(千葉繁の声をイメージして読んでください)
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1998年、市大に全く新しいスポーツ紙が誕生した。
それが、「スポーツ市大」である。 あの伝説的人物、御大が初代編集長を務めたスポーツ紙、「市大スポーツ」が確立した手法を引き継ぎ、いつかは「市大スポーツ」を越えるスポーツ紙をつくりたい!という欲求によって、新聞組発行の雑誌「Y.PRESS」内の1コーナーとして「スポーツ市大」は産声をあげた。 その後、またたく間に市大のトップスポーツ紙となったスポ市は、「”ニセ”岡ちゃん、リベンジ完遂」「八景タッグ王座決定」「オナニタ厚、炎の勝利」「悪の軍団、浜大祭襲撃」などなど数々のスクープを飛ばす。 1999年、W杯決勝戦の舞台が地元横浜と決まるや、マスコミが祝福ムード一色に包まれる中、いち早くフーリガン対策を提言するなど、スポーツジャーナリズムとして求められる冷静さも持ち合わせていた。さらに、その恐るべき情報収集力と、時には限界ギリギリに挑戦した記事づくりは、神聖なるスポーツを己の権力奪取の一手段としてしか捉えぬ者どもから「便所の落書き、市大の面汚し」などと罵られもしたが、このことが逆に「タブーなきスポ市」「スポ市侮りがたし」の印象を人々に与えることとなった。 その後、市大スポーツ環境の盛り上がりにより、「FIGHTING SEAGULLS 通信」「FIRE」などの新スポーツ紙が続々と誕生。さらに2001年に入り、あの「市大スポーツ」が復活するなど、市大のスポーツジャーナリズムを巡る環境は今、新たな局面を迎えようとしている。 |
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