
根本さんより、パロディー「買ってはいけない」の感想をいただきました。
+αさんから「京都殺人案内」のことについて、ご意見をいただきました
平田雅一さんから「若者たち」という歌について、教えていただきました
小波さんより、「友よ」という歌のこと他のメールをいただきました
MAXさんより、パロディー「買ってはいけない」の感想をいただきました。
メグさんより、私の書いた文章の間違いについてメールをちょうだいしました
矢田貝さんから「買ってはいけない」の改竄についてのメールをいただきました
つぐみ奴さんから「買ってはいけない」他についてご意見をいただきました
Miyaさんからのダイオキシンと「買ってはいけない」について
はねこさん、みょうがさん、梓さんから私の年齢詐称疑惑(笑)について
石田吉明さんと京都の血友病患者会のことについて佐野竜介さんから
私は大学で韓国語と朝鮮史を学んでいるので、特に感激したのは1999年5月の「近くて近い国に」です。確かに、日本は韓国に対して、まだ属国扱いや軽視しているような感じがありますよね。でも、最近では、韓国語を第二外国語として採る学生も増えているようです。韓国語は単位が取り易いということも要因の一つでしょうが(笑)。
韓国語の勉強はお進みですか? 韓国は食べ物も美味しいし、人柄はあたたかいし、いいところです。ぜひ、一度行かれてください。
ところで、「今日のひとこと」で一つ気になったところがあります。それは私の故郷である田川市をまるでひなびた田舎町のように書かれていることです(笑)。そんなことはないです! 5月の川渡り神幸際というお祭りでは、結構たくさんの人が訪れます。石炭の博物館もあります。山崎ハコも公演に来ます。井上陽水の故郷でもあります。ぜひ、もう一度、田川市にいらっしゃて、この町の本当の魅力を知っていただきたいと思います。
それでは、失礼します。
川西
どうもありがとうございます。
残念ながら韓国語はまたまた挫折です。仕事が忙しくなるときと勉強が難しくなるときが一致するようで、今度は10月から再挑戦です。今度で4回目でしょうか。
それから田川の印象ですが、公平に見て私のふるさと=豊前よりは遙かに都会ですが、それでも30年前から長期にわたる地盤沈下ということは否定はできないのではないでしょうか。隣町の直方は私にとって思い入れの多い第二のふるさとですし、また私の周りにも田川出身者が複数います。ひとりは井上陽水の同級生です。
田舎には田舎の問題があり、大都会(福岡など)にも固有の問題があるように思うのですが、田川を田舎の範疇に入れることと、その町の魅力を語ることは別に両立しないことではないと思うのですが。いかがでしょうか。
はじめまして、池田と申します。 いつも「今日の一言」を楽しみに読ませていただいております。
たいした事ではないのですが 巨人の件について、私なりの見解を述べさせていただきます。
まず私は野球を見ません。 そして、楽しみにしているドラマなどが 野球中継で中止になるたびに、腹を立てているのです。 (この場合は、たいてい巨人戦)
ですから、「アンチ巨人」です、が、野球を見ないので ひいきのチームはありません。
そこで、野球好き(巨人ファン)の友達には巨人の事を
「特別養護老人ホーム、巨人の家」
と、呼んであげています。
なぜなら、大金をかけて引退間近(失礼)の選手に 居場所を提供してあげているのですから、 まるでボランティア団体だよねって、言ってあげています。
大金をかけて選手を集めて、これで毎年優勝でもされたら たまりませんが、結局、優勝などしていないのですから、 私に言わせれば
ザマーミロ(また失礼)ってな感じです。
まあ、今年もそろそろ息切れしてくれる事でしょう。 でないと、TVでニュースを見ているときに 無理やり見せられるスポーツコーナー(今日の巨人?)が うるさくてかないません。 本当にスポーツなら良いのに やるのは巨人、巨人、巨人で嫌になります。
私は広島のファンなので野球を見に行くときはいつも広島側のスタンドにいます。そしてご存じのとおり野球の応援にトランペットやジェット風船を持ち込んだのは広島の応援団なのですが、その応援をスタンドの人全員に強制していると感じたことは一度もありません。チャンスの時などは私自身も声をからしてコンバットマーチを合唱することもありますが、そうでない時はビールを飲んだり弁当を食べたりしてゆっくりと観戦していますし、また応援に加わらないことによる違和感というのも全く感じません。また、個別にヤジを飛ばすことも普通にやっています。あるいは、福岡ドームの外野スタンドの雰囲気というのは、それを全くゆるさないものなのでしょうか? どうもありがとうございます。 ホークスが福岡にきて以来のファンで、年に何度も球場に足を運びますが、不思議と平和台、福岡ドームでホークスが勝った試合を見たことがほとんどありません。前は万年最下位でしたからそれも不思議ではなかったのですが、去年でさえも勝ち試合を観戦していない不幸なファンです。 それはどうでもいいことですが、最近ではドームの一塁側は応援団で完全に埋め尽くされています。座って試合を見ようとしても、他の人間がみな立って応援していますから、試合を見ることはできません。じっくりみれるのは相手側の攻撃だけです。味方がいいプレーをしていても、応援が忙しくて見ていない状態(応援団のリ−ダ−などはグラウンドに背を向けていますから間違いなくそうでしょう)では、なにしに球場に行っているのかわからないと思います。 それに私には、リーダーがいうままに声を張り上げ、踊り、同じせりふを叫ぶという行為がどうにも好きになれないところです。静かに野球を楽しむためにも、なんとか鳴り物はやめられないものなのでしょうか。 夫婦はセックスしないといけないものなんでしょうか? 私は、夫婦になった二人が、人に迷惑をかけたり法律に違反でもしない限り、家の中で何をしようと、あるいはしなかろうと、二人の勝手だと思っている。あくまで私事に関わることだから、そのことに意見があるとしても、わざわざいうまでもないことだと思っている。 セックスと健康についての医学的な質問についてだけ答えることにする。 女性の病気、とくに癌とセックスライフのあいだには、はっきりした関係があるといわれている。たとえば乳癌は、さいしょに子供を産んだ年が30歳以上だったり、出産の経験が一度もないとおこりやすいという関係がある。逆に子宮頚癌は、セックスを始めた年が若いほどおこりやすいとか、複数のセックスパートナーがいるとおこりやすいという関係がある。 一般的にセックスをしたほうが体にいいとか、しないほうが体にいいとはいえない。それぞれの人の生活習慣に応じて、おこりうる病気の危険性を知っておいてもらえばいいことだとおもう。 (4月20日記) A HREF="#sec1">先頭に戻るレコア・ロンドさんから野球の応援について
いずれにしましても、同好の士が集うという独特の一体感のある外野席、ブルペンに向かう抑えのエースを間近にみられる内野自由席というのは私の好きな場所です。西村様もそのようにして応援を楽しんでみてはいかがでしょうか。美嶋カルホさんからセックスレス夫婦について
とあるサイトで「いいセックスができないのなら、恋人も夫婦も、
やめた方がいい。ベッドで淋しい2人は、一緒に暮らしていても
きっと淋しいと思うから。私は仲のいいセックスレス夫婦なんて信じない。』
と書かれてあって、「???」と思ってしまったからです
。
といいますのも、私はそのことで困ってもいませんし、
配偶者も困ってませんし、夫婦揃ってそのことで困ってません。
別に、仲良いセックスレス夫婦がいることが信じられないので
あればそれでも構いませんが、実際にいる、存在している
わたしたちって、なんなんでしょ?(^^;;)
夫婦はセックスしないといけないんでしょうか?
