ww1のマルタの地中海艦隊

Fort St Elmo – National War Museum
地中海における救援を英国が要請し、1917年3月に日本は其れに応えて、マルタの日本艦隊という総称で知られる、17隻の軍艦からなる日本海軍を派遣した。
1918年に、ドイツは西部戦線において攻撃を開始し、英国人は中東からマルセイユに大きな分遣隊を移動させる必要性に迫られていた。
この局面において、日本の部隊が計り知れないほど貴重であったことが証明された。地中海を横切って戦線へと彼らが護送したのは、計788隻の(大英帝国など)協商側の軍艦、及び、70万の軍勢。日本の戦艦と(ドイツ帝国など)中央同盟国の潜水艦は、35回にわたり交戦した。
中央同盟国と共にドイツとの停戦後、日本の部隊は譲渡された艦隊を保護するために展開した。彼らの最も誇らしい瞬間は、日本へ7隻のドイツの潜水艦が戦利品の一部として引き渡された時に違いないだろう。日本海軍のマルタでの滞在の最後は、マルサのメイン・ガード・スクエアでの印象的な儀式と祝賀によって記念された。彼らは、1919年4月10日にマルタを去った。

ww1の時に、マルタに派遣されていた帝国海軍第二特務艦隊。グランドハーバーでの駐留。

戦利品として割り当てられたドイツのU-ボートのデッキに乗っている日本兵。

Tender Kwanto 工作船関東。Tenderは辞書で引くと補給船、補水船などなので、工作船とはわからなかった。難しい・・・。元は日露戦争で鹵獲されたロシア汽船「マンチェリア」らしい。

帝国海軍艦隊HUMSの旗艦出雲(装甲巡洋艦。最初の旗艦・防護巡洋艦明石と途中で交代した。)の礼砲(National Salute?Royal Saluteと同数の射撃数?)。矢張り、出雲のスペルがちょっと謎。HUMSもなんだか不明。

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