
2017.08.20


<現在のダイヤ>
【下り】7号…博多7:31発→宮崎空港13:17着(5時間46分)
【上り】20号…宮崎空港15:25発→博多20:57着(5時間32分)
24号…宮崎空港17:19発→博多23:27着(6時間8分)
そもそも、1本の列車に長時間乗ったのはいつだろう。夜行列車で一晩過ごしたことは何度かあり、その中での最長は<トワイライトエクスプレス>札幌―大阪間1508.5km、約22時間20分。そのほか、<北斗星><あけぼの><はやぶさ><なは><大垣夜行>と、懐かしい名前が思い出されるが、今ではその夜行列車自体がほとんど廃止されてしまった。
ここ10年くらいで乗った長距離昼行列車としては、特急<北斗19号>で函館―札幌間318.7km、3時間57分(実際には雪による遅延のため6時間57分)、特急<サロベツ>で旭川―稚内間259.4km、4時間11分。その他には新幹線しかなく、<はやぶさ7号>で東京―新函館北斗間862.5km、4時間17分(実際には架線トラブルによる遅延のため5時間24分)、<のそみ1号>で東京―博多間1174.9km、4時間50分、あるいは東京―新大阪間を敢えて<こだま>で4時間かけて移動する、といったところか。
私としては、列車の中は、多少ガヤガヤしていたとしても、とても落ち着ける空間であり、本を読んだり、パソコンを打ったり、何かを考え込んだりするのに、非常に集中できる。逆に、流れゆく景色を眺めながら、何もしない時間として集中することもできる。座れることが大前提ではあるが、特急列車でなく、多少混んだ通勤列車でもまったく問題ない。クロスシートでなく、ロングシートでも、致命的な問題ではない。声が気になるようであれば、ヘッドホンで静かな音楽を流す程度で十分。長時間列車に(座って)乗ることは、好きな時間を過ごすことに等しい。
一方、長時間バスに乗るのでは、話が全く違う。この年齢になっても、バスやクルマの中で文字を読むとすぐに乗り物酔いしてしまうため、バス車中では、音楽を聴きながら景色を眺めるほかは、ひたすら寝るしかない。
学生時代よりも、むしろ時間的に余裕がなくなってきた大人になってからの方が、長距離のんびり列車旅に対する欲求が高まってきている。しかも、「最長特急」が、今住んでいるところを走っている(この4月に宮崎に転勤してきたところ)と思うと、一度走破したい、むしろ、乗らなければならない、と気分が高揚してきた。ちょうど、翌日(月曜)の福岡出張のため、日曜のうちに移動する必要があり、しかも時間制約がない日だったので、この際「最長特急」に乗ってみることにした。(普段だと、時間と旅費の制約の兼ね合いから<B&Sみやざき>を利用する)
8月20日、日曜日の午後。宮崎空港駅に立つ。典型的な宮崎の夏らしく、日差しが強く暑いが、風もあるので不快感はさほどない。「最長特急」を始発から終着まで完乗するため、最寄りの宮崎駅からわざわざ逆行してきた。
15時11分、普通列車の折り返しとして宮崎空港駅に入線してきたのは、783系5両編成。国鉄からJRに生まれ変わってから最初の新製車両として、昭和63年に特急<有明><かもめ>でデビュー。「ハイパーサルーン」の愛称で親しまれた。当時、急速に台頭してきた高速バスに対抗するため、当時の最新鋭技術を結集して設計された車両であり、先頭車両の運転室超しに見える前方のパノラマビューだけでなく、車両の中央に出入口を設け、車室を2つに分割することで、よりプライベートな空間を生み出す、という、非常に先鋭的で画期的な車両だった。デビューから既に29年、カラーリングも変わり、幾度かの改装を経て、それでも今見ると「いかにも国鉄」なところも見受けられるが、今でも非常に好きな車両の1つである。
航空機から乗り継ぎであろう、スーツケースを持った乗客がかなりの割合を占めているが、席はまだ余裕がある。5両編成の先頭、5号車の自由席の前側、B室に陣取る。この室は他車両と違い、シートが1段高く設置されており、わずかながら視界が広がった気分。運転席真後ろの「かぶりつき席」には先客がいたので、B室の最後列、全体が見渡せる席を確保した。
