東海地震

 1、注目を集める東海地震

1-1、陸地が押されている。

 1969年(昭和44年)国土地理院によって、不思議な、そして重大な報告が行われました。明治時代と昭和時代に、全国にわたって行われた三角点の測量によりその位置を比べたところ、静岡県を中心とした太平洋沿岸では、日本列島が海側から陸側へ1メートル以上動いていたのです。

 現在のようなGPSがない時代に、十年以上の年月をかけて測量が行われました。明治と昭和の二回行われた大規模な測量を比較した結果、伊豆半島から浜名湖にかけて、陸側が海側から押されて圧縮されていることが明らかになったのです。

 このような陸地の動きは、巨大地震を起こす海側の岩板(プレート)が陸側の岩板(プレート)を押しつけているという、当時広まりつつあったプレートの理論に非常によく適合するため、注目されることとなりました。
 1969年に発足した地震予知連絡会は、東海地区をマグニチュード八クラスの巨大地震が起きる可能性がある特定地域として、さまざまな研究調査を開始しました。

 そんな中で、1975年に中国の海城地震の予知が成功したことに刺激され、地震予知に対する社会的関心が高まりました。
 日本でも1976年(昭和51年)に、石橋克彦氏による東海地震説が発表され、世間の注目をあびることとなりました。

 こうして、1978年(昭和53年)に東海地震を対象として「大規模地震対策特別措置法(大震法と略される)」が成立しました。大震法によって、東海地震を予知することで、震災を限りなく小さなものにしようとする取り組みが始まりました。

 

1-2、東海地震説

1:繰り返し起きる巨大地震、(名古屋大学地震火山・防災研究センターホームページ「東海地震特集」より

sankyoudai図1:三兄弟

 

 伊豆半島沖から四国沖までの太平洋側では、古くは白鳳地震(684年)から、しばしば巨大な地震に襲われています。

 史上最大の地震と記録されている宝永地震(マグニチュード八・四 1707年)と、その147年後の安政地震(1854年)。またその安政地震の90年後、(1944年、昭和19年)には東南海地震が起き、ほぼ一年後の1945年12月には南海地震が起きました。

 この地域では巨大な地震が、100年から150年または200年の間隔で、繰り返し起きています。とくに記録が正確になったと思われる江戸時代以降は、100年から150年の間隔で襲ってきています。地震の起きる場所で、東海地震と東南海地震、南海地震の三つの地震とされ、いつもほぼおなじ場所で起きていることが知られています。おおよそA(足摺岬沖から室戸岬沖)とB(室戸岬から潮岬)の地域で南海地震が起きており、C(潮岬から志摩沖)とD志摩沖から浜名湖沖)の地域で東南海地震が起き、E(浜名湖沖から駿河湾)地域で東海地震が起きています。

コラム1:地震三兄弟

静岡県伊豆半島の西側の海底に、駿河トラフという溝があります。この溝は南西方向に伸びて御前崎沖で西南西に向きを変え、南海トラフとなって四国沖から南西諸島まで続いています。
 駿河トラフと南海トラフでは、100年から150年の間隔で巨大地震が発生していることが知られています。その発生場所により、東から東海地震、東南海地震、南海地震とよばれています。これらの地震は地震三兄弟とも呼ばれ、生まれも育ちも同じで、しばしば連続して、時には同時に襲ってくることで、恐れられています。

 ところが、安政地震の90年後の1944年に東南海地震が起き、続いて1946年に南海地震が起きたのですが、どういうわけか駿河トラフの「E」地域は地震が起きませんでした。(図1参照)。

 過去に何度も地震が起きたところで、周辺の地域で地震が起きたのに、ある地域だけ地震が起きていない。こういうところを地震の「空白域」といいます。

 地震はこのような「空白域」をいつかかならず埋めるように起きており、この「E」地域は東海地震が起きる可能性が高く、危険な地域とされています。

 どうして「E」地域の東海地震だけが起きなかったのかは、いまのところ良くわかっていません。しかし、これまで100年から150年の間隔で巨大地震が発生しているところから、駿河トラフのこの場所は、あきらかな空白域として残されています。地下の岩板のひずみは年を追うごとに極限に近づいてきており、危険な状態と考えられています。これが東海地震説の根拠です。

 

コラム2、三河地震

 東南海地震と南海地震の間に三河地震(1945年昭和20年)が起きました。三河地震はマグニチュード六・八、住宅全半壊2万戸以上、死者1900人以上という大きな震災となりました。時期的には東海地震を思わせますが、地震の規模は予測される東海地震よりひとまわり小さく、震源も東海地震が警戒されている「E」地域ではなく「深溝断層」という活断層が数万年ぶりに動いたものでした。

 三河地震は震源の深さが10キロメートルと浅い内陸直下型の地震だったため大きな被害となりましたが、震源の場所も規模も、海溝型地震である東海地震とはまったく異なります。そのため、三河地震は東海地震の空白域を埋めたとは考えられていません。

 