医学的に何か問題があるのでしょうか?
医学的にみて問題があるのならば(セックスをしないと体に悪い
とか、病気になるとか、ある特定の病気になりやすいとか)
どのような面でそれが現れてくるのか教えていただけませんか?
女性の体の機能を使用していない人間は何か悪影響があるのでしょうか?
出産経験のない女性はなんらかの悪影響があるのでしょうか?
おんな三十にしてとりあえず体のあちこちにガタがきはじめている
ことを実感しているので、つい体への影響について考えてしまいます。
セックスレスで困ってはいませんが、その影響が医学的にある
場合は考慮したいと思いますので是非お教え下さい。
反町さんからメールをいただきました。 はじめてお便りします。 このメールが3月10日の「一言」についての反論だということで、いかに私が機能停止状態にあったかおわかりだろう。 この文章を書いているときに私の頭には、ある年若い友人のことがあった。彼女は英国に1年間の語学留学の経験があり、私よりはるかに英語力がある。いわゆる「ぺらぺら」の部類にはいる。 その彼女がつい最近までプータローをしていた。実は彼女は英語教師の口を探していたのだが、空きがなく産休の時に代用教員をするようなことをしていた。問題は、彼女程度の語学力の教員がこの地域にゴロゴロしていて、「能力や適性」で競ってあげく、競争に負けたと言うことでないということだ。 田舎の教員の採用がコネだという話はここでは脇にそれるのでとりあえず置く。問題は、多くの英語教員には、彼女のような英語を自由に話し書き、読む能力が決定的に不足している。そのような教員が過重な負担のなかで、自己研鑽する余裕もなく、多くの子どもたちを教えている現実があるということだ。 私は今の教育に必要なことは、子供のゆとりではないと思っている。誤解を恐れずにいえば、子供が学ばなくてはならないことはどんどんふえる。それを「ゆとり教育だ」といってカリキュラムを縮めるのは本末転倒である。必要なことは教える側の教員のゆとりと、つまづいた子供を救うプログラムの充実だと思う。その意味で私は「習熟度別クラス」編成は、成績のいい子供向けではなく、落ちこぼし向けに是非とも必要だと思っている。 もちろん教員の定数を増やしたら妙な教員や能力の低い教員もでてくるだろう。しかし力はあるが過労で能力も気力もどんどんすり減っていく教員に教わるのと、余裕のある教員から一人一人目をかけてもらって学ぶのと、どちらが子供にいいのか、山のなかの小さな分校には落ちこぼれはいないという事実がよく物語っているように思うのだが、いかがだろうか。 こんにちは。
いつも楽しく、考えつつ拝見しています。 どうもありがとうございます。ずいぶん以前にメールをいただいていましたが、自分の「一言」を更新するのに精一杯の有様で、このページもなかなか更新できませんでした。お詫びします。 「退却」という言葉は、自分のエネルギーがどんどん分散化しそうで、引き締めのつもりで使いましたが、志とは反対にますます収縮とは反対方向に進みそうで、困っています。 今後ともよろしく。 長い時間いただいたメールをそのままにしています。みなさん失礼しました。すこしずつお答えしていきますのでご勘弁を。まずは吉田さんから、アフリカにおけるHIVの感染ルートについての質問です。 うさぎ屋の方からリンクでお邪魔してHP拝見しました。私は大学時代にエイズに纏わるアメリカのゲイを中心とする社会運動について少し勉強し、今も関連のある勉強を少ししています。 私はアフリカにいたとしてもせいぜい1年間ぐらいで、細かなことまではとても目がいかない状態だったろうと思います。だから以下に書くことは、実体験に基づくことというよりは、一般論としてみてほしいのです。 アフリカに同性愛者がいないというのは、もちろん根拠がありません。ただ多くのアフリカ人は自分のまわりに同性愛者がいる事実を知りません。それだけ日本などよりはるかに偏見が強く、同性愛者が表にでにくい環境にあるのだと思います。 私があったことのある南アフリカの活動家も「同性愛はヨ−ロッパの白人の習慣で、アフリカ人には関係がない」とみんな思っていると語ってくれました。 では社会からまったく見えない形でひっそり暮らしている同性愛者(当然、日本の「ハッテンバ」のような場所もあまりない、同性愛者どうしがであう機会も少ない)が、HIVの感染爆発の相当部分を担っているというのは、あまりに考えにくいのではないか。 逆にHIVにたいする偏見がないはずもない国で同性愛者を攻撃する動きがないことが、同性愛者の性行動と、感染爆発の関係が希薄であることの傍証になるのではないかと考えます。 またアフリカで感染者数が男女ほぼ1対1であるのは、HIV以外の性行為感染症の頻度が高い(女性から男性への感染率が高まる)ためだとされています。また一般成人で10〜40%の感染率というのは、性行為感染症としてはいわば社会的な飽和状態だと言っていいと思います。この状態で性差をうんうんする意味もあまりないように思うのですが。いかがでしょう。 (4月13日記) 久々に「買ってはいけない」についてのメールを中村さん(本名でいいのでしょうね。出来ればハンドルネームを書いておいてほしいところですが)という方からいただきました。 はじめまして。わたしは、27歳、保母をしています。 私は、食品問題を考える場合、いくつかの視点が必要だと思っています。 一つはそれが安全かどうかです。ただこれは本当のところは、厳密に決めるというのは難しいことです。「買ってはいけない」の中では色々な加工食品の中に毒物が入っているということが繰り返しでてきます。しかし私達が普段食べているすべての食品について、「買ってはいけない」でいわれる毒物が含まれていないという証明はされていません。 それどころか、私がパロディー「買ってはいけない」で指摘しておいたように、果物にはメチルアルコールが含まれています。猛毒のシアン・青酸化合物は、松や桃の種や葉っぱ、アンズやリンゴの種など、自然界に広く分布しています。 高橋晄正氏が指摘しているように、もともと自然界は私達人間に優しくは出来ていない訳です。 では化学的な分析の手段も知識もない私たちの先祖は、自分たちによそよそしい自然界の中で、どのようにして食べていいものと食べて悪いものを区別していたのでしょうか。 ひとことで言えば試行錯誤でしかないはずです。他の動物が食べているものを見よう見まねで食べてみる。最初はこわごわと少し食べる。なにも起こらなければ今度は少し量を増やしてみる。こうして私たちの祖先は、食べ物と毒、そしてその中間に位置する薬という区別を身につけてきたのではないでしょうか。こうした長い間の営為が、現在では急性毒性、慢性毒性を判定する毒性学、薬学、食物学というかたちでまとまってきたはずです。 もちろん近代に入り、私達が食べるものの量も増えてきましたが、それとともに食べる食品の種類も爆発的に増えてきました。 そこに今の混乱もあると思うのですが、食べ物と薬と毒の関係はあくまで相対的なものだという基本があると思うのです。昔から そんなに食べると(飲むと)毒だ という言い方があります。酒についても 百薬の長 という言い方と、 生命を削る鉋(かんな) という言い方の両方があります。 あらゆる食品には、それを取ることによって得られる利益と、そこから産まれる不利益の両方があるはずです。そして多くの場合、一定の量に限れば、継続的に食べても毒性が現れない量というものがあります。逆に言えばそのようなものを私達は常食として栽培あるいは継続的に採取するか、動物であれば家畜として飼育してきたといえるはずです。