超個人的・旅コラム

01.3.14

【パート2:高山市内雑感・そして北へ】

  下呂から約40分で、定刻に高山に到着。大阪からも名古屋からもアクセスしやすいからだろうか、卒業旅行とおぼしき高校生や、春休みの大学生などのグループがやたら目に付く。昼時だったが、時間がないので後回しとして、さっさと町の中へ歩を進めた。江戸時代の姿をそのまま残す高山陣屋、当時は役所よりも強い権力を握った、旦那衆と呼ばれる豪商の財力を見せ付ける平田記念館と吉島家住宅など、古都・高山の歴史に触れられる場所が特に印象に残った。また桜山八幡宮の近くを流れる小さい川(江名子川)と、そこにかかる橋が、和傘をさして着物姿で歩きたいような風景で、何ともいえず情緒深かった。もちろん江戸時代の古い町並みがそのまま残っている三町筋も、しっとりした落ち着いた雰囲気を醸し出していたが、かなりの観光客でごった返しており、本来の魅力は感じ取れなかったと思う。また、高山陣屋の近くにある朱い中橋がまたぐ川が、河川工事中で、きれいな写真が取れなかったのは少し残念だった。その分、道端で買った飛騨牛コロッケがジューシーでおいしかった。

  滞在時間が約3時間という強行スケジュールだったが、それでも町の中を歩いているだけでも、いい雰囲気に包まれた魅力ある町であることは十分分かった。やはりこれだけの多くの人が訪れるだけのことはある。もっと時間をとって、一つの場所をじっくり味わう旅というのもいいが、それはもう少し年をとって時間的余裕を持てるようになってからのお楽しみとして取っておこう。

  再び駅に戻る。着いた時はよく見なかったが、この高山駅の駅舎も、木の部分を多く取り入れて自然の温かみを感じさせる造りになっており、「飛騨の小京都」の玄関口にふさわしい駅舎である。観光都市の駅はたいていこのような一工夫がされている場合が多く、それだけ駅が町の玄関口というべき重要な位置を占めている裏づけでもある。待合室が狭そうだったのが気にかかったが、ちょうど大阪・名古屋に帰るのにいい時間だったのでたまたま人が多かっただけだろうか。

  さてここから再び<(ワイドビュー)ひだ>に乗ってさらに高山本線を北上する。町中では日陰に少し雪が残る程度だったのが、山中に入るにつれて再び一面銀世界が広がる。といっても高さはそんなには無く、ここでももうすぐ春が近いことを感じさせる。さて高山からは特急も3両になるが(高山までは4〜7両が一般的)、グリーン車・指定席・自由席が各1両ずつという、なにやらアンバランスな編成になる。ところが混雑を予想した自由席もさほど混まず、飛騨古川でかなり降りたため、ガラガラになってしまった。この分ではグリーン車はいったいどうなっていたのだろう?

  峠を越えた猪谷で下車する。JR東海とJR西日本との境界駅ではあるが、駅員も常駐していないような小さな駅である。この列車から降りたのは私一人だった。まわりの町(というより集落)も小さく、近くには神通川が流れており、雪解け水のため水量は多そうである。川岸に地面の褶曲が分かる地層が見えるそうだが、雪に閉ざされて分からなかった。

  この先は普通列車で山を下る。猪谷発車時では5〜6人しかいなかったのが、途中の越中八尾で立つ人も出るくらいになった。私はボックスシートに陣取って、悠々と景色を眺める。山を下りきり、もう雪もほとんど残ってない富山平野を、キハ120系は軽快に走る。こちらもディーゼルらしからぬ軽快な走りである。一面に広がる田畑が次第に住宅に変わり、程なくビルが多くなった頃、富山に到着した。最後は意外にも2両編成が満員になった。まあ、都市圏だから当たり前だが。

<パート3へつづく>

<ホームに・・帰るの?>