタルシティの城壁と外堀をも通り過ぎ、ホークはなおも歩調を止めることはない。振り返ると不安そうなアイシャと視線が重なる。
「私、てっきり宿のお庭でやるのかと思っていたから」
 アイシャの狼狽がかわいらしい。
「あんな狭いところじゃ、俺の見本の術が見せられないだろう」ホークはふふんと鼻を鳴らす。「ま、んなひと気のないところで獲って喰おうってわけじゃねえんだ。少しは信用しろ。本来なら、モンスターども相手にぶっ放してやりてえところだが」
 市街区も通り抜け、クリスタルシティの外に出た。ニューロードには向かわず、街道のはずれをしばらく進む。クリスタルシティを取り囲む森と平原の境目のあたりでホークは再度アイシャを振り返った。
「ここら辺なら大丈夫だろう。ちょいと離れてろ。まずは論より証拠ってヤツだ」
 戸惑いを隠せないアイシャを背にし、少し離れた場所の灌木へ狙いを定める。
「見てろよ」静かに呼吸を整えた刹那、ホークは風の力を解放した。「【ライトニング】」
 ホークより放出された雷撃のエネルギーが一直線に灌木へ襲い掛かる。ホーク自身が竜巻を起こしているかのようで、アイシャは吹き飛ばされそうになる。昼間の青空すら呑み込む雷[いかずち]の輝きが視界を奪う。雷龍の咆哮を思わせる落雷の響き。衝撃波は、標的の灌木よりもさらに奥の灌木と森の木々を薙ぎ倒していった。
「これで七十パーセント程度ってところだ」アイシャを見れば、ホークの後方で腰を抜かしている。驚愕の表情が張り付いていた。「ま、びっくりするのも無理ねえか。お手本にしちゃ上出来だろ。どうだ、これで俺が術法使えるってのが証明出来たんじゃねえか」
 
ホークはアイシャの腕を引き上げた。アイシャはまだ驚きを拭い去れないのか、なにかを言おうとしている。
(やりすぎたか。【アイスジャベリン】程度にしときゃ良かったかもしれん)ただしアイシャがホークの術者としての力に対して半信半疑だったことも事実。(よりによってジャミル以下と思われるたぁ俺様の沽券にも関わるってなもんだぜ)
「あ、りがと。すごい……」
 腕を引っ張られた格好のアイシャが、息も絶え絶えといった様子で口を開いた。瞳の奥には尊敬の念が浮かんでいる――ように見える。
「ところでお前さんは、術法はまったく初めてなのか?」
 ホークは気を取り直し喋り始めた。
 アイシャはほんのちょっぴり視線を落とした。
「実は土の術法なら知ってるの。あんまり使ったことないんだけど」
「なんだ、出来るじゃねえか」ホークは手を打った。「だったら楽勝楽勝。コツさえ覚えりゃ」
「だから」アイシャは頭を振った。「そんなんじゃないの。タラール族は生まれつき土の属性を身に付けているから……少しは習ったけど」
「実戦で使ったことは?」
「ほとんどがお稽古で、ステップのモンスターとジャミルを助ける時くらいかな……ちゃんと使えたの。あ、でも無我夢中だったからあんまり覚えてないし」
「エロ首長のハーレムのときか」
 ホークはあご髭をさすりながら、アイシャとジャミルの出会いのきっかけを思い出す。
 まだ六人で旅をし始めた頃、お互いについて自己紹介を兼ねて語り合ったことがあった。ジャミルは幼馴染を救うためにエスタミル首長のハーレムに潜入した。そこには遠方より誘拐されたアイシャも捕らわれていた。結局二人の力を合わせたことにより、ハーレムの一件は解決したという。
(つーか、ジャミルの奴はアイシャの術法にしっかり世話んなってんじゃねえか)
 にもかかわらず、あれだけの言い合いをしてまで反対していたのだ。
 過保護にもほどがある。
 心配症もいい加減にしろ。
「んじゃま、出来るヤツから行ってみるか。【ダイアモンドスピア】撃ってみろ」ホークは自分の胸を叩いた。「そのあと【癒しの水】で直してくれりゃいい」
「え」アイシャは目を丸くする。「そんな怖いこと出来ないよ」
「俺はそんなにヤワじゃねえ。念のために傷薬もある。心配すんな」
 アイシャはなおも首を振る。
「本気で撃った時も、首長は死にゃしなかったんだろ」
