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<字書きさんに20のお題+さらに20のお題>
1−13.やみ



「うわっ。覚えとけよっ。こんちくしょぉー−!!
 ヤマトの声とともに近づいてい来る影。
 驚くよりも先に圧し掛かってくる重量と衝撃。
「ふぎゃっ」
 お、重い……。
 まさか、とは思うけど、これってヤマトが上から落ちてきたってこと?
 遠くから、てゆーか上のほうから聞こえてくるのはルキちゃんとキリカの会話で。
「二人とも……大丈夫かな?」
「薬草も持たせたから大丈夫よ。さ、私たちも行きましょう」
 ルキちゃんは心配してくれてるっぽいけど、キリカってば冷静だな。二人の会話が徐々に聞こえなくなって、えっと……。
 アタシ、ヤマトに押しつぶされてるじゃん!!
「ちょっとぉー!」
 アタシがどいてと言う前にヤマトが悲鳴らしきものを発した。
「ぐわぁぁっ」
 その場で頭を抱えて細かく震えてる。
 あれ? ちょっとちょっと、もしかしてケガでもしたの? アタシが優しく声を掛けようとしたら、腰が抜けて立てないのか、四足の状態でぎくしゃく移動していった。表情はこわばったまま、不恰好な形で。そのときになんだかよく分からないけどガチャガチャと音を立てて。荷物はその場に放置して。
 移動を終えたらしいヤマトは落下してきたフロアからはずれた通路の壁にもたれて、荒っぽく肩で息をしてる。
 アタシはつい呆気に取られちゃったけど。
「なんなのよ、もう!」立ち上がってヤマトに文句をぶつけた。「あのねえ、思いっきりレディを踏み潰しておいてそりゃないんじゃない?! 謝るとか気に掛けるとか、なんか言ったらどーよっ」
 だけどヤマトはうつろな目を宙にさまよわせただけで、相変わらずはっきりしない。
 アタシはヤマトがぶちまけた荷物――ランタンとか小さめの皮袋――を拾いながら彼の正面に近付いた。
「ケガしたとかなんか理由があるならちゃんと言ってよ。黙ってたら分かんないでしょ」
 傍に立つとヤマトの只ならぬ息遣いを感じた。でもちょっと様子がヘン。ケガとか病気とかじゃなくて、もっと、こう……。
 焦れるアタシを余所に、ヤマトはゆっくりと顔を上げて、ゆっくりと声を出した。
「ランタン、点けてみろよ。さっきのところ、見てみ」
 イラつきながらもアタシは言われた通り、ランタンに火を灯してさっきのところ――つまりアタシが落ちてヤマトも落ちてきたフロアを照らした。
 なんだか白っぽいものや茶色っぽいものが砕けてる。
 そっか、ガチャガチャ鳴っていたのはこれのことだったんだ。でも全部が粉々ってわけでもなくて、原形を留めているような白いものもある。特にアタシたちが落ちた場所にたくさん転がっているみたい。
 なんだろ、あれ。
 細長かったり、カーブしてたり、とんがってたり、丸かったり。
 ヤマトがわざわざ見てみろって言うくらいだから、なんかきっと意味があるんじゃないかと思って、アタシはしみじみとその白っぽいものに顔を近づけた。整理されてるんじゃなくてその場に乱雑に散らかってる。触ってみても汚れているのかざらざらしていて、きっとこれは本来の手触りじゃないような気がする。
「平気な顔して触るなよ!」
 後ろからいきなりヤマトが怒鳴る。
「見てみろって言ったのそっちでしょ!」
 反射的にアタシも噛み付き返す。
「まったく君は……」ヤマトはほとほと呆れたように額を手の平で覆った。「それは骨なんだよ、骨。人骨も多いけど、魔物のも混ざってる」
「ほねぇっ?!」
 思わずアタシは飛び跳ねて、ヤマトの傍らに駈け寄った。
 自分の行動を振り返ると、空恐ろしくなってくる。何も考えずに触っていた左手の平が汚らわしく見えてきちゃうからイヤだなあ。なんとなく振り払うように左手をブンブン振るってみる。
「無知も、怖いもの知らずも、こっちの寿命が縮むっつーの。だいたいエリスちゃんだって最初は『気持ち悪い』なんて言ってただろ。そうゆう直感は信じてやんなきゃ駄目だぜ」
 そんな感覚、ヤマトが落ちてきてから忘れてたし。
 よくよく確認してみれば、あの丸いのはどうも頭蓋骨っぽいし、鋭くカーブしているのはアバラのあたり。長くてしっかりしているのは大腿骨かな。
 たぶん人間も魔物も好き好んでこの場所で骨になったわけじゃない。うっかり足を踏み入れて、無念の境地のまま残されてしまったに違いない。
 見えないって、感じないって――怖い!
 アタシは改めて自分の言動を反省してたら、横でヤマトの立ち上がる気配がした。
「どうしたの?」
 首だけ向けて訊ねる。
「どうしたって――さっさと出ようぜ、こんなとこ。脱出口探すんだよ」
 ヤマトは服に付いた埃を払いながら言う。
 そっか。そう言えばそうだったよね。
「こうゆう連中が死霊化して、生ある人間を自分たちの領域に引きずり込もうとするんだよなぁ。一気にこの辺を清浄化して、僧侶どもが祈りでも捧げてやりゃ、もっとマシになると思うんだがな。いっそのことピラミッドごと解体しちまやいいじゃねえか」
 ヤマトはブツブツと言いたい放題の独り言を展開している。
 相変わらずお化けとか亡霊とかいったものは苦手みたいだ。
 そりゃアタシだって好きってわけでもないけど、けっこう平気な方だと思ってたけど、こーゆー経験しちゃうとやっぱちょっと苦手になっちゃうかも。
 うーん、困ったな。

