乱文で、すみません。
この現代の科学の進歩は、身近な問題でありながら想像をはるかに超えた「もの」が実はたくさんあるよ うです。
しかし、思索を重ねていきますと、情報や小説そして想像力にも助けられ、ある程度は理解の範疇におさ まる問題もあります。
その一つとして、「人の思考」というものに対する考え方(捉え方)をあげたいと思います。
科学技術の発展により、「人の思考を聞くことができる技術」が数十年も前からすでに存在していること を知りました。
ここで断りを入れますと、ここでは「思考」とは心の中で声にしたもののことを指します。
「思念」とは、心の中で言葉にならないもののことです。なので、音声化する(聞く)ことはできません。
つまり、一般には公表されていない特殊な周波数域の電波を発信することにより、「人の思考」を音声化 できる技術を取り上げたいと思っています。
その機械を持っている人間は、かつては「共産」を支持していた者たちです。
現在は、世代的にも広がり、必ずしも「共産」とは限りません。むしろ保守側についている人間がほとんど かもしれません。
名簿上は名前がない人がほとんどであり、他の組織に名前を連ねているかもしれません。
宗教も幅広く、信仰している人間も少なくないと思います。
老若男女が関わっているのが特徴で、ひどくケチな方が多く、自分の利益に執着し、他人に厳しさを求め つつ堕落を薦める傾向が強いかもしれません。
それと人の情報や心理にやたら詳しいのが特徴の一つにも挙げられると思います。
長い年月をかけて社会的立場や金銭的な動き、人間的付き合いを見ますと、非常にしたたかな方が多い と思います。
このような集団から派生した人間による「ありえないと思われた技術による盗聴」は30年以上前から 日常的に行われてきました。
その技術は、おそらく「大国の冷戦構造による(科学)技術開発の一端」だと容易に推測できます。
全体主義の発祥の国が主な戦略・発信源であるようですが、どのような種類の人間が関係しているのか と言えば、昔から言われている「共産主義」がまず挙げられると思います。
しかし、人間の性ゆえに保守派やその他にも通じる者も多く出現したため、一つの枠で仕切れるほど単 純ではなく、思想・主義・立場が重複している場合が多いようです。
それにしても、その技術が現実に存在しているということに対する驚きとともに、人間というものがそのよ うな生き物であったことに小さな驚きが起きるかと思います。
そして、生き物における周波数といえば、似たようなケースとしてイルカや鯨、コウモリのことを連想され るかと思います。
イルカによる超音波の会話の謎は、癒しの効果もあるなどと話題としてよく取り上げられているのを筆頭 に、コウモリの超音波による位置の確認などがよく知られているところかと思います。
この超音波がこの問題の周波数を直接示しているとは思えませんが、「周波数」というものに対する参考 にはなると思います。
素人なので技術の詳細はわかりませんが、人体の不思議ならぬ生き物の不思議というテーマになると思 います。
そのような美しいイメージを連想させる「意思の疎通」というものは、一体どういうものなのか、という哲学、 倫理・文学などで散々論じてきたテーマでもあると思います。
科学(技術)というものは、そのような古今の人々が積み上げてきた理屈というものを、一瞬にして氷解ま たは解体・粉砕してしまう力が備わっているようです。
しかし、人としてあるべき姿(自然体・人の道)というものを探求してきた人間の英知は、それでも尚、その 科学技術を良くも悪くも使える存在でもあると思います。
ゆえに、科学技術の凄みによって、人間が積み上げてきた長年の思索が完全に敗北したとは思いませ ん。
しかし、ここで取り上げる「特殊盗聴」というものは、科学の凄みを現実的に悪用することにより、社会上 で起きる問題の何割かに確実に影響を与えているであろう緊急の問題でありながら、長年黙認・黙殺さ れ、一部の思想(全体主義発祥の地を支持した)の人々にのみ広範囲に広まっている現状を、このまま やり過ごす(見過ごす)ならば「責任ある立場の人々」は、責任を全うしているとは言えないと思います。
「持たざる者」「その科学に反対する者」「その技術によって苦しんでいる者」が未来にわたって子孫共々 不利な状況に置かれつつある今日に対し、声をあげ何らかの対応をしなければ、「人間の尊厳」(事実上 は生活・人生)というものが脅かされると思っています。
古くから公的機関に対する評判はよくありません。権力を持つゆえの傲慢さ、組織を維持するための自 浄作用の弱さゆえかと思います。
そして、今に始まったことではない警察や公的機関の骨抜き状態では、良心的な解決は難しいかもしれ ませんが、実行力に関しては公的機関に何らかの期待をしてしまうのが当然だと思います。
しかし、期待しすぎても空しいものかと思います。
心ある人々によって社会というものが善なる方向へ軌道修正されることに希望を持ちたいと思いますが、 やはり個々人による防御こそが最大の武器となると思います。
