|
<字書きさんに20のお題+さらに20のお題>
2−2.し
勇者の子供だから、勇者である父親が戦死したら代わりに旅に出なければならない――いつの間にか自分の意志とは別のところの決定事項。
誕生した瞬間からオルテガの勇者像維持のために存在し、育成させられた。運命というものはこうゆうものなのかと受け入れるしかない。頭では分かっていても、どこかで反抗する自分がいる。気持ちの上では反発しても、胸の奥で燻らせておくままで何も出来ないのもやはり自分だ。
物心つく前から勇者の後継者として様々なことを修練させられた。旅の知識、剣技、礼儀作法、地理、世俗風習――そして呪文。
ルキはナジミの塔に居を構える隠遁賢者に呪文を習っていた。まだオルテガの訃報を聞く前からナジミの塔に通っていたため、そろそろ五年になろうとしている。六歳の頃から学んでいたため既に十一歳であった。にもかかわらず、ルキはまだ基本的な呪文すら満足に扱えなかった。
一番の理由として挙げられるのは、ひとえにナジミの塔の隠遁賢者ことジミー老の話の脱線によるものであった。呪文の稽古をしていたはずなのに、まったく別の話にすりかわっているのは日常茶飯事である。ルキの義母などは効率が悪いということで、いっそのこと別の指導者に師事させようとしたほどだ。
だが、ルキはジミー老の元へ通うのが楽しみだった。週に一度は通っていたが、次の修練が待ち遠しかった。
第一に、ジミー老はルキのことをルキとして認識してくれている。稀代の大賢者にとっては、単なる血縁というだけで海のものとも山のものともつかないオルテガの子供には、価値を見出していなかっただけかもしれない。たとえそうだとしても、ルキにとっては非常にありがたかった。差別も畏怖も矛盾もない空気など、他では味わえなかったのだ。
第二に、ジミー老の前では気を張らずにすむ。元々祖父であるドガの口添えがあったためか、ルキの生い立ちについてすべてを承知してくれている。責めるでも同情するでもなく、“そういうもの“として受け止めてくれる。単なる弟子のひとりという自分の立場が居心地良かった。『こんなに可愛らしいのにもったいないのぅ』と言われたこともあったけれど。
第三にジミー老の話はとても面白かった。聞き手を飽きさせない術を心得ているようだった。講義だって解かりやすく、すこっと頭に入って来る。集中して講義をしてもらったならば、自分はどれほどの大魔法使いになれたのだろう。ただ旅を始めてみると、呪文の講義そのものよりも、ジミー老との雑談の間に交わした言葉に様々な意味が込められていたのではないかと思う。師は決してそんな素振りは見せなかったが、とても奥深いような気がした。
他にもまだ理由はあるが、大まかにいえばこんなものだろう。一見して飄々とした元気で気のいい老人であるが、懐の深さを目の当たりにしてきた。アリアハン王宮で仕官していた頃、多くの者たちに慕われていたのも納得できる。美しい女性を除いては、ジミー老は常に他人に平等に接することのできる稀有な人物だったのだ。おごることも蔑むことも媚を売ることもせず、あるがままの自然体であった。
だが、玉に思いついたように無理難題を吹っかけてくることもある。
「ありがとうございました」ルキはジミー老に頭を下げた。「じゃあ、お願いします」
本日の修練は日の高い時刻に終了した。普段と比べて格段に早い。いつも通りにルキはジミー老の《ルーラ》でアリアハンへ送ってもらえるものだと思っていた。
だがジミー老はにこにこしながら口を開いた。
「泳いで帰るがよい」
ルキは絶句した。空耳かと疑った。
「ここから泳いで王都へ帰れ」
再びジミー老は滑舌良く言い直してくれた。
世界地図で見ればナジミの塔が建つ小島からアリアハン本土までは微々たる距離のようであるが、実際のところ徒歩では半日弱といったところ。海を泳ぐとしたら、どれくらいの時間と労力を要するというのだろう。そもそもこの場へは呪文の稽古にやってきているはずなのに。
「御師様……?」
訝るようにルキはジミー老を見た。
「そんな顔をするな。そんなことをしても、儂は男には甘くないわい」ふんと鼻を鳴らすジミー老。「修行じゃ、修行。だからこんなに早く屋内での講義は終えたんじゃろうが。儂も気を遣ってやったんじゃぞ」
「しかし……なぜ突然? 自分は……祖父の元で修練をしておりますが」
ドガには主として剣術を教わっている。付随するように筋力・体力・俊敏さも鍛えているのだ。
「じゃったら問題なかろうが。これも呪文の練習じゃ」
「ですから、体力と呪文は……関連がないじゃないですか?」
「分かっとらんのぅ、お主は」ジミー老はチッチッチと舌を鳴らして人差し指を振った。「心・技・体とはすべてを司るものじゃ。剣術だけでなくな。心、すなわち精神力。交信能力、イメージする力といえよう。さらには周囲の状態如何に関わらない集中力。これが呪文を行使する上で重要なのはお前も知っているはずじゃな」
ルキは頷く。
「技とはすなわち技術。呪文で言えば制御する力。あるいは場面に応じて適切な呪文を選択する判断力も含まれる。ここまでは分かるな?」
再びルキは大きく頷く。
「しかし心と技が完璧であったところで健全な肉体が備わっていなければ意味のない代物じゃ。考えてみい。どんなに素晴らしい使い手であっても、長旅に耐えらうる体力がなければまったく意味がない。体が弱くてすぐに寝込んでばかりいては宝の持ち腐れじゃ。健康な肉体があってこそ、心と技がちゃんと生きてくるのじゃ。呪文に関わらず、すべての土台が体なんじゃ!」
云わんとすることは理解できる。冒険を前提とするならば正論だ。
しかし。
「なぜ、今……泳ぐんですか? せめて最初は……もっと、短い距離から……」
「季節的には問題ないじゃろが」
「だけど……」
「心配するな。アリアハン近海には《トヘロス》しておいたからの。魔物には襲われんはずじゃ」
「はぁ……」
「どうじゃ、泳いでみる気になったじゃろ? 儂もずっと付き添ってやる。いやはや、自分の弟子思いの強さに感動するわい」
がっくりとこうべを垂れるルキであった。
仕方がない。ルキはマントを外して着替え始めようとした。
「まて。男の裸になんぞ興味はない。そのままで泳げ。だいたい、全裸で旅に出るわけでもないじゃろうが」
もう、なにも言うまい。
諦めたルキに、ジミー老は追い打ちをかけた。
「いいアイデアじゃろう? 昨日、ぱっと閃いたんじゃ」
自分はどうしてこの老人に好感を持っているのか、たまに不思議でしょうがないルキであった。
2−2.し 了(2009.04.26)
言い訳&あとが記
「師」です。
そのまんま。旅立つ前の修行風景でした。エロジジイことナジミの塔の隠遁賢者様のお話。アリアハン時代、ルキが信頼を寄せていた数少ないお相手でした。こんなんだけど嫌いになれないおじいちゃん、というのが伝われば御の字でございます。
|