旅コラムスペシャル・富士を制す!

2005.8.20-21

 仕事で静岡・沼津に来て、早5ヶ月。晴れた日には、家(というか寮やけど)から富士山が望める。春は桜並木の向こうに雪を抱いた富士。夏になると雲に隠れてなかなか姿を現さないが、運のいい日に見える黒々とした力強い富士。いくら日本のシンボルでも、近くに住んでみればいつもの景色。しかし、そのいつもの景色が普段なかなか見れないものなんだ、と思い直す度に、想いが頭をよぎる。大変だろうけど、登ってみようかな、と。(写真は4月下旬に寮の前から撮影)

 実は私は一度、富士山に登ったことがある。たしか小学校4年の夏、家族と一緒に登り、山頂で1時間ばかり居眠りした(今思うとあれは高山病だったのか?でも気分が悪かった覚えはないんだが・・)記憶がある。しかし山頂は雲に覆われていて、日本のあらゆる場所を眼下に望む優越感は味わえなかった。富士山には『一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿』という格言があるらしいが、当時の記憶もおぼろげになりつつある今となっては過去の話。やっぱり今、改めて登ろう、と決意したのは、わずかに2週間前。また例の「思いつき企画」なわけだが・・・

 8月20日(土)19時、職場の同僚3人とともに沼津を出発。クルマで河口湖を目指す。富士山の登山ルートとしては、静岡側の富士宮ルートと山梨側の吉田ルートがメジャーどころのようで、吉田ルートの方が勾配が若干緩くビギナーには適しているらしい。また一応、登るからには山頂からの御来光を拝みたいところだが、予定のペースどおり登れなかった場合でも、北側である山梨側なら途中でも御来光が拝める(静岡側なら山肌にさえぎられ、山頂まで行かなければ太陽は見られない)、ということで、沼津からは遠回りだが山梨側を選択した。御殿場あたりから、月明かりに浮かび出された富士山が確認できる。山の斜面に沿って、一筋の明かりが右へ左へジグザグを描きながら、山頂まで続いているのが見える。まさしくこれから挑もうとしている登山道の山小屋の明かりと、登山者のライトだ。否が応にも身震いがし、興奮を抑えられない。

 通常ならば、盆周辺の集中時期を除き、富士スバルラインで五合目までマイカーで登れるのだが、今年は災害復旧工事のためマイカー客は麓からのバス連絡になる。バスは河口湖駅から出るため駐車場もその辺りにあるんだろう、と高をくくっていたのが間違いだった。河口湖駅で聞くと、駐車場はスバルライン途中の2合目付近とのこと。しかも、今日最後の五合目行きバスが目の前で出発していった!しかし、常識的に考えて、駅発のバスが途中駐車場の客を拾って五合目に向かうんだろうから、少なくともこのバスを捕まえればいいんだろう。しかし、追い越し車線がなく、結局駐車場までバスの後ろに甘んじるしかなかった。幸いなことに、駐車場でのバスの乗車は多く、その間にクルマを止め、荷物をまとめて乗り場へダッシュ!正真正銘、今日の最後の客となり、何とか無事五合目へ向かう(しかし乗ったのは先程のバスとは違うバスだった!)。

 先が思いやられるスタートながら、23時に五合目(2305m)に到着。23時15分、いよいよスタートである。最初はなぜか緩い下り坂。最終的にはまた同じ分だけ登らないといけないのに、と思いつつ、とりあえずは気分よく歩を進める。今晩は月がきれいで、ライトなしでも十分明るい。そういえばさっきのバスの運転手さんも「今日はこの夏で一番天気がいい」と言ってたっけ。雲一つなく山頂まで見通せ、眼下には富士吉田市の市街地だろうか、街明かりが見渡せる。しかも風もほとんどない。この分だと御来光がバッチリ期待できそうだ。

 案外長い下り坂から次第に上り坂に転じ、喋りながら歩く余裕がなくなった0時頃、六合目(2390m)に到着。いくつかの富士登山を紹介したHPでは、高山病にかからないように、ペースを落としてゆっくり登るよう勧められていた。体が気圧の変化に適応できるよう(というより単に疲れたからだが)、ここで小休止。ここからは典型的な富士登山ルートというべき、岩がゴロゴロ転がっている砂利道が続く。踏み出した足が砂利に乗ってズズッと滑って戻り、3歩進んで2歩下がるではないけれど、足を動かした分だけ進めないフラストレーションを感じる。さらに時折岩を直接よじ登るような区間も出てくる(本格的なロッククライミングではないのでご安心を)。既に体力の余裕はなく、4つ程角を迎える度に休憩をとった。さらに追い討ちをかけるかのように、急に風が出始め、上から砂が吹きつけてくる。同僚の一人はコンタクトの中に砂が入り、かなり痛そうだ。

 1時頃、七合目(2700m)。このあたりは山小屋が連続しており、とりあえずの目標の一里塚として次の山小屋が見えるから、精神的に楽になる。ちなみに山小屋では、ジュースが400円。しかし、さっきより岩場が多くなり、険しさは増す。そしてやはり高度を増してきたのか、あるいは日頃の運動不足の現れか、ちょっと歩いただけで息が切れやすくなり、頻繁に立ち止まらないとやっていけない。