昔からいわれる偏食の戒めには十分な理由があったと思われます。 ところが食べ物を自然食品とそれ以外に分け、前者を100%安全な食べ物であるかのようにいうのは、現代の食物学はもちろん、私達の祖先の闘いからもなにも学ばないただの自然食信仰です。こういう人たちは、だから加工食品の中にごく微量含まれている物質の毒性を針小膨大に言い募る一方、いわゆる自然食品の毒性には口をつぐむ二枚舌ぶりなのです。たとえば、液状歯磨きに含まれるアルコールで癌になるかも知れないと人を脅かしながら、本物の酒が旨いなどと平気でいえる厚顔無恥ぶりがその例です。 もちろん加工食品や食品添加物は、この意味での歴史による評価・選別をくぐっていないといえますが、ここでいう歴史の評価も根本的には定量的なもの、つまり多数の人間が長期間食べても目立った異常が現れないというものであり、それもかなりおおざっぱなものです。たとえば私達が口にしている米に発ガン物質が含まれていないか(もちろんこれは残留農薬のはなしではなく、もともと米というものに微量でも発ガン性のある物質がないかどうかということですが)とか、米を食べて癌にかかる確率が増えないかという疑問にこたえられるものではありません。 ところが「買ってはいけない」にいい加減なことを書き散らしている人たちは、「自然食」の安全性はまるで神から与えられたものでもあるかのように、頭から疑わない一方で、「化学物質」には、定性的定量的な厳密さを要求します。しかも彼らのいう「化学物質」の定義もきわめて恣意的です。砂糖はサトウキビから取られた自然食品であるはずですが、あたかも化学物質でもあるかのような扱い方をされます。もし砂糖は自然食品だが、体に悪いというのならば、食品の善し悪しは、それぞれの食品の検討によって決められるべきであり、「自然食」「化学物質」というレッテルで決まるのではないことを認めなければならないはずです。 「障害児がふえている」というせりふを食品添加物や大気汚染、あるいはダイオキシンと結び付けて不安をあおるのも、彼らの常套手段ですが、科学的検討にも値しないものだと思います。障害児は本当にふえているのでしょうか。そのようなデーターはあるのでしょうか。 昔なら救命できなかった、場合によれば産院でこっそり「処理」されていた、障害児が助かり成長して保育をうけられるようになった。あるいは昔なら外にも出してもらえなかった障害児も堂々と保育園・幼稚園に行くようになった。そのようなことは、「障害児がふえている」という噂と関係がないのでしょうか。 すでにダイオキシンと子供のホルモンの関係を「実証」した九大の長山淳哉氏の「学術研究」は、彼自身が国際学会で認めたように完全に破たんしています。また彼が、クレチン病(先天性甲状腺機能低下症)とダイオキシンを結び付けようとした主張も、まったく根拠がないものであることもわかっています。 「買ってはいけない」という本も一時のブームが去ろうとしています。私達が参加した論争も、相手が土俵に上がることを拒否したままで、立ち消えです。まるで1999年7月を境に姿を消した「ノストラダムスの大予言」のようだというとおこられますかしらん。 あらかじめ正しさを保証された「消費者のための科学」などという便利なものは存在しないということを是非教訓にしたいと思います。(4月13日記) はじめはyosukeさんからです 私は神経精神科の医師で、てんかんの電気生理の基礎研究のためロサンジェルスにきて早2年になります。・・・もうおわかりですね、私もあの筒井康隆の○○○な断筆宣言を見て激怒したひとりです。 どうもありがとうございました。私にとってもあの事件は恐ろしい経験でした。 それまで私は、人はその生き方で価値判断が出来ると考えていました。小説家は書いているもので、評論家は、評論の仕方で中身が判断できるという思いこみです。 ところが、あの断筆宣言で井上ひさしが見せた素顔は、己の商売が危うくなると、とたんに業界擁護にまわる自己保身でした。 進歩的文化人は、本来進歩的なのではない、進歩的言辞を商売として売っているにすぎないということを、いやというほど知らされました。 同じように、井上ひさしの家庭内暴力に沈黙する落合恵子も身すぎ世すぎとしてフェミニズムのスパイスを利かした雑文を書いているにすぎないことがわかりました。 朝日新聞の声欄に載ったのは、私ではありません。おっしゃるようにてんかんの専門医でした。 次は久しぶりにShimaxさんからです 以前、「筒井氏」の事でメールを出してから、
自分なりに周囲に対して「てんかん」のリサーチをしてみました。
やはり、驚かされるのは「誤った認識」の多い事です。 Shimaxさんのように病気を抱えてしかもそれに伴う偏見に取り巻かれて苦労をされている方に出会うと、プロである私たちの責任を痛感します。 おそらく私たちは知らないから差別するのではないと、思います。もともとある差別の構造に当てはまれば、なにが何でも差別が引き起こされる機構が自動的に働くのではないかと、今思っています。 どうぞお元気で、お過ごし下さい。 ラウリル硫酸ナトリウムは通常の洗剤によく使われている界面活性剤
です。主原料はラウリルアルコールという C12H25OHという高級
アルコールと硫酸です。以前合成洗剤に大量に使われていたアルキル
ベンゼンスルホン酸塩よりは生分解されやすいものです。急性の毒性
はありません。もっとも、界面活性剤は、水生生物に対しては物理的
に有害で、それを利用して「メダカが死んだ」といった「毒性」を
演出する人はいますが、生化学的毒性はほとんどないでしょう。その
意味で渡辺氏の書いていることは、まったくのでまかせでしかあり
ません。非常に高い濃度の溶液に細胞を浸すと、膜タンパクなどの
破壊はありえますが、そういう条件は歯磨き剤では生じないはずです。 私が以前、歯磨きのことで教えて欲しいとお願いしたことの情報です。これについては、一言に書いていますので、こちらも併せて参照して下さい。 はじめまして『買ってはいけない』で検索をかけ貴兄のHPにアクセスしました。 どうもうけていただいてありがとうございました。というのもなんか変ですが。 これは、「世界」に投稿したのですが、没になったようです。くだらないことには、しゃれで答えるのも一つの道ですが、正面からも答えないといけないでしょうか。 どうぞ今後もよろしくお願いします。 「テレビの推理ものの貧しさ」を読ませていただいて、感じましたことがありましたので、このメールを差上げております。 どうもありがとうございました。確かにテレビの推理ものを見ていると、業務上過失致死や正当防衛と、殺人の区別の付いていないことがごろごろしています。そんなものにはいるのでしょうか。 先日、ある歌のことについてお尋ねしたところ、平田雅一さんから、親切に教えて下さいました。まず平田雅一さんからの最初のメール。 ちょっと、調べて見ました。いずみたく作曲ということで、インターネットを検索しますと、 思わずうなってしまった。なるほど、記憶というのはいい加減なものだな。しかしつぎに、再び平田さんから、吉永小百合も「友よ」という歌を歌ったことがあると聞かされて、少し喜んだが、三度目のメールが、 若者たち 作詞 藤田敏雄 作曲 佐藤勝 どうもありがとうございました。この歌は私もよく知っています。いや、この歌を主題歌にしたテレビ番組も何度か見たこともあります。 そうか、吉永小百合もこの歌を歌ったことがあるのですね。とすると、少なくとも三とおりの「友よ」があるわけですね。いずみたくの「友よ」、佐藤勝の「友よ」、それにフォークの名曲「友よ」です。みなさんどうもありがとうございました。