※※※※※

 てなわけで俺とエリスちゃんは暗がりの中、おっかなびっくり進んでいた。
 大変申し訳ないとは思うが、心なしかエリスちゃんを先に歩かせ、もちろん魔物が現れたら俺が前に出るけど、こんな化け物めいた怨霊がうようよ漂う中を、平然として歩けるかってんだ。
 本来だったら人も来ない暗闇に、女の子と二人っきりというシチュエーション。こんな美味しいチャンス、大人しくしていられるかっつーの。あの手この手を駆使して、あんなことこんなことやりたい放題だろうが。
 それがなんだ、このザマは。
 さっきまでは人骨触ってちょっとばかり落ち込んでいたように見えたエリスちゃんだけど、あっという間に復活してるぜ、オイ。いつもながら立ち直りが早いことで。今では半分スキップしながら、俺をなじることも忘れず先を歩いてやがる。
「もっとシャキッと歩こうよ!」
「いい加減慣れたら?」
「置いてっちゃおっかな〜」
 あのなぁ、俺は君を助けるために地下に落とされたんだぜ。
 まったくこのお気楽娘が!
 なんて愚痴めいた事をひっそりと考えてたら、前方で蠢く怪しげな空気。
 魔物だ。とうとう来やがったな。
 いつものようにエリスちゃんは後方に下がり詠唱をはじめ、俺は前に出て鉄の爪を装着する。
 ミイラ男とマミーの二匹か。こいつらも薄気味わりぃオーラ振り撒いてるけど、二匹ならなんとかなるか。『こっちの世界へお前も来い』って言ってやがる。冗談じゃねえ、こんなところでやられてたまるかってんだ。
「うらぁっ」
 気合を張り上げ、ミイラ男の心臓部分に鉄の爪を押し込む。手ごたえは感じなかったが、ミイラ男の動きが一瞬止まった。
 だいたいコイツら、動きは鈍いし力も大してないけど、やたら頑丈なんだ。頑丈っつーか、恐怖とか痛みを感じないからしつこいと言うか際限ないというか。普通の魔物に比べてかわいげが無いというかてこずるというか。
 だからこうゆう時はエリスちゃんの呪文なりで一気に焼き上げちまった方がカタが付くってなもんだ。ホントはキリカがよく使ってる浄化の呪文【ニフラム】とかいうヤツ――最近はルキも使えるようになったか?――のほうがいいんだろうけど、本人がこの場に居ねえんだから仕方ねえ。
「エリスちゃん!」
 俺は振り返り、火の呪文で始末してもらうよう、二匹の魔物から距離をとった。俺のその気持ちは通じたのだろう。エリスちゃんは肯きながら、魔法力を解放した。
「――【ベギラマ】」
 いつものように炎の嵐が魔物たちに襲い…………かからねえぞ、コラ。
「え?」
 俺以上にエリスちゃんが目を白黒させてる。
 失敗か? だったらもう一度やってくれ。そう伝えようとしたら。
「あぁっ、ここ、呪文がつかえない場所じゃん!」
 泣きそうな声色と表情でエリスちゃんが叫ぶ。
 しまった。そういやそうだった。
 だから呪文の行使に関係ないこの俺が、エリスちゃんの救助に突き落とされたんじゃねえか。初歩的なこと、忘れてた!
「くそっ」
 だったら俺の拳だけでこの場を片付けなきゃならねえ。
 とりあえず動きの鈍ったミイラ男の懐にもぐり込み、腕を引いて投げ飛ばす。倒したわけじゃないが、しばらくは放っておいても大丈夫だろう。
 俺はすぐさまマミーに対峙した。と同時にヤツの顔面に後ろ回し蹴りを食らわせる。
「えいっ!」
 後方から、可愛らしい声がした。おいおいエリスちゃん。彼女は自分の呪文が役に立たないと知ると、すぐさまロッドでミイラ男を攻撃し始めたのだ。
 確かに俺が身体を抉って投げ技を決めてやったから、弱っているはずだ。でも相手はミイラ男だぞ。アリアハンのスライムとは訳が違う。しかもエリスちゃんは、思いっきり体力と腕力に不安のある魔法使いだろう。
 とにかく俺はマミーを倒す事に専念した。ま、薬草はたっぷり持たされたから、多少の怪我なら何とかなるだろう。悪いなエリスちゃん、それまで頑張ってくれ。
 俺の蹴りでうずくまっていたマミーに攻撃の手を緩めず、ひたすら鉄の爪でヤツの身体をぶち抜いて、へし折って、切り裂きていく。すかすかで手ごたえのない身体だが、少しずつ衰えていく。
 だがこのままじゃ時間だけ掛かって埒があかねえ。俺は荷物袋の中から咄嗟に聖水を取り出した。腕をもがれて腹部に穴をあけながら、それでもゆっくりと襲い掛かってこようとするマミーに、瓶ごと聖水を投げつけた。
 瓶の割れる音、勢いよく蒸発する音が同時に響いた。
 マミーはしゅうしゅうと煙を上げ、残像のように薄くなり、跡形もなく姿を消してしまった。
 俺の仕掛けたどの攻撃よりも、しっかり利いてるじゃねえか。納得いかねえぞ。たかが聖水、されど聖水……。
 って、んなこたあどうでもいい。
 俺は鉄の爪を腰に提げ、もう一本の聖水を取り出し、エリスちゃんの援護に向かった。

