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第3回 陰と陽
(2005年1月5日)

天地・自然の創造・変化というものは、
窓の外の樹木を見てもわかりますが、
無限の可能性、創造力を含蓄しておりまして、
その創造・変化を可能ならしめているのが生の活動力(エネル
ギー)であります。
それは何らかの形で外に発現すると同時に、
四方に分派し発生して、進展してゆくのです。
このように分化・発展してゆく力を「陽」といいます。
ところが創造というのは陽だけでは成り立たないのです。
それは分化すると末梢化して生命が薄れるからです。
分化・発展は混乱になり、破滅になる。
そこで分かれるものを統一し、
それを根元に含蓄しようとする働きがある。
その働きを陰といいます。
この陰と陽とが相まって初めて健全な創造が行われるのであ
ります。
さて、それでは陰と陽のどちらが本質かということになります
と、陰が根本で、陽は枝葉花実的であります。
陰だけでは発展ということがありません。
陽が活動し代表になって、それを陰が裏打ちし内に含んで、初
めて両方が存在するのです。
したがって陰陽の割合は陰が51%、
陽が49%ぐらいであるのが一番適当であります。
われわれの肉体・生理は、酸とアルカリの相対性活動でバラン
スを保っておるのでありますが、やはりその割合はアルカリが
51%、酸が49%、つまり弱アルカリ性を保つということが生理
の一番原則です。
それが逆になって酸性化すると病気になる。
例えば胃酸過多になると胃が痛みます。
だから昔から酸の字を「いたむ」と読む。
陰陽のだれにもわかるよい例は人間の男女です。
もちろん女が陰原理的存在であり、
男が陽原理的存在であることは言うまでもありません。
したがって家庭というものを考えた場合、
これは何といっても女が中心でありますから、
女房が51%の権利を握っておるというのが、
家庭平和の一番原則であるということになります。
こういうふうに陰陽学的に考えてまいりますと、
人生百般のことはすべて解決します。
例えば「徳」というものは、これは人間の本質的要素ですから、
陰性のものであり、それに対して、「才能」「技能」は属性的要
素ですから、これは陽性であります。
東洋の人物学はこの「徳」「才」との陰陽相対性理法から発達
して、組み立てれれているのです。
『人物を修める』 安岡正篤

 

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