西村さん、はじめまして。仙台の小波といいます。 どうも貴重な情報ありがとうございます。確かによく似た歌詞です。ひょっとして私が記憶間違いしているのかもしれません。 さてお尋ねのラウリル硫酸ナトリウムは、2ヶ月前の「一言」にあります。参照して下さると幸いです。 それから、うがいの有効性についてですが、あの人(三好医師)は、生理と病理との区別が付いていないという臨床医として致命的な欠点をもっています。 確かに口腔内の常在菌は、生体防御の第一線(生理)ですが、口腔内に感染が起きるというのは、そうした防御機構が壊され、病原体が、扁桃腺や口腔で常在菌を押しのけてふえている(病理)ということを意味します。 さらに口腔内の常在菌は、環境の中に常に存在する菌でもあります。たとえうがいや抗菌剤を使用したからといって、それで口腔内が無菌状態になるような代物ではありません。 うがいが風邪の予防に有用であるかどうかについては調べてみますので時間を下さい。 なかなか皮肉がきいて楽しいパロディですね. どうも。私が一つ付け加えるならば、贋物のジャーナリストも多いと思いますが。(9月19日) こんにちは、以前にLD50の件でお便りさせて頂いたメグです。 どうもすいません。ほんと、私も何を考えていたのでしょうか。おっしゃるとおりです。同じことは、Uneyamaさんからも指摘されました。冷や汗をかく気分です。 訂正をさせていただきます。これは改竄には当てはまらないと思いますので。 なおメグさんのおっしゃるβ−カロチンのことですが、私もどこに書いてあったか忘れてしまったのですが、たしか肺癌患者にβ−カロチンを投与すると、期待とは逆に5年生存率が低下して、臨床試験が中止されたと聞いた記憶があります。 きちんと思い出したら又報告します。 はじめまして。 私も「買ってはいけない」が書き換えられるのだろうなと思っていたのですが、なるほど。彼らほど人に厳しく自分に甘い人間はいません。論敵が書き換えをやると改竄だと抗議しますが、自分たちがやるぶんは黙ってやります。しかしご指摘のように書き換え後の「正露丸」の文は、完全に論旨が破綻しています。 もともとあの項を書いた三好さんという人は、治らないことを前提でやっている治療を対症療法だからいけないという人ですから、イチャモン付けの域を出ませんが。 こちらからもリンクさせていただきました。今後ともよろしく。 はろ〜、どくたー。 つぐみ奴さんというのは、私が一方的にお慕い申し上げているはね奴さんのE線上の茶屋うさぎやの常連で、私も二度ばかりお会いしたことがあります。 つぐみ奴さんが「買ってはいけない」についていわれていることは、おそらくその通りだと思うのです。この読者はおそらく大半が、亜硝酸ナトリウムとか、クエン酸ナトリウムとかいうものが、どのような物質なのかを、詳しくはご存じないでしょう。 「こんな訳の分からないものは、私の生活には関係ないから、危ないというからやめとけばいいわ」というのが、正直なところではないでしょうか。 確かに亜硝酸ナトリウムは、もともと安全な添加物ではない。これは以前からわかっているのです。ではなぜこれが許可されているかというと、この亜硝酸ナトリウムは有機野菜からもとれる硝酸ナトリウムが、口の中で変化して簡単に出来るから、食品添加物として禁止する意味がない。もしこれまでやめたいというなら、野菜に化学肥料だけでなく有機肥料まですべて与えることをやめなければならない。これは渡辺雄二さんがよく使う「食品添加物公定書解説書」にもきちんと書いてあるわけです。 又グルタミン酸(9月17日訂正)が危ないから味の素を使うなといいますが、これはかつお節にも煮干しにも含まれています。いや「含まれている」というのは不正確です。私たちがかつお節や煮干しを使うのは、うまみ成分であるグルタミン酸(9月17日訂正)をとりたいからです。それに渡辺氏の好きなダイオキシン問題を加味すれば、味の素よりダイオキシンを濃縮しているかつお節のほうが安全だという保障はどこにもない。 「買ってはいけない」は、私たちがふだんの生活で食べている食品の危険性には沈黙し、添加物の危険性を針小膨大に騒ぎ立てているだけだと思えます。自然物が安全で健康にいいというのは一種の自然信仰でしかない。食品添加物のない江戸時代のほうが、日本人の寿命は短かったし、子供もばたばた死んでいっていたわけです。私より年若い人が、昔はよかった式の世迷い事をいうのを聞くと、ぞっとします。 どうも私には「買ってはいけない」は、「○○酸カリウム」とか「××酸ナトリウム」というだけで頭痛のする人を主な購買層にしている、詐欺商法だとおもえます。こんな人は間違っても「食品添加物公定書解説書」などは読まないでしょう。逆にそこが「買ってはいけない」のつけ目です。 その上発ガン性の変異源性のといわれると、びっくりしてしまうのですが、これも詐欺の一種です。そもそも食品添加物には発ガン性の疑いのあるものは使ってはならないということになっています。ところが、動物実験で発ガン性がなかったものを、細菌に投与すると染色体に変化がでただけで、発ガン性の疑いがあると騒ぐわけです。 まるでやくざがラーメンにゴキブリを入れて因縁を付けるのと同じような言いがかりをしているようにしか、私には思えません。 今度は是非小林ヨシリンの「戦争論」をぶったぎる論考をお願いします。そのころにはホークスの優勝も決まる(?)でしょう。 はじめまして。上林と申します。
「今日の一言」を中心に、いつも楽しく拝見しております。 私は以前から漫画はというよりは、漫画家は自立した表現者とはなり得ないと考えてきました。それは、以前より漫画家が引用というものをことごとく拒絶する立場をとっていたからです。 私は「草の根通信」というミニコミに「エイズ素人の考え」という連載をもっています。以前ここで小林ヨシリンの「脱正義論」を粉々に批判したことがあります。ただ私はわざと「脱正義論」からの引用を避けました。 本来小林がどれだけ愚劣なちんぴらであるかを詳細に暴露するためには、彼が人をどれだけ醜く描いているか、たとえば川田龍平親子をいかにグロテスクに書いているかを指摘しなければなりませんでした。 著作権法の運用で、今では正当な引用と単なる転載の境界がしっかり引かれていますが、漫画に関してはそれがありませんでした。 漫画家は、彼らの業界内の申し合わせで、いかなる形であれ、著者に無断で漫画を転載することを拒絶してきました。 私もそれを知っていましたし、多忙な身で小林に訴えられ、いくら勝つことは目に見えていても、時間と金のかかる裁判で、時間を浪費する危険をあえて冒すことをしませんでした。 ですから少なくとも私は、この裁判の漫画という表現手段の未来をかけた意義を認識しているつもりですし、当然裁判で原告と野合したつもりはありません。 もともとある作品を具体的に批評する性格上、 本のどこを開いても小林マンガが飛び出す という構図は致し方ないのではないでしょうか。おそらく私が小林を取り上げた作品を書けば、同じ格好になるでしょう。 もちろん、漫画という表現手段の特殊性を考慮して、一定のルールづくり(たとえば1頁内の引用の範囲を限定するとか)は必要でしょうが、それ以上の崇高な作品はこの場合期待するほうが無理です。 何せ批評の相手があの小林ですから。 それから私は闘いにおける熱狂から意識して身を遠ざけたいと思います。戦争しかり、革命しかりです。あらゆる愚行が幅を利かし、理性が何の力も持たないところ。それが闘いというものです。気の弱い人間が殺人鬼になり、強姦と略奪を無意識のうちに是認する戦争と革命を、どのような形であれ肯定する気にはなれません。 