 言いながら、アイシャの標的になりやすそうな位置まで動く。
「でも」
「俺を誰だと思ってる。キャプテンホーク様だぞ。危なかったら逃げるくらいの知恵はある」
 さあ、とホークは両手を広げた。
 アイシャは迷っていたが、やがて気合を入れるように頷いた。ホークの自信満々な姿を信用する気になったのだろう。
「ケガ、しないでね」
「あったぼうよ」
 ホークは笑顔で腕に力こぶを作って見せた。
 アイシャは距離を測りながら、ゆっくり深呼吸をしている。ホークを見定めて精神集中に入った。
(なかなか本格的じゃねえか)
 その様子を思わず師匠面で眺めてしまうホークだ。
「【ダイアモンドスピア】」
 大地の槍が、ホークを目掛けて吸い込まれてくる。
 発動までの時間、スピード、パワー――本人の言うとおり、未熟と言っていいだろう。しかしきちんと術法の体裁は整っているし、想像以上に威力はありそうだ。
 反射的に振り払おうとしたが、【癒しの水】も試す段取りになっていた。ここで少しは負傷しておかなければならない。ホークは力を抜き、念のために左腕で【ダイアモンドスピア】を受け止めた。
「ホークさんっ」
 叫ぶような声音を発してアイシャが駆け寄ってきた。おそらくホークが避けると思っていたのだろう。
(意外に深けえな)
 一方でホークは冷静に【ダイアモンドスピア】を分析する。一見して気合のみでも吹き飛ばせそうな術法であった。しかし左腕に刻まれた傷は、思った以上に奥まで達していた。きちんと刺さってきた。皮膚のみならず肉を傷つけ、血が流れている。
「大丈夫?! どうしよう」アイシャは血痕を目にしてパニック状態である。「ごめんなさい!えっと、たしかジャミルが【マジックヒール】使えたよね?!」
「まあまあ」ホークはアイシャを落ち着かせようと、負傷していない右の手で背中をさする。「このあとどうすんだったか思い出せ」
「だって私、水の術法はまったく初めてなんだよ」
「術屋で買ったときに、説明受けただろ」
「その一回だけだよ」
「今の【ダイアモンドスピア】と同じ要領だ。あれが出来るんなら、大丈夫だ」
 ホークはアイシャの目を見つめて大きく首肯した。少しは安心したのだろうか、アイシャもホークを見て頷いた。
「じゃ、やらせてもらうね」アイシャは患部に手をかざし、瞑想に入った。「【癒しの水】」
 頭上から生命力の源泉が零れ落ちてくる。ホークを包み、流れ、溶け込む。傷口は痛いとも痒いともいえぬ微妙な疼きを覚え、沸々と内部からなにかが湧き上がってくる。血は止まった。傷も塞がっている。
(神経までやられてたら、治らなかったかもしれねえが)試すように、治癒された左腕を動かすホーク。(初めてにしちゃ出来過ぎだ)
「どうかな?」
 アイシャはホークに問う。額はかすかに汗ばみ、疲労のあとが見て取れた。
「見事なもんじゃねえか。正直、ここまでとは思ってなかったぞ」
 アイシャの顔がほっとしたように輝く。
「ホント?!
「嘘じゃねえ。そりゃあ体力や法力はまだまだだが、才能は充分だと思うぜ」
「ありがとう。ホークさんのおかげだよ」
 声まではしゃいでいる。よっぽど嬉しいのだろう。
「俺は何もしてねえし」と応えても、アイシャの眼差しの感謝の念は深まるばかり。「そこまで言うなら、じゃ、俺様のおかげってことでも構わねえがな」
「もう、ホークさんたら」
 二人は顔を合わせ、声を上げて笑った。
 お互いに静まったところで、ホークとアイシャは腰を下ろして講義の部に入った。術法そのものの原理の説明や根本的な心構えについて。アイシャの手に入れた及びすでに学んである術法についての細かな確認。戦闘時における術者の戦い方。
 アイシャは真剣にホークの話す内容を吸収しようとしてくれている。伝授する方としても教えがいのあるというものだ。かつて海賊だったころ、舎弟たち相手に船のなんたるか、海のなんたるかを叩き込んでいたことが懐かしい。連中でさえ、ここまで真面目に聞いてくれていただろうか。
(ん?)