※※※※※

 おっかしいな。アタシけっこう力あると思ってたのに。
 かなり弱ったミイラ男が相手だよ? あとホンのちょっとじゃん。なんでこの魔物、倒れてくれないわけ?!
 幸いにしてまだ攻撃は受けてないけど、これはきっとヤマトが弱らせてくれたおかげで、アタシはまだ何にもして無い!!
「えいっ! とおっ! やあっ!」
 力いっぱいロッドで殴りつけても、ミイラ男はその瞬間だけ動きを止めるだけで。そりゃルキちゃんがやっているような剣での攻撃とは差があるかもしれないけどさ。さっさと倒れてくれないかなぁ!
 なんだかアタシばっか疲れてきたみたいだし、そろそろロッドも壊れるんじゃないかって心配だし、そもそもロッドは魔法力を増幅させるためのアイテムで武器じゃないし、こんなに乱暴にあつかっちゃってもヨカッタんだっけ?!
 そしたら。
 目の前に小瓶が飛んできて。
 それがものすごーくゆっくりに見えて。
 カシャンと音を立てて瓶が割れ。
 シュウシュウと煙が立ち上り。
 ミイラ男が戸惑いながら消滅していった。
 なにが起こったのか分からないでいると、ヤマトが声を掛けてきてくれた。
「大丈夫かっ」
 アタシは汗を拭いながら振り返る。
「最初っから聖水使ってりゃよかったな」
 ちょっぴり悔しそうなヤマト。
 その場に残っているのは割れた小瓶だけで、そういえばあっちの方――たぶんヤマトが戦っていた方向――にも砕けた瓶の欠片が光って見えた。
「聖水、だったんだ」
 だからミイラ男とかマミーみたいな志半ばで朽ち果てた魂を鎮めることができたんだ。そっか、なるほど。あのテの化け物相手には聖水が有効だって、魔法学院で習った気がしてきた。もう遅いけど。
 アタシは呼吸を整えてヤマトに向き直った。
「アリガト。でもこれからずっと聖水こーやって使ってたらもたないんじゃない?」
「うーん……」ヤマトは皮袋の中身を確認してる。「あと三本。で、俺が持ってるのが一本か。こりゃさっさと出ねえとな」
 ヤマトは自力でなんとか倒したっぽいけど、やっぱりアタシは力が無い。いくら聖水があっても、こんなに非力じゃ満足に戦うコトもできないんだ……なんか、ちょっと悔しいな。今さらいってもしかないけどさ。
 ま、そんなわけで。
 とにかくアタシたちは出口を目指した。
 てゆーか、どっちが前で、どこに向かって歩いているなんてさっぱり分からなかったんだけど。
 魔物――特にミイラ男とかマミーのようなテのヤツが現れたら、できるかぎり逃げまくった。もう出口が近いのか、離れてしまってるのかさえも見当つかなかったから、とりあえず必死で。なにがあってもいいように。
 こーゆーとき、道案内のキリカがいないのが超恨めしい!
 ところが。
 ところが、だ。
 道に迷ってうろついているさなか、急にヤマトがぴたりと歩みを止めた。どこ見てるのか分からないけど背筋を伸ばして一瞬だけ敬礼でも取りそうな勢いで。