15時25分、博多行き特急<にちりんシーガイア20号>は、静かに宮崎空港駅を出発。進行方向右手に飛行機を眺めながら、大きく右にカーブし空港を回り込んでいく。
高架橋を降り、日南線・日豊本線と合流し、15時30分に南宮崎、35分に宮崎と立て続けに停車。宮崎空港からの乗客がそれなりに降りる一方、多くの乗客が乗り込む。日曜日の夕方、しかも今日は宮崎駅前で祭りが開催されていたこともあり、自由席もそれなりに席が埋まる。そもそも、今日のこの列車は、発車前に指定席が満席だった。5両編成のうち、自由席が4両で、グリーン車と指定席がそれぞれ1両の半分しかないため、無理もない。お盆休みの後半の最終日でもあり、それなりの乗車が予想される。
宮崎を出発し、高架橋を降り、市街地から脱出する。直線が多く、単線ながら快調にスピードを上げていく。かと思うと、宮崎発車後10分で佐土原、その後9分で高鍋と、小刻みに停車し、若干の乗り降りがある。宮崎から20分程度の短区間でも、特急の利用はそれなりにあるようだ。自由席特急券が25kmまでで300円、50kmまでで620円といった手軽さが、奏功しているのだろうか。(普通列車の本数が少なく待っていられない、という実情もあるかもしれないが)
高鍋駅の手前で、ようやく日向灘を望む。今日は波は穏やかだが、それでも多くのサーファーが浮かんでいる。日豊本線は海沿いを走るイメージを持たれがちで、実際海岸線までの距離は短いのだが、海岸段丘が発達しており、その上が森になっているところが多く、実際に海をクリアに望めるポイントは限られており、「チラ見せ」状態が断続的に続く。
都農駅を過ぎてしばらくすると、突然、少し古びた高架橋が右側に現れる。昭和52年から平成8年まで利用されたリニアモーターカーの実験線の跡であり、7kmに渡って続く。リニアの実験自体は山梨に移って久しいが、高架橋の上には、太陽光パネルが敷き並べられており、発電所としてセカンドライフを送っている。(実験線跡のうち南側の約3kmのみ)
のちの神武天皇となるカンヤマトイワレヒコノミコトが、日向から大和に向け、船出をされたという伝説の残る美々津を少し過ぎた、耳川橋梁がビューポイント。左側は森の中から流れくる水量豊かな耳川、右側は河口の奥に海が開け、小さな港と集落が脇に見える、列車からの眺めがいいだけでなく、これらの風景を含めたいい写真が撮影できそう。トンネルと急曲線を抜け、程なく高架橋を駆け上がると、16時21分、日向市に到着。高架橋の前後は、久々に街の風景が広がるが、それも程なく途切れてしまう。門川の手前でまた海沿いを走る。外洋ではなく湾の中なので、波はほとんどなく穏やかそのもの。
宮崎空港からちょうど1時間、門川で初めての行き違い停車。787系<にちりん15号>とすれ違う。(その前に、運転停車ではなかったが、高鍋停車中に787系<にちりん13号>とすれ違っている。)国道10号線の沿道が賑わい始めると南延岡。その後3分で延岡に着く。延岡は旭化成の企業城下町(創業の地)で、3本の大きな煙突が街のシンボル。宮崎県北部の拠点都市(延岡市の人口は約12万人)で、5号車の8割以上の乗客がここで降りてしまった。
2分停車ののち、16時41分に延岡を発車。延岡を出発した途端、先程までの軽快な走りは成りを潜め、急な勾配とカーブが続き、スピードもガクッと落ちてしまった。次の停車駅である佐伯までの区間は、宮崎県と大分県の県境でもあり、流動も一番小さくなる。5号車B室の乗客はわずか3人、A室を含めても8名になってしまっていた。右に左にと、小刻みに方向を変えながら、山あいの鉄路をすり抜けていく。しかしながら、旧型ディーゼルカーのような、あえぐような悲壮感はなく、静々と、淡々と、カーブをクリアしていく。市棚で783系<にちりん17号>と、直川で787系<にちりん19号>と行き違い。時折通過する山間の小駅が、アクセントとなる。