私はだから勇ましい話と辛気くさい話の複眼で戦争を見るというのは、はなはだ危険だと思うのですが、いかがでしょうか。 こんばんは。みかです。メールへのコメントありがとうございました。 最近新しいリンク先に、環境科学を専攻している先生の頁を加えました。「買ってはいけない」やダイオキシン問題についての科学的なコメントがあります。ご参考までに。 なお遺伝子組み替え食品については不勉強で、コメントすることが出来ません。近日中にMIYAさんからご紹介いただいた本も読んでみたいと思いますが、この点はしばらく時間を下さい。 はじめまして。パソコン初心者の主婦です。井上はねこさんの著書からこのHPにたどりつきました。 みかさんのおっしゃる危険性と利益のバランスを判断するのに十分な情報を消費者に与えるのが、「週刊金曜日」なり「買ってはいけない」の本来の任務だったはずです。 しかし今「買ってはいけない」が振りまいているのは、そのようなものとは全く反対のものです。牛乳が発ガン物質で、砂糖をとると子供がキレルというのは、完全な嘘、ノストラダムスの大予言並のオカルトです。 また、二言目には「発ガン物質」という。そういえば人が驚くと思う、さもしい詐欺師根性です。 一つおもしろい話をします。人間を含めて動物はみな酸素を取り入れて二酸化炭素を排出します。ところがこの二酸化炭素も高濃度では発ガン性をもっているのです。 では私たち人間も発ガン物質を排出する汚染源になりますか。このようなみそもくそも一緒にした議論は、結局問題の焦点をぼかす結果しか招きません。 私が怖いのは、企業側が派手な宣伝をしているから、こちら側も少々うそを言っても許される。「おもいっきりテレビ」が好きな人には、彼らの好きなレベルの話をしていい。これを私は本多勝一流の「カウンターブロー」の思想であると名付けています。 その結果何が生まれるのか。消費者運動家が反科学で武装するという愚劣な姿です。人の科学的思考を破壊する行為です。このようなものと一緒に運動をするようでは、消費者運動もおしまいでしょう。なぜ危機感が生まれてこないのか、私には不思議です。 エイズ文化フォーラムは欠席してしまいました。大変、失礼しました。どうも帰
省する暇がそこしかとれなかったので、と言い訳してしまいます。ドクターにも
お会いしたかったのですが、残念です。 まだ文芸春秋はよんでいません。是非読もうと思いますが、数日中に感想は書きたいと思います。では。 「一言」のページを読んで気にかかったことがあります。まず、先生は「元本多教信者への手紙」で次のようにおっしゃっておられます。 なるほど、あの時代をご存じない方には、奇妙に聞こえるのでしょうね。 当時の私たちは、戦況からいってもアメリカ側の発表はとても信用できないが、かといって、解放戦線側の情報はほとんど入って来ない状態だったのです。そのとき、「戦場の村」が伝える反対側からのルポは非常に貴重だったし、だからこそ一つの記事・情報としてそれこそ「むさぼるように読んで」いたのです。ついでながら、当時はベトナム反戦を主張するオピニオンリ−ダ−シップならいくらでもいました。本多勝一の名前は少なくとも私の頭の中にはありませんでした。 「週刊金曜日」が始まり、久しぶりに読んだ彼の文章はだから、意識的にはじめて本多勝一を読んだ体験であって、少しもジャーナリストらしさのない奴だと思ったものです。こんなところで返事になりますか。(7月31日記) こんにちは、MIYAです。
先日のダイオキシン関連で私が入っている、
環境自由大学 青空メーリングリスト おっしゃるように瞬間芸で一過性のものであれば、まだ被害は少ないでしょうが、一説には百万部だといいますから、まるでサッチー・ミッチー戦争のような騒ぎに発展する可能性もあります。私は本気で腹を立てています。 2年程前からボストンにpost-docで来ていますが、来年には日本に帰りたいと思っている基礎医学研究者です。 ありがとうございます。そうか、こんな人も読んで下さっているのかお、びっくりしてしまいます。デジカメはもっていますが、市内の写真を載せることは思いつきませんでした。やってみます。又よろしく。 ドクター様 どうもご愁傷様です。こんな時ありがとうございますというのかどうかもわかりませんが、何ともはや……。 「過剰反応の裏にある、個人としての判断基準のなさ、自信のなさ」その通りだと思います。そこにつけ込む金曜日商法は、一番大事なこと、つまり真の意味で独立した判断力のある市民づくり、を忘れているのだと思います。どうぞ又よろしく。 はねこさんより。 みょうがさんより 梓さんより みなさんから、誕生日の数え方がおかしいといわれていますが、私は40歳を気に一大決心をして、毎年誕生日ごとに一つずつ年を遡るという前代未聞にして、人跡未踏のあばら、もとい茨の道を歩くことを決意したのです。 決して本多勝一のような、生年月日のわからない人間ではありません。
どうもみなさんありがとうございました。
渡辺雄二氏が、エイズの本を数冊出していますが、最新のものは93年ごろです。 ダイオキシンのことについては私ももう少し勉強してみたいと思います。渡辺氏がどんな本を書いているのか、ひょっとして血圧が上がるようなものでないか、怖いような気もしますが、やはりチェックするしかないでしょう。ああいう人が、なぜ危険な抗HIV薬と騒ぎ出さないのか、かえって不思議に思いますが。
以前メールをいたしました、佐野竜介と申します。 佐野さんというのは、ご自身出血性の難病を抱えている方で、その関係から私の頁にたどり着いた方です。 昨年石田吉明さんのみよりの方々に招かれて京都で講演をさせてもらったことを思い出します。 今後ともよろしく。
うさぎやさんに辿り着いて早一月半、Dr.のホームページにも時々寄らせて頂いております。 暖かい励まし、ありがとうございます。私も高校生と話するのが、半分趣味のようになっています。あとで感想文を送ってくれますが、これが本当におもしろい。こちらが楽しむためには、話す相手にも楽しんでもらわないといけませんから、努力はいりますが、とてもいい気持ちになれること請け合いです。 西村有史 さま。いつもお世話になっております。 お気遣いいただいてありがとうございます。まずまず元気にしています。 渡辺氏は確かにいろいろ本も書いているようですが、どうも私の偏見に満ちた目からは、例の「ノストラダムス」ものに見えるのです。 昔「セアカゴケグモ」という弱い毒を持った蜘蛛が日本国内で見つかって、大騒ぎをしたことがありました。あのとき、私が親しくさせてもらっているHIV感染者が、「あの蜘蛛を見てると、まるで自分たちが狩られているように思える」といったのを、今でもはっきり覚えています。 エイズパニックと蜘蛛騒動は、確かに、相手もわからないのに闇雲に騒ぐという点では、全く共通です。そして渡辺氏の本が売れる根本は、やはり非科学的な恐怖心、物事を針小膨大に騒ぐ扇動され易さではないかと思えるのです。彼らは北朝鮮の恐怖を騒ぎ立てれば、簡単に乗ってしまうのではないか。又嫌味なことをいってしまいましたが、あくまで冷静になって、ここの食品なり添加物なりの、健康被害の危険性と、それから得られるであろう利益のバランスを、判断することだと思うのです。その材料に渡辺氏の本はならないのだけは確かだと思います。 私の場合、自分の本が売れないことによる嫉妬心も加わっているようですが(笑)。 彼がどんなことをエイズで書いているのか大いに興味があります。もし出版元がわかれば、お手数でしょうがお教え下さい。ではでは。