 ついさっきまでは怯えたように背を丸めて(さすがに魔物が出てきたときはシャキッと対応してくれたけど)アタシの後ろを歩いていたようなヤマトが。
 おかしいってアタシが思ったのも束の間、ヤマトが雲の上でも歩いているような足取りでフラフラと前を行く。
「ちょっと、ヤマト」アタシは危険な雰囲気を感じて名前を呼んだ。「ヤマトってば。どこ行くの! 帰るんでしょ!」
 だけどアタシの声が届かないのか、ヤマトは虚ろな眼つきでどこかへ進もうとする。焦点は合ってないし、どこを見ているのかも分からない。真っ直ぐに立って、両の手はだらりと下げたまま。顎を浮かせたまま。目の前にいるはずなのに、存在自体がすごく遠くに見える。なんかアタシが一人ぽっちみたいじゃん。
 おまけにヤマトはいつの間にか壁に向かって突き進んでゆく。ちょっと、そこはどう見ても行き止まりでしょ……って、消えたぁ?!
 え? え? 隠し部屋がこんなところに?
 でも。ちょっと待ってよ。明らかにこの隠し部屋、アヤしくない? アタシはヤマトほど霊感が発達してるわけじゃないけど、その奥の方から、なんか上手くいえないけど生きてる人間が入っちゃいけない領域な感じがするんですけど。
 で、アタシの悪寒なんて見向きもせずに、相変わらず覚束ない足取りでヤマトは壁の中の階段を降りて行っちゃうし。
 アタシもヤマトから離れるのは危険だから、なるべくそばにくっついて、その曰く有りげな階段を一緒に降りてくしかない。
 不思議なことに、すっごくアヤシイ感じなのに、魔物はまったく出てこなくて。集団に大量に襲われるんじゃないかって、ビクビクしてたのに。もっとも夢うつつみたいなヤマトと一緒じゃ、どんな魔物が相手でもかなりヤバイけどね。
 そんなこんなで長い階段を下りて、平らな場所――きっと地下二階になるんだろう――に二人して立った。
 どこだろここ。
 真っ暗で小さな空間で、秘密の小部屋って感じ。アタシとヤマトが下り立った途端、ボゥっと隅っこから順番にランプに火がついて。いきなりだったからアタシ、背筋に滴が落ちてきたくらいビックリして。
 もちろん他には誰も居ないし、その火も弱々しく揺らめいているから、それさえも妖しげな雰囲気に貢献してるっぽい。ゾクゾク背中にイヤな汗が伝っては、乾き、すぐに冷えて不快感に変わる。
 目が慣れてきたら、すぐそこに棺桶があった。さっき上で見た棺桶よりもちょっと立派な感じのもので、大きさとか模様とかが。きめ細かくてお金が掛かってそう。もちろんつい最近のものじゃなくてすっごく古いと思う。キリカが見たら喜んで研究材料にしちゃいそうな。
 その間ヤマトはずっと直立不動のままだった。
 静かだった。
 けれど。
 突然右腕を突上げ、なにかワケのわからないコトを喋りだした!!