 ふと感じる、ホークに注がれる視線。どうやら懸命になっているアイシャは気付いていない。二人して座ってあれこれ話している姿は、遠くからは寄り添っているようにでも見えたのか。本人は隠れているし気配も消しているつもりだろうが、あんなに殺気を放っていたら嫌でも理解してしまう。よく盗賊などやって来られたものだ。
 太陽が傾き始めてきた。まだ日は差しているが、クリスタルシティを出てから思った以上に時間が経っていた。
(だから心配だったのか)
 なんとなく合点がいって、ホークはアイシャに声を掛けた。
「そろそろ戻るか」
「うん。今日はありがとうございました。また一緒に教えてね」
 アイシャは立ち上がり、明るい笑顔とともに礼を述べた。
「まかせろ」
 と表向きは返事をしたものの。
(罪作りなこと言うねえ。あいつには聞こえたか?ま、せっかくだ)
「じゃ、また二人っきりでやるか!」
 無駄に意味深なことを付け加えるホークであった。草むらに身を隠す盗賊の動揺は、可笑しいほど直線的に伝わってくる。
 このまま盗賊を放っておいて、アイシャと仲良く戻ったところでホークには何の問題もないはずである。しかしここはひと肌脱いでやるか。それが大人の余裕ってやつだ。
「今日の最後の授業だ」ホークは盗賊が潜む草むらを指した。「あのへん狙って雨降らせてみろ」
「水の【レインコール】ってこと?」
「疲れも取れただろ。術法を使う感覚を身体が忘れないうちに、復習ってやつだ」
 などと尤もらしいことを添える。
 アイシャは素直に了承してくれた。まったく微笑ましいものである。
「【レインコール】」
 小さな雨雲が呼び寄せられた。頭上から針のごとき鋭さで集中豪雨が起こる。
「うゎっ」
 草むらからゴムボールのように都会の盗賊が飛び上がった。
「ジャミル!」
 術法の完了を待たず、アイシャが放出を解く。
 初めての【レインコール】とはいえ、アイシャの潜在能力は高い。術法自体もある程度の殺傷能力を有するものである。油断していたジャミルがこうなることは予想通りだ。もっともアイシャが途中で術法の発動を停止するとは予想外であったが。
(法力の放出は完全に完了させないと、下手すりゃ自分に跳ね返ってくる危険があるって言っただろうが)
 ホーク先生の教えは、目の前のジャミル以下に成り下がってしまった。これまたカチンとくるホーク先生であるが、若い二人には分かるはずがない。
「っ痛えな、なにすんだよ!」
 雨の当たった個所――頬や手の甲を赤く腫らしながら、ジャミルは叫ぶ。
「そっちこそ何してるの!」
 売り言葉を買ってしまったのか、アイシャも言い返した。
「別に……」一瞬だけ盗賊は怯んだが、巻き返す。「ただの通りすがりだよっ」
「莫迦かてめえは。こんな僻地に通りすがりも糞もあるか。どう考えたってわざわざ覗きに来たんだろうが。素直じゃねえな、コソドロってやつぁ」
 ホークも嬉々として加わってしまう。
「旦那が下手なこと教えてんじゃないかって、偵察してやったんだよ!」
「だから、そうゆうのを覗きってんだろうが」
「あぁもう、二人とも!」アイシャがホークの袖を引っ張る。「ホークさん、もういいよ。ジャミルも大丈夫だった?」
 宿の中庭ではアルベルトが担ったポジションを、今度はアイシャが引き継いだようだ。あるいはホークとジャミルの罵り合いがよほど大人げなかったと感じたのかもしれない。
 アイシャは小走りにジャミルのもとへ駆け寄っていった。
「すぐに治すからね――【癒しの水】」
 ジャミルはわずかに身体をよじらせたが、すぐに身を任せた。ホークと同様に、思った以上に術法の効果を認識したのだろう。
「ありがとな。きれいに治ったみてーだ」
 バツが悪そうに盗賊が言う。
(元々怪我ってほどのもんじゃねえだろ)
 元海賊は胸中で突っ込む。
「ううん。ちゃんと効いたみたいでよかった」
 タラール族もほんの少しだけ照れている。
「そろそろ帰ろーぜ、夕飯の時間だ」
「うん」
 離れた場所からほのぼのした遣り取りを見ていると、ホークは自分が引率の教師にでもなった気分になるのである。昼間はあれだけの痴話喧嘩をしておきながら、すっかり仲直りを済ませている。
(まさに、雨降って地固まるってヤツだな)
 ひとりで心得顔のホークであった。
 
 むろん、先行くアイシャとジャミルはそんなホークの心中など知る由もない。



1−08.あめ 了(2010.05.10)
言い訳&あとが記
「雨」そして「レインコール」
アイシャから見るとアルベルトって落ち着いてるなーと新たな発見があったお話。
そしてジャミルは誰から見ても変わらないや、やってること。
書いているうちに終わらなくなり、長々とひっぱってしまいました(汗)




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