次の直見で行違ったのは、南延岡行キハ200系普通列車。電化区間なのに普通列車をディーゼルカー1両で運行するケースは、他の路線でも無くは無いのだが、それよりも、改めて時刻表を確認してみると、この区間(延岡―佐伯間)を走る普通列車は1日3往復しかない(その他、延岡―市棚間の区間運転の普通列車が1往復あるのみ)。宗太郎越えと呼ばれるこの区間は、山が非常に急峻。時折寄り添う渓谷も合わせ、見る分にはいい景色なのだが、10分くらい集落を見かけない区間もしばしば。特急列車がほぼ1時間ごとに走るこの路線でも、ローカル輸送の状況は大変厳しい。
直見を過ぎると、幾分スピードが戻り、車窓も依然山に近いものの、農地が少しずつ広がり、次第に建物が多くなる。延岡から1時間。17時39分、ようやく佐伯に到着。大きいバッグを持った人が多く、改札の外には見送る人も多い。まさに、お盆休みの最後まで地元で過ごし、福岡あたりに戻る人が多いものと推測する。
佐伯を過ぎると、勾配はマシになったものの、線形の制約かスピードはあまり上がらない。リアス式海岸を縫うように走るコースで、穏やかな湾の入り江とトンネルが交互にやってくる。退屈にならないタイミングを図ったかのように、浅海井(あざむい)で815系佐伯行き普通列車と、日代で787系<にちりん21号>と行き違い。
トンネルを抜け静かな港が目の前に開けると、18時01分、津久見着。続いて造船所のドックのすぐ横をすり抜けて、18時10分、臼杵着。少しずつではあるが、乗客がさらに乗り込む。臼杵から先は幾分スピードを取り戻し、軽快に右へ左へ車体を傾ける。
佐志生で佐伯行411系普通列車と行き違い。幸崎で787系<にちりん23号>を待たせて通過し、左に大きくカーブを切ると、別府湾の沿岸に出て、山岳区間は一区切り。直線が主体となり再びスピードを上げ、次第に家屋やビルが多くなっていく中を快走する。
18時34分、多くの発電所の煙突が見渡せる鶴崎に停車ののち、グッと再加速。久々に見た都会の風景が広がり、左側から豊肥本線と久大本線が並びかけ、一団となって広々とした高架駅に進入。18時41分に大分に到着した。3分の1程度の乗客がここで入れ替わり、若干増えた。大分駅構内には、青い883系特急<ソニック>や、赤いキハ200系など、普段見かけない車両が横に並ぶ。普段見ない列車を立て続けに見ると、それだけで嬉しくなる。自然と背伸びをしたくなる回数が増えてきたが、始発の宮崎空港から3時間9分、213.0km。時間も距離も、ようやく半分を過ぎたところである。
大分は1分停車ののちすぐに発車。海岸線と国道10号線別大国道と並走するが、スピード感あふれるダイナミックな走りになる。トンネルが連続するのは仕方ないものの、海越しに別府の街並みが見る見る近づいてくるのは魅力的。しかし、その分、左右の揺れが時折強く感じられ、乗り心地の点では魅力がやや低下。783系でなく、新鋭の車両ならば、このような揺れは軽減されるのだろうか。古い世代の車両の苦しいところである。
大分からわずか9分、18時51分に別府に到着。大分で増えたのとほぼ同じくらいの乗客が乗り込むが、トータルとしてはさほど多くなく、宮崎発車時よりも少ない程度。大分から先は、特急<ソニック>が概ね30分おきに出ていることに加え、日曜の夜の時間帯の上り方向の需要がそんなに多くないことの影響だろう。別府を出るとしばらくは、右手に別府湾を望みながらの走行が続くが、国東半島を横断する内陸ルートに変わる。薄雲がかかる天候なのも相俟って、別府あたりで陽が沈み、杵築を通過する頃には既に風景が見にくくなっていた。
19時34分、中津到着。19時50分、行橋到着。いずれも1両に数人ずつの乗車があった程度で、すぐに発車。今回の乗車中は、車内や景色のメモを取りながら、本を読んだり音楽を聴いたりして過ごしていたが、景色が見えなくなると、書くことが減ってきたからか、それとも単に疲れてきたからか、ところどころ眠っていた気がする。
気づけば街の明かりが急激に増えたかと思うと、20時06分、小倉到着。ほとんどの乗客が小倉で降り、5号車B室に残った乗客は再び3人になった。(A室も含めると。10人以上乗っているが)