※※※※※

 すぐそばで怯えるようにひっつくエリスちゃん。
 真っ暗でなにかが渦巻く埋葬室。
 すぐにでも飛び出てきそうな魔物たちの気配。
 動けずに間抜け面で突っ立ってる俺。
 分かる。今の場所がどんなところで、どんな状態かってのは。まるで幽体離脱した魂の俺が、俺たち二人を上から観察している。
 ヤベエよ、只事じゃねえ。すぐに回れ右をして帰れ!
 魂の方の俺は必死で叫んでいるのに聞こえねえんだろう。肉体の方の俺は、それこそ魂を抜かれたのか――あるいは追い出されたのか――なにかに導かれながらゆらゆらと歩いていく。夢遊病者かっての。
 通路を進んでいたら突然声が聞こえた。というよりも脳裏に入り込んできたという表現の方がふさわしい。更に言えば、どうも俺だけにしか届いてないらしい。
 嫌悪感しかないその声は、しかし俺の意志とは無関係に俺の身体を引きずり込んできた。俺という器が、ヤマトという中身を置いて、どんどんその声に従ってしまっている。
 戻れ。戻れ。戻れ。
 本当にこのままじゃ、戻れなくなるぞ!!
「ちょっと、ヤマト。ヤマトってば。どこ行くの! 帰るんでしょ!」
 そうだ。こんな死霊が蠢くような場所、一秒たりともいられるか。
 だが俺はエリスちゃんに言い返せない。エリスちゃんの存在などないものとして、どこかへ流されるまま進んでいっているのだ。
 初めて足を踏み入れたピラミッドだというのに、迷うことなく隠し階段を見つける。だから、俺は知らないんだ、こんなもの。
でもなぜか、階段があることも解っていた。地下二階へと続く長い階段だということも。
“こっちだ”
 確実に声が近くなる。
“早く来るがよい”
 耳が痛い。
 間違いなく声が強くなる。
 嫌な予感が脳裏にへばり付いて離れない。
 まずい。やばい。マジ死ぬって。
 だから俺は嫌だったんだ。だからルキが地下に来りゃよかったんだ!
 だが俺の肉体は相変わらず声だけを頼りに歩み、目指していた棺の前へと辿り着いた。
 細かい文様が刻まれた太古の棺。ここに眠るは古代の王。叡智に長け、武勇の誉れも高き初代イシス王ファラオその人。
 だから!
 なんで俺はそんなこと知ってんだ?!
“我が至宝を欲するのはそなたか?”
 宝なんてどうでもいい、俺はすぐにでも日の当たる世界に戻りたいんだ。
 ――なんて俺の切なる願いなど叶うはずもなく、肉体の方の俺が突然右腕を高く掲げた。その右手に宝をよこせとばかりに。
「我、欲す。汝の宝、我が手に。黄金なる呪い、解き給え」
 そして訳の分からねえことを勝手に口が喋りだす。なんだこの中途半端な呪文みたいな、掛け声みたいな台詞は。誰に教えてもらったわけでもないし、小耳に挟んだことさえねえぞ。
 したら突然。その掲げた右腕に、まばゆい光の粒子が集まりだした。エリスちゃんは驚いて目を塞ぐ。俺も眩しくて見ていられない筈なのに、逸らすことは出来なかった。不思議とそのときだけは悪寒も不信感もなくなり、魂の方の俺でさえどこか気持ちよかった。
 大きかった輝きが、徐々に徐々に、ゆっくりと収縮される。光が収まると俺の右手には見たことの無い鉄の爪が装備されていた。
 つーか、これ、鉄の爪じゃねえぞ。鉄の爪は俺の腰に提げたままだ。