問題の隠蔽ではなく、問題を正当化しようと画策するあらゆる組織に代々にわたって所属する「(機材を) 持った日常的に人を喰う人々」に何らかの制裁を「持たざる者・真剣に憂えている者側」が実行できること を長年強く望んでいます。
マスコミや芸能人は、その「機材」で長年にわたって生活している代表でもあります。
それを支持する一般人化した仲間の存在を無視できません。
そして、それを許す環境(経済的支配者)の存在こそ、無視できないと思います。
ブルジョワなどという言葉は、大昔ほど批判的意味を為さないと思います。なぜならば、ブルジョワにこそ 彼らの仲間が存在し、彼らの革命は、すでに社会を支配するまでになっているから、と申し上げておきま す。
地域に住みながら、隣近所を覗き、その人々の人生に精神的に強く影響を与え、人を喰っていることは 30年以上も前から知られています。
それが年令を問わない老若男女であることも「特殊盗聴犯罪」を増長させる因だと思います。
止める者がいないからです。
世界の惨状も日本の実態から推し量られます。長年にわたる冷戦構造の真実は、深刻かつ複雑化し、 素人の考えだけでは公的機関に望みを託すしかなく、夢物語の悪夢を未来永劫見せ続けられるしかない のかと、諦めの境地しか教え込まれないのかと苛立ち、そして腹立たしく思っています。
どうか「本体の共産主義(一般人化した社会情勢を含む)による特殊周波数による思考盗聴」の存 在にメスを入れ(今は共産主義はやめて他の主義にお世話になっている人間が大多数でも完全に共産 主義と切れているわけではない)、長年の社会における苦痛を解消してほしいと思っています。そして、目 の醒めるような反転攻勢が社会で顕在化してほしいと強く願っております。
「権力」というものの歴史は、「共産主義」だけとは当然限りません。
しかし、一般人化した彼らの「長年 にわたる盗聴犯罪」は、昔ながらの権力悪に通じる恐ろしい面が事実上あると思っています。
ところで、テスト問題というものは、作成者の考え・嗜好、問題を解く側の傾向、時代・流行などによる反 応を見ながら作成されるものだと思います。
学問に絶対の答え・解釈があるとすれば、法則や数式の世界しかないかもしれません。
時代の流れや集団による認識によって、問題の論点のズレ(最初は「変化」という表現になるかもしれま せん)、果ては「答え」までも違ってくると思います。
人間の心理というものは昔から変わらないようでいて、「慣れ」や「支配する思想」により、まったく逆の 「答え」をそれぞれに信じることが出来るものだと思っています。
また、多数決が正解を導く、と言い切れないはずです。
「正当化」というものが、「正論」とは限りません。時代によって変化もあれば、それぞれのケースにより解 釈が違ってこざるを得ない場合が人間の人生という場合が多々あります。
この問題を長年続けるほどに、この「思考盗聴」が日常化、正当化されることを「持たざる者」が妥 協・黙認・許すことは絶対に容認できないと思っています。
現実的には、そんな「機械」は存在しないと否定することにしたたかに躍起になるであろう「持つ人々」の 社会的行動を予想することはそう難しくありません。
知らずに被害を受ける人、知りながら被害を味わう人、それぞれの思いは、「問題の隠蔽ではなく納得 できる解決」を遅かれ早かれ求めるだろうと思います。
繰り返しますが、世界の冷戦構造は、人間を深く蝕んでいると思います。
人間というものを完全にコントロールできるかという命題によって、科学の歴史は刻まれたのかもしれま せん。
しかし、現代の科学は、宇宙の究極まで到達したとは思えません。
宇宙が善なるものかどうかも断定することは出来ないと思います。
ただ、地球のシナリオ、人間のシナリオを書いたところで、所詮それは見切られた所為だと思います。
それを受身で考えるのではなく、正当なる本意の前進によって失敗も苦しみも必要なものになるのかもし れないと思っています。問題の解決が途中の段階では、苦しみは生かされていないと思うのが当然だと 思います。
とにかく、「とある集団による特殊周波数による思考盗聴」の問題解決を望んでいます。
この問題をナンセンスという白々しい言葉で隠蔽しないでください。
そして、誰であれ、「機材」を乱用することも間違っているし、その集団に対し悪口を言っている人間だか らといって信用できるとは限りません。見せかけだけの場合や、寝返る場合もあります。
人間の性(さが)ゆえに、どんな時代になっても巧妙な正当化は続くだろうかと思います。
表面的な言葉のやり取りや観念論で勝ったつもりになるだけの言論者=「持たざる者」として終らせるの ではなく、現実の上で目に見える変化を求めていきたいものです。
彼らは、かなり傲慢に美味しい思いをしているのがこの現実の実態なのだから・・・。
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