西村先生、 ひまわりさんは、嶋さんと同じくHIVに感染していますが、今元気に暮らしていらっしゃる方です。 先日福岡の研究会ではじめてお会いしました。 実はひまわりさんと私は別のところで出会っているはずなのです。というのは H.I.VoiceというHIVに感染した人と感染していない人の交流を目指した雑誌は、私がHIV医療に開業医として関わりたいと公表したところですが、ひまわりさんも同じミニコミ誌をつうじて同じ病気の人と交流しはじめたようです。 今後ともよろしく。 Shimaxさんより 久しぶりに筒井康隆の断筆宣言についての感想が届きました。 Shimaxさんの体験が物語るように、てんかんというのは、実は誰もがかかる可能性のある病気なのです。 生まれつきのてんかん体質というものがあり、その患者たちと、患者によって迷惑をこうむる非てんかん体質の一般大衆がいるという筒井の図式は、全くの誤りだし、差別の構造そのものだと私も考えます。 しかし今朝の新聞ではあの作家の柳美里が控訴したことが報じられていました。どうも彼らは、自分たちが特殊な崇高なことをやっている。特別な人間なのだと思いこんでいるフシがあります。(7月6日記) はじめまして、坂井田と申します。 坂井田さんにはずいぶん以前にメールをいただきました。こんな風に国境を越える生き方は、私があこがれているものの一つです。こういう方も読者にいるというのも、私の元気の素です。今後ともよろしく。 井上はねこさんより ずいぶん遅い報告だが、雑誌はこのお二人の意見を採り入れた。といって、「安心」「健康」「壮快」などの雑誌を並べるという過激な意見(笑)は、さすがの私も二の足を踏んだ。 井上はねこさんおすすめのサライと、「男の隠れ家」というばりばりの中年趣味系、それに嶋さんご推薦の「レタスクラブ」に「ESSE」を採用した。 なお漫画についての偏見についてであるが、いろいろ個人的な体験もあり、なかなかおおっぴらにいえないこともある。一つだけいうと、漫画は評論が成立していない。 漫画を評論するためには、一つ一つの漫画の画も批評の対象になるはずである。ところが、漫画業界は、盗作問題、商用に無断で利用されることなどを恐れるため、文章などでは認められている「引用」を禁止している。 たとえば小林ヨシリンが如何に品性下劣かを証明するには、彼が自分の気に入らない人間をいかに汚く描いているかを指摘しなければならない。ところがこれが理不尽にも拒否され、漫画家もみなそれを当然と考えているのだ。 これでは、健全な漫画批評は成立せず、表現の一手段にもなれないと、私などは思うのだ。 この頁へのご意見、批判、質問は電子メールでどうぞ。原則として、この頁上で公開する予定です。もし公開をお望みでなければそのむね明記下さい。
20人学級について
一年ほど前に本多勝一氏について検索中に先生のページを見つけ、それ以来愛読させ
ていただいております。
3/10の「今日のひとこと」での20人学級についてですが、私は反対です。
現在の40人学級体制から20人にするためには、子供の数を半分に減らすか教師の
数を倍にするしかありません。
子供の数を今すぐ半分にするというのは人道的な手段では不可能ですから、教師の数
を増やすことになるでしょう。 それは、いままで教育者の養成過程で能力不足のた
めハネられていたような人物を大量に採用するということを意味します。
医師が足りないからといって、能力や適性に問題のある人物に医師免許を与えるのと
同じことと考えたら先生にもお分かりいただけるでしょう。
ところで、先生が落ちこぼれ体験をした韓国朝鮮語講座は何人学級だったのでしょう
か?
土田さんから応援のメールをいただきました
本当は、もっと早くにご挨拶のメールを出そうと
思っていたのですが、
「日本茶々倶楽部」のお勧めリンクになっていたり、
「左翼運動家」と自称されていたりで、何となく
警戒していたのです。
まあ全体の雰囲気を見て
懸念するHPじゃないなと、勇気を持って挨拶の
メールを打っています。見知らぬ人にメールを打つのは
勇気がいります。
がよく考えると、鹿砦社の「買ってはいけない大論争」
で、パロデイ「買ってはいけない」を、買って読んで
面白いなあと思ったのは、このHPを見つける前です。
ちょっと自慢にしています。
(実は、「買ってはいけない」という本を書店で見たとき。
無料配布の本と思っておりました)
ニュースで、元ミドリ十字の社長に実刑
と出ていました。脱ゴー宣裁判の第3回公判
と同じ日というのは、因縁を感じます。私がエイズに興味
を持ったのは、小林よしのり氏が、SAPIOの読者に取りこまれる
前の、SPA!版「ゴーマニズム宣言」からです。
あの頃は、本当に面白くて共感も感じたのに。
「観客民主主義」の欠点に陥って、作品世界が崩壊したのは
一人小林氏だけではないですが、残念な話です。
小林派の熱心な読者からの先生のところに来たメール。
一人は「小林よしのりは戦争を肯定している」といい
もう一人は「否定している」と言ってる。
小林派と呼ばれる熱心な読者でさえ、誤読されている難解
な作品を書く今の小林さんって一体・・・。
「どこまで撤退するか」とかなんかお疲れのような
ご様子。何もできませんが、ご自愛下さい。
アフリカにおける感染ルートについて
以下、質問です。
雑誌への反論(新潮45への反論です)を読ませていただいたのですが、アフリカについての記述に関して質問があります。西村先生は文章の中で、アフリカでの感染はほぼ100%男女間感染と言及しておられますが、私は以前、acting on AIDS-sex, drugs & politics-という本の中の"It's a straight world after all: heterosexualizing the pandemic" という論文で、第三世界では同性愛への理解が先進国と比べて低く、その存在が無視されるために、エイズ感染も男女間のみの問題として扱われてしまうが、それは現実とは異なるという議論を呼んだことがあります。
そこでは、男性から女性への感染の方が女性から男性への感染よりも確率がずっと高いのにも関わらず、男女間の感染者が1対1なのは、男性同性愛者間での感染があるはずなのに、社会的政治的偏見からそう言った側面は研究されてもいないという指摘がなされていました。
しかし私も、この論文以外で同様の主張をする論文を見たことがありません。この筆者の経歴は以下の通りで、この本自体も、アメリカ人の医者の卵にも良い本だと言っていただいた本ですし、アカデミックな本屋にあったものです(どの程度のクオリティかと言う判断は所詮主観かもしれませんが)。
Meurig Horton has been active in AIDS organizing since 1985. From 1989-1995 he was an officer of the World Health Organization Global Program on AIDS in Geneva working with community-based groups in the developing world on prevention and care initiatives and strengthening community groups' capacity to respond to the epidemic. He has published widely on HIV prevention, research, sexuality and human rights and is doing a PhD at the London School of Hygiene and Tropical Medicine.