 まてよこれ、ひょっとして黄金の爪ってヤツじゃねえか? 武闘家を志す人間ならば一度は耳にしたことのある噂。ピラミッドに眠るといわれる最強の武器。
“我が宝、そなたに与えよう。守護者たちが、認めたのなら。呪いを、退けられたのなら”
 声が――棺に眠るファラオの声が、そこで終わった。終わったのを理解した
 ぷつりとなにかが切れた。なにかが降りてきた。
 俺が、俺に戻った。
 右腕には確かに黄金の爪。夢でも幻でもなく。
 俺は古代の王より至宝を渡されたのか?
 ドッドッドッドッドッドッ……。
 地鳴りか、呻き声か。闇底から揺すぶられるような響き。
 待てよ。あの声は告げていた。“守護者たちが、認めたのなら。呪いを、退けられたのなら”
 守護者たち? 呪い?
 宝を、黄金の爪を守る者たちってことか。要するに、ファラオが俺に宝を与えようとも、守護者たちが認めなきゃ、俺のものにならねえってことか。呪いを解かなきゃ駄目ってことか。
 つーか俺、ひと言も欲しいなんて言ったか?
 が。
 考えるよりも先に、苦情よりも速やかに、俺の身体が動いた。
「キャァァァァ――――!!」
 耳をつんざくエリスちゃんの悲鳴が駆け抜ける。俺は声を張り上げるエリスちゃんの腕を引っ張り、全速力で階段を駆け上った。
 守護者なんて聞こえはいいが、こんなピラミッドの地下に住み着いているのは、単に死霊や怨霊どものことだ。王の宝を守るという使命を持ったまま死んでいった連中が、黄金の爪を取り返そうと襲ってくる。
 さっきまでは潜んでいたであろうミイラ男、マミーが、血に塗れた包帯をひらひらさせて手を伸ばしてくる。中には手を失ったもの、頭が半分のものもいる。でも奴らは、とにかく宝を持つ俺――奴らにしてみりゃ盗人も同然だろう――を、なんとかしてやろうと迫ってくる。足を引き摺りながら、不気味な声色を発しながら追いかけてくる。
 さっきの声に囚われたおかげで、俺の精神力と体力はほとんど失われかけている。振り返って連中とやりあう気力なんて残っちゃいなかった。聖水を使うことも頭の片隅にチラッと浮かんだが、連中の数ときたら。数えることさえ難しいほどの群れ・集団・団体だ。
 これだけいたら幾つ聖水があっても足りねえじゃねえか。
 くそ、なんで俺がこんな目に遭ってんだよ!!

※※※※※

「エリス! ヤマト!」
 ピラミッドの地下で聞こえたルキちゃんの声。
 ルキちゃんがいる。きっとキリカもいる。
 ちょっと元気が出た。逃げる足に力が入った。
 ありがとう、アタシたちを助けに来てくれたんだ。
 きっとアタシたち無事に生きて脱出できる!

※※※※※

 無事地上に戻ったら、キリカのヤツが言いやがった。
「なにをしたの、貴方たちは」
 って、お前のせいだろ!
 いや、助かったのも、守護者や呪いを封じてくれたのも、お前のおかげだけどよ。
 畜生、なんか釈然としねえ。



1−13.やみ 了(2010.06.04)
言い訳&あとが記
「闇」でした。
ピラミッドで地下に落ちたヤマト&エリスです。ま、闇の中っつーコトでご査収くださいませ。もっとコンパクトにまとめる予定がずるずる長くなってしまいました(汗) お題ってSSのはずだよなぁ。




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