3、東海地震はいつか

3-1、 東海地震はいつか

 では、東海地震はいつ起きるのか、これがじつは大変難しい問題なのです。地殻のどこにどれだけのひずみがたまると地震になるのか、現在その何パーセントがたまっているのか、そのいずれもよくわかっていません。コンピュータによるシミュレーションや岩石破壊などの様々な実験が試みられています。

3-2、御前崎の沈降と反発

1944127日、東南海地震の起きたちょうどそのとき、当時の陸地測量部(現在の国土地理院)は、静岡県掛川市付近で、御前崎方面に向かって水準測量をしていました。水準測量とは国道にそって、地面の高さを精密に測量するもので、短い区間を何度も往復し正確に測量するものです。地震の前日から誤差が出始め、測量技師が信じられないほど測量の数値が変わってしまうので、これはどうしたことかと怪しんでいるところ、測量の最中に東南海地震が起きたのです。

 この水準点測量は偶然ではなく、関東大震災に早くから警鐘を鳴らし、地震博士として当時一般にも有名になった、今村明恒博士が、安政地震(1854)から100年が経過しようとするこの時期に、東海道の水準測量を陸地測量部に要請し、とくに太平洋に突き出した御前崎から、掛川方向の測量を新設したものです。

 このときの測量の記録から、御前崎の地盤は地震のしばらく前から海に向かって沈み込んでおり、地震の直前に突然反転して隆起し、地震後また再び、次第に沈み込んでいることが分析されています。

 この記録は大変重要な地震の兆候をとらえていると考えられています。そのため、現在でも東海地震の前兆をとらえるために、東海地震の震源域につきだしている御前崎の沈降の様子が観測、測量されています。

 もちろん、東海地震の震源域は熊野灘でなく、駿河湾です。1944年の東南海地震の震源域は静岡県の掛川とは150キロメートルも離れていました。しかし、方向と距離は違いますが海溝型地震としてはよく似た兄弟なので、おなじような振る舞いをするのではないかと考えられています。

3-3、プレスリップを捉える

 現在の観測によると、1970年以降掛川に対して御前崎はふらつきながらも、確実に沈降しています。これは、フィリピンプレートが着実に御前崎を乗せているユーラシアプレートを引きずり込んでいる現れです。

 この沈降がやがて止まり、限界が来ると一挙に反発し地震となります。沈降が止まり、反発し始めたことが、地殻の歪(ゆがみ)計で感知されることが期待されています。

反発して滑り始めることを「プレスリップ」といいます。この「プレスリップ」こそが確実な地震の始まりと考えられており、「プレスリップ」をとらえることが、東海地震の直前予知体制の最も重要な目的なのです。

まさに現在行われている東海地震に対する予知防災体制の根幹は、この「プレスリップ」を捉えられるかどうかにかかっています。いつ沈降が停滞するのか、いつ「プレスリップ」が始るのかに注目が集まっています。

研究者によっては、このカーブの傾向から、2003年から2004年にかけて沈降が停滞し初め、2004年の早い時期に限界が来る、つまじ地震が起きるのではないか。という説を発表し、新聞をにぎわしたこともありました。いまのところ沈降カーブは停滞している様子はないので、すこし状況は異なるようです。

そのほか群発地震や、周辺の地震の状況から、2007年ごろなどの説も出ていますが、いずれにせよ、御前崎の沈降の様子がこれまでと異なる状況になるかどうかに大変な注目が集まっています。

現在の測量技術は非常に繊細なので、月の引力や潮の力で、御前崎の大地が盛り上がったり押さえつけられたりしていることまで計測してしまいます。ときどき判定会の報道で「xxの状況は地震につながるものではない」という発表がありますが、これは御前崎の沈降状況に、「プレスリップ」につながる変化があったのではないか、と疑われるような観測値が出たときに行われることが多いようです。

3-4、浜名湖のスロースリップ

 2001年の3月ごろから、浜名湖を中心とする地域が、南東方向に、地震もないのにゆっくり動いていることが国土地理院から発表されました。南東方向に陸地が動くのは、引きずり込みから反発して東海地震が起きるときの動きです。このときは反転隆起が始まったのではないかとたいへん緊張したそうです。しかし陸地の動きは地震を起こすのには比べようもなく遅くゆっくりしたもので、地震ではなく「スロースリップ」ではないかと注目されています。
 「スロースリップ」という現象は「静かな地震」とも考えられ、地殻のゆがみが地震なしで解消されると考えられる場合と、反対に一気に反発する前兆と考えられる場合があります。そのどちらかはまだわかりません。
 過去にも三河地方で光学的測量による長距離測量を長年にわたって行われた結果、一時的に沈降が停滞する現象があったことがわかりました。そのときにもスロースリップが起きていたのではないかと考えられています。

 その後浜名湖のスロースリップは継続し、大地震にいたるのかどうか注目されつづけています。沈降のスピードは一定ではなく、止まったり逆方向に動いたりしながら進んでゆくようです。

 いつ浜名湖のスロースリップの動きに変化があるのか、御前崎の沈降が止まるのか、その後に反転隆起があるのか、様子を見守る必要がありそうです。

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