本は1997年に出版された本で、Serpent's Tailから出ています。編者はJoshua Oppenheimer & Helena Reckittです。
どうにも私個人の実感ではついていかないので、もし出来ることならば、アフリカに実際にいらしたという先生のご意見を伺いたいと思いました。「買ってはいけない」について
’買ってはいけない’をめぐって、色々な論争が繰り広げられていますが、わたしが
言いたいことを率直に言わせてもらうと、‘みんな、ほんとの事を知って、本当にい
い方法を、考えて!‘ということです。
そんなことあたりまえだ、といいたいでしょう。きっと、企業にいる方たちからは、
鼻で笑われるほど、陳腐な意見だと思います。
わたしは、以前から食べ物について、色々と考えました.
それというのも、保育園に勤めていると、いやでも、子供の実態に突き当たるからで
す。個人で考えること、調べることには、限界があります。
が、こんなに内情を知らないわたしでも、今日本は危ない!といえます。なので、企
業の、今の食品に着いての内情を良く知ってる人たち
にとっては、今、どんな気持ちなんでしょうか。
今、(昔からもそうですが・・・)食品の、安全性については、いろいろと
論争がありますよね.残留農薬は危ないという人がいれば、微量なら問題ないという
人。有機栽培が良いという人もいれば、有機栽培は、
大気の毒を直に受けていて、危ないというひとがいたり、その肥料に使われている、
牛や、馬の糞に入っている、配合飼料がいけないなど、
わたしたちは惑わされます。このような意見も、もう幾度となく聞いたことと思いま
す。ただ、今この日本の現状を、素直にみて、何が原因でこうなったのかを、素直に
調べる人は少ないのでしょうか。
保育園には障害児がいます。アトピーの子も、多いです。
国として、施設をつくる、助成金を多くする、という、その結果としての対策ばかり
をしていていいのかと、疑問を感じます。(もし、原因に対しての対策もしていたら
ごめんなさい。)わたしの狭い視野のなかでも、
年々障害児が、増えている現状を、目の当たりにします。その、ご両親の悲しみは、
きっと他人行儀な人の多い日本人には、わかるようで、
でも、本当に人事なのでしょうね。
わたしも、この食品に対しての多々ある情報のなかで、迷います。
そして、内情を良く知ってる方たちの、どうしようもできずらい環境も、
察します。食料自給困難な日本、会社としての収益、日本人の、食生活の変化、な
ど、問題はたくさんあります。いいかえると、わかってて、その食料を作っている
人、見逃してる人が多いのではないか、ということなのです。きっと、いろいろ問題
を掲示しても、今はどうしようもない現状ではないのか、とも思います。それではど
うしたらよいのか、わたしもわかりません。タダ、このように、みんなが現在の事実
を知って、考えていくことができれば、と、わたしは願います。会社の社長さんも、
’わが社の製品は安全だ!’といえる権利があります。農家のおじさんも、
’農薬は、大量生産のために必要だ!’といえる権利があります。その反面、‘この
添加物はきけんだ’’この食品製品は、川を汚す’といえます。
わたしも、あなたも、みんな、意見がだせます。そのためには、事実
を知りたい。だけど、一般の人たちには、これはどうなのか、ということを容易に調
べることはできない。だけど、今の日本の状況は知ることができるのではないので
しょうか。
今の、川や、海の現状、動物たちの現状、子供たちの現状、自分の食べて
いる食品がどこからきたか、誰の手によるものか、なにがはいってるのか、わたした
ちみんなも、もっと、
関心を寄せるべき問題であるし、もっと、この情報社会の波に、乗せるべきことでは
ないのかなあ・・と思います。
すると、おのずから、その原因がでてくるのではないの
でしょうか。
わたしたちみんな、空気をすって、水を飲んで、食べていきてること
を、知ってほしいと願っています。
長くなってすみません。このような、意見を述べることのできる場所を提供してく
れたことを嬉しく思います。どうぞ、選ばないで、すべての人の意見を取り入れてほ
しいと思います。
久々に断筆問題について、二通のメールをいただきました。
大学の医局で緊急に配布されたてんかん協会の冊子で全文を見て、わなわなと身体が震えて止まりませんでした。病気に対する偏見と差別をさらけ出しながらも一般の人の無知につけ込もうとする似非科学ジャーナリスティックな物言い、他者の立場を想像することもできない卑小で身勝手な言い分、そして「言葉狩り」なる被害者意識丸出しの醜悪な態度・・・(思い出すともう一度腹が立ってきました)。
あれを読んだすぐ後にそばにいた先輩の医者に「どう思います、これ!」と問いかけても、「まあ、病気に対する無知はさらけ出してるけど、小説やめるんなら本人の勝手じゃない?」「筒井の作品なら他にもいくらでもあるから差し替えりゃいいんじゃない」・・・という程度の反応でがっかりすると同時にますますイライラしたのを覚えています。
その後、井上ひさしのこれまた口調がおとなしい分さらに卑小で、表現者としての覚悟も責任感もない論説を呼んでまた激怒・・・どなたのものだったか忘れましたが(ひょっとして先生がお書きになった?たしかてんかんの専門医だったような気も・・・)朝日新聞掲載の医師からの投稿記事を見て多少溜飲は下がりましたが、ここのホームページに掲載されている記事を見てようやく自分が何にイライラし、怒っていたのか、かなりの部分が腑に落ち、収まるところに収まったような気がしました。
理解のあると思っていた社長でさえ、
「"てんかん"は遺伝性の病気である」と思っている事も分かりました。
周囲の人の中で、自分の病気に対して誤った認識(発作に対する無理解)を解ってもらおうと思い、
自分で調べた資料を見てもらおうとしましたが、
反対に「そんな事はされると、余計に疑わしい・・・」みたいに、
拒否されてしまいました。
社会への啓蒙の難しさを感じた次第です。
なるほど、こんな状態が続くと精神的に不安定になって来るようで、
多少、「鬱」の傾向が現われ始めました。
ただいま、精神安定剤を処方して貰っていますが、
余計に病状は「悪化」して行ってしまうようです。
自分も「健常者」であれば、同じ反応をしたかもしれません。
どうすれば、皆に「てんかん」という病気を解ってもらえるのか・・・・
とりあえず、「皆と変わらないのですよ」という事を見せて行くしか無い
のでしょうね。
小波さんより、ラウリル酸(歯磨き粉に含まれる成分)について
ただし、渡辺氏が触れていないことですが、この種の界面活性剤
の問題は、環境への影響です。界面活性剤は水の物理的性質を変えて
しまいますから、親水性や疎水性がきわめて微妙な働きをしている
水生生物の生理においては、少量でも好ましくない影響があります。
私自身、居所の近くの沼の自然保護運動をやっていますので、
