3-1-1、阪神の教訓

 阪神・淡路大震災の犠牲者は関連死も含めて、6433人に上りましたが、そのほとんどは建物の倒壊や家具の下敷きになったために、圧死もしくは窒息死したことによる即死だったということです。

 地震のあとはかならず火事になります。阪神・淡路大震災のときも火事がおきて、焼死した例もあったようですが、当日は風が弱かったことも幸いして、大火災にはなりませんでした。テレビ中継を覚えている方も多いと思いますが、煙がまっすぐ上がっていました。あれほどの地震ではありましたが火事による死者は比較的少なく、ほとんどはすでに圧死した遺体が焼けたものと思われます。

ただし、1923年(大正12年)関東大地震(関東大震災)では、14万人の死者を出しましたが、その大半は火災による焼死者でした。このときは数日まえから日本に接近していた台風が能登半島近くにいました。そのため、関東地方には強風が吹き込んでいたのです。地震発生は正午頃でしたが、4時間もすぎたあとに数え切れないところで火災が発生しました。強風あおられて、火災旋風という火の竜巻が何もかも巻き込んで燃え上がるという恐ろしい状況になりました。最も悲惨なところは、東京下町(本所区いまの墨田区)の被服廠跡でおこった火災旋風でした。ここだけで3万8000人が焼死したといわれ、いまだに正確な人数もわかりません。火事は油断が出来ません。

 阪神・淡路大震災で火災による死者が少なかったのは、当日風が弱かったからに過ぎません。火事から逃げるためにも家につぶされず、すばやく脱出できなければなりません。巨大地震の犠牲にならないためにはまず、圧死から逃れることです。

 地震による木造家屋の倒壊と犠牲者の一番多い形は、2階建ての1階が押しつぶされて、2階に寝ていた人は助かり、1階に寝ていた老人が死亡したというものです。

 神戸では戦前や戦後の古い建物が多く、老人世帯で立て替えることの出来なかった世帯などが、集中的に被害にあっていると報告され、やり切れないものがあります。また、死亡者のなかには二十歳台の若い年齢層にも目立ちました。老朽化した安い下宿に住んでいた学生や若者が被害にあって、それが数字に反映されています。住宅の問題が基本的に解決されないと、永年にわたって日本を支えてきた人たちや、将来ある若者の犠牲がこらからも続きます。

3-1-2、 壊れない家に住む

 地震を大きな震災にしない、地震で死なないための第一歩は、あたりまえのことですが地震が起きても大きく壊れない家に住むことです。
 ごくおおざっぱにいえば、日本では地震のマグニチュードが六以上になると家屋が壊れ、けが人が出るなど、人の損害が出始めます。ところが、中国では地震のマグニチュードが五以上から人の損害が出始めます。中国のみならず、アジアやアフリカ、中近東の国々でも同じような傾向が見られます。
 これは、日干しレンガや石積みなどの家が多いためです。木造の家はこれらの家より地震に強く、とくに縦の方向には強いとされています。日本では木が豊富にありますが、日本以外のかなりの地域では木は貴重なので、あまり家造りに使われない結果、地震に対して弱い建物が多いのです。

 木造家屋は縦方向に強い反面横方向に弱い性質をもっています。そのため、筋交いや壁構造が有効なのです。木造家屋でも構造を丈夫なものにすれば、災害は劇的に防ぐことが出来ます。木造家屋は本来地震にはかなり強くすることが出来るのです。多少ひびが入ったりしても修理することは出来ますし、最低限でも倒れて人間を押しつぶさないようにすることは、それほど難しいことではありません。

 これから家を建てる人、借りる人は、壊れない家を意識しておきましょう。

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