 3時頃、八合目(3020m)。高度を増すにつれて気温が低くなるのは小学生レベルの知識だが、持ってきた長袖シャツ+ウインドブレーカーだけでは正直寒い。情報によると、日付が変わって今日の山頂の最低気温は3℃。この辺りでは山頂よりは750m程低いものの、風が直接当たっているため、体感温度は山頂並みであろう。下手すれば氷点下?少し準備不足だったのかもしれない。動いている分には体が暖まって問題ないのだが、休憩すると汗が引いて寒い。しかし休憩しないと体がもたない。パラドックスに陥る。

 4時半頃、本八合目(3360m)。せっかく登ってきたのにまた八合目。さっきの八合目は一体なんだったんだ?と言いたくなるが、しかし高度では八合目より340m上がっており、一歩一歩進んだ分だけ着実に高度を稼いでいる。今が一番寒い時間帯。時折寒さで身震いする。夜ご飯はしっかり食べたが、登る途中はあまり食料補給をしていなかったため、エネルギーが燃焼されないのか。雨は降ってないけど雨合羽を着込んで、少しでも寒さに抵抗する。寒さ対策の甘さが、今回一番の誤算だった。程なくしてだんだん空が白くなり始め、頭につけたライトはもういらなくなった。

 5時前、八合五尺(3450m)。いよいよ空が赤みを増してきたので、足を止めて御来光の瞬間を拝むことにする。改めて周りを見てみると、意外に外国人の顔が目立つ。留学生が来日の記念に登山するのだろうか。なんとか人垣の間に立ち止まる場所を確保した。どうもすっきりしない空ではあるが、それでも雲の合間から太陽をくっきり確認!いや、クリアな空よりも雲が多少あるほうが神々しい雰囲気があって、むしろいいかも。生涯で初めて「富士の御来光」を拝むことができた。

 感動的なシーンを心に焼き付け、再びアタックを開始。ところが、10分程登ったところで、雲が上からどんどん降りてきて、ついには雲の中に突入してしまった。もう少しでも早く登っていたら、日の出の時間にこの雲に覆われていたかもしれない。何かの縁か偶然か、御来光を拝めるギリギリのタイミングだったわけだ。雲の中では当然ながら、水滴に濡れる。既に合羽を着ているので別に濡れても構わないが、精神的に重たい気分になる。

 6時頃、九合目。依然雲の真っ只中。雷雲ではないだけマシか。「九合目」というサインだけが頂上に近づいている唯一の手掛でしかなく、登っているという実感すら持てない。何だかよく分からないまま、とりあえず目の前の坂道(というより岩)を登る、という、近視眼的単純作業。人生を山登りに例えられることがあるが、このシーンだけを切り取ると、私の人生は単なる労働マシーン。しかし、少なくとも確実に頂上に近づいている、ここを越えれば頂上が、という想いだけが、今の私の原動力。たしか小学校の国語の教科書に載っていた「あの坂をのぼれば」という話が、急に思い出される。

 気付くと、見覚えのある鳥居が視界に入る。記念写真を撮る人も多い。富士山頂にある鳥居。登り始めてから実に8時間、ついに山頂に到達である。やっと・・・やっと着いた。とりあえず目標達成の安堵感。ここは日本で一番高い場所。いつも下から眺めているあの富士山の、あの頂上に、今自分が立っている。達成感や充実感は、意外に静かに込み上げてくる。

 しかし山頂は依然として雲の中。達成感を演出してくれる景色は何一つ見せてもらえない。そして寒い!風も強い!普段なら1周1時間ほどで火口を回る「お鉢巡り」、正真正銘の富士山頂である剣ヶ峰(富士山測候所)までは行くモチベーションが起こらず、これにて下山することに。(ホントは行きたかったけど・・・メンバーの賛同を得られず。)

 

 岩登りの様相を呈していた登りとは一転、下りはジグザグした砂利道。周囲は荒涼とした雰囲気で、わずかばかりの高山植物の他は、緑も水も目に入らない過酷な環境。こういった殺伐とした景色を見ながら登るのは、ちょっと気が滅入る。夜中に登っていて正解だったかも。たまにある岩で捻挫しないよう、繊細かつ大胆なコーナーリングでヘアピンをクリアする。と言えればいいものの、実際には太ももの筋肉はかなり硬くなっており、ちょいときつい。帰ったら間違いなく筋肉痛になっているだろう。しかし、下りということもあり、行程は順調そのもの。わずか3時間ほどで、スタート地点・五合目まで降り切った。

 そんなわけで、昼前に無事、五合目に到着。日帰りなのか明日の御来光を狙うのか、これからアタックを開始する人でごった返す広場を早々に後にし、バスに乗り込む。とにかく疲れた。駐車場までのわずかな時間でも眠ってしまった。頂上からの景色を望むことはできなかったし、剣ヶ峰にも行けなかったし、出来なかったことが残ってしまったが、まあ仕方ない。またここを登ろう、という気持ちは当分起きそうに無い。とは言いながら、また10年くらいしたら、リベンジを果たしにまた登りたくなるのだろうか。

 明くる日、寮から見える富士山はやはり雲に覆われていたが、同じアングル、同じ距離からのいつもの景色のはずなのに、ちょっと見る気分が変わっていた。やはり無意識に湧いてくるものだ。「昨日、あそこに行ったんだ」と。

<Fin>