3分停車ののち、20時09分に小倉を出発。小倉から進行方向が変わり、5号車は最後尾になる。今年の12月末限りで閉園となるスペースワールドの横をすり抜け、20時19分、黒崎到着。続いて20時24分、折尾到着。B室だけでも数人ずつの乗車があり、仕事帰りと見受けられる人が多い。ホームにはさらに多くの乗客が立っているが、これまでの駅とは異なり、必ずしもこの列車には乗らず、次の普通列車を待つ人も多い。さすが九州の大動脈であり、列車の本数には歴然とした差がある。
通過する駅の周辺を中心に、ところどころ街明かりが通り過ぎるのを眺めているうちに、気づけば高層マンションが急激に増えてきたところで、20時49分、香椎着。かなり遠くの方までマンション群が林立しているのが続く。吉塚からは福北ゆたか線の817系普通列車と並走しながら、20時57分、ついに博多に到着。宮崎空港から411.5km、所要時間は実に5時間32分。さすがに腰がやや痛くなり、体中が固まってきた感があるものの、実に乗りごたえのある旅だった。「お腹いっぱい、ごちそうさま」と言いたくなる気分。やや高揚した、充実感溢れる気分のまま、改札口に向かった。
そもそも、宮崎から博多に向かうには、航空機が約45分、双方とも市街地と空港が非常に近いところに立地しておりアクセスも便利。特割で13,000円程度。早割で7,000程度のものもある。陸路だと、新八代で高速バスと新幹線で乗り継ぐ<B&Sみやざき>が約3時間で最速、2枚きっぷ利用で片道あたり7,000円。高速バスでも4時間〜4時間半程度で着けてしまう。ピーク時間帯には15〜20分置きに発車し、通常料金で片道4,630円、回数券やWeb割引など3,000円台の切符もある。
一方、日豊本線経由の<にちりんシーガイア>だと、約6時間、2枚きっぷ利用で片道5,660円。他の交通機関と比較し、所要時間も価格も、これといったメリットがない状況であり(とはいっても、2枚きっぷの割引率の高さは驚異的なのだが)、<にちりんシーガイア>で宮崎から博多まで乗り通す人がそんなにいるとは思えず、実態としても、特に宮崎―延岡間、佐伯ー大分間の各駅間の流動が太宗である中、博多と宮崎を直通する意義は、どの程度あるのだろうか。その答えが、現在の本数(下り1本(午前)、上り2本(夕方及び夜))に反映されているのだろう。(加えて、小倉―宮崎空港間の特急<にちりん>が下り1本設定されており、これも直通列車として捉えるべき)
今日はお盆休みの影響もあり、普段と異なる利用層なのかもしれないが、福岡県内から大分を超えて大分県南部・宮崎県北部へ向かうビジネスマンあるいは用務客が、午前中に行き、午後帰ってくる、という流動が、もしかするとそれなりのボリュームがある、ということなのだろうか。しかしながら、<ソニック>と<にちりん>が、1時間ごとに大分駅で同一ホームで乗り換え接続している現状から、敢えて直通列車を継続する必要性については、今日様子を観察する限りでは、掴めなかった。
なお、後日、土曜日の午前中に、宮崎から<にちりん>に乗り、大分に向かったところ、思いのほか多くの乗客が大分駅で<ソニック>に乗り換えて小倉方面に向かっていった。同一ホーム乗り継ぎが、さほどのストレスも無く利用されている、と捉えるならば、敢えて直通便を残す意義は何か、疑問が深まる。<にちりんシーガイア>についても、少なくとも、今後も安泰とは言いにくい状況に思える。
冒頭述べたとおり、長時間、長距離列車に乗るのは、楽しい。しかし、多くの長距離列車が姿を消し、新幹線をはじめとする高速移動体系がさらに充実していく中、観光に特化した列車以外の長距離列車は、今後も縮小する一途なのは避けがたい事実であろう。しかし、普段利用しない者が、趣味的な価値観だけで、残してほしいなどと言うのは、無責任だと思う。次第に消えゆく長距離列車に対するノスタルジーを抱きつつ、何らかの要因で奇跡的に残った長距離列車の旅を、日々の利用者に紛れてひっそり楽しむ、という、ニッチな楽しみ方しか、残されていないのだろうか。
以 上