洗剤の影響が減少することで植物が蘇ったり、魚が元気になったり
するのを実感として知っています。ですから、どんな界面活性剤で
あっても、排水に流せば環境負荷を高めることは、これは常に
意識しておかねばなりません。「買ってはいけない」の著者諸氏が
礼賛している石けんであっても、その問題は存在します。
このインチキ本の反社会的な性格は、批判の方向がきわめて個人
的なレベルでの害の告発や趣味的な部分に局在していて、たとえば
上のような環境への問題点については言い分け程度に触れているだ
けであることにも現れていると思います。牛肉の問題にしろ遺伝子
組み替え食品の問題にしろ、最大の問題はアグリビジネスにおける
巨大資本による遺伝子プール破壊や生態系の多様さの破壊、世界
農業の支配という点にあるはずなのです。食ってまずいとか美味い
などという美食家レベルでの議論なんぞどうでもいいのですよねえ。
根本さんより、パロディー「買ってはいけない」の感想をいただきました。
「パロディー買ってはいけない」には笑いが止まりませんでした。
特に"買ってはいけない「買ってはいけない」「週刊金曜日」"は
ヒステリックな感情をむき出しに屁理屈を並べて儲けている『週刊金曜日』諸氏
を端的に表したとてもコミカルなパロディーだと思います。
あまりにも感動したのでメールを出しました。+αさんから「京都殺人案内」のことについて、ご意見をいただきました
「結局音川を殺そうとしたやくざが、情婦によって射殺されるという結幕になる。
私はびっくりしたのは、主人公が自分の生命の恩人(やくざの情婦)に手錠をかける=逮捕するというシーンだ。」
この部分、私は、西村様とは別の意味で、不審に思いました。
刑法には「緊急避難」という規定があります。
刑法 第三十七条
「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。」
この「京都殺人案内」は見ておりませんし、私は法学を専門にしているわけではありませんので、断言することはできないのですが、西村様がお書きになったものを読む限り、この場合は「緊急避難」が成立するように思われます。
素人の偏見に基づいた独断にすぎませんが、これは「緊急避難」という規定の存在をテレビ局が、見落したか、無視したのではないかと思います。
「法律」というと、「不人情なもの」と思われがちですが、人間が作り、人間が運用するわけですから、こういった救済規定がある場合は結構あります。
ただ、そういう救済規定が必要な人が、その救済規定の存在を知っているとは限らないというのは、法律を囓ったものとしては、残念なことです。
「友よ」という歌について、教えていただきました
友よ 作詞 岩谷 時子 歌手 鰐淵 晴子
というのが、でています。
吉永小百合さんのデータベースを公開している私設ページには、該当する曲は出ていませんでした。
鰐淵 晴子と吉永小百合は声が似ていますか?
は、詞が先生の書いておられたものとはぜんぜん違いますね。
君の行く道は 果てしなく遠い
だのに何故 歯を食いしばり
君は行くのか そんなにしてまで
これは、私も良く知っている曲です。もとは、「若者たち」というテレビ番組の主題歌だそうですが、テレビ番組の方は良く知りません。
以上です。小波さんより、「友よ」という歌のこと他のメールをいただきました
最近になって「買ってはいけない」関連のリンクから西村さん
のページを知って、楽しく拝読しています。谷田貝さんの作られ
たリンクに私の拙文もリンクされていますので、一読していただ
けると幸いです。下の URL です。
さて、お便りを差し上げたのは、ひとつは西村さんが知りたが
っておられる歌のことです。
友よ苦しいときあなたに会いたい。
いつも心に夢と希望を抱きつづける
私たち…
私が知っている曲は、これとかなりよく似ていますがすこし
違います。また歌っていたのはザ・シャデラックスという男性
カルテットでした。記憶に間違いと混乱があると思いますが、
こんな歌詞でした。
友よ苦しいときお前に会いたい
友よさびしいときお前に会いたい
若いよく似た夢と心で
歩きつづける僕たちさ
友よ悩み(?)のとき道に迷ったなら
友よそのときこそ光になろう
曲名は「友よ」のはずです。作曲はいずみたくですが、作詞は
分かりません。私は当時高校の3年か大学一年のときで、楽譜
を姉から見せられて、それを歌って覚えています。
ひょっとしたら吉永小百合のは、同じ詩に別の人が曲を書い
たものかもしれません。
それから、これは西村さんのページのどこかで見たように
思うのですが、ラウリル硫酸ナトリウムなどについて、よく
分からないという記述がありませんでしたでしょうか?そこ
らは、私が化学の専門家ですので、説明はできると思いま
すが、もとの文章が見つからないので、かみ合ったことを
書けません。もし西村さんのページのどこかにあったので
あれば在処を教えて下さい。(なにせ、ものすごいコンテ
ンツで、読んでいるうちに迷子になります)
あと、これは時間のあるときで結構ですが、私の書いた
「買ってはいけない」批判でうがいと風邪についての記事
を問題にしたところ/A>があります。
私は素人として常識論から書いたのですが、医師として
うがいの有効性をどう思われるか、ご意見をいただけると
幸いです。文献のサーベイも真面目にやらなければならな
いのでしょうが、サボってのあつかましいお願いで恐縮です。
MAXさんより、パロディー「買ってはいけない」の感想をいただきました。
「買ってはいけない」は,私も変だと思いますよ.
私の感想は,
「聞きかじった知識の断片を何人分か寄せ集めて
いかにももっともらしい語り口で断言して判断力が欠ける人に訴え,
あわよくばカネを儲けようとしたらうまくいっちゃった!」本,ですね.
科学的な根拠にかける部分もありますしね.
でも,ダイエット法の本なんてほとんど嘘っぱちですよ(笑)
別に規制も何もないから,誰だって書けますもんね.
フィットネスクラブのトレーナーや
スキースクールのコーチや
英会話学校の先生だってニセモノだらけ.
いやはや,イヤな国ですねえ・・・
また見に来ますね!メグさんより、私の書いた文章の間違いについてメールをちょうだいしました
ドクターからのつぐみ奴さんへのお返事で、ちょっと小さなミスを見つけてしまったので、お便りし
ます。
味の素の主成分はグルタミン酸ナトリウムで、クエン酸ナトリウムではないと思うのですが。クエン酸
ナトリウムは確か柑橘類の酸味の素だったと思います。
でも論旨に影響はないので、たいした間違いではありません。
世の中どうしてこう化学物質の名前を出されただけで、拒否反応を示してしまうのでしょうね。塩化ナ
トリウムと書かれただけで何かの毒物と勘違いされてしまうけれど、実は塩の事で、JTから売り出され
ている塩は正しく99%塩化ナトリウムに他ならないというのに。それと同じで、グルタミン酸ナトリ
ウムはだしの主成分で、ごく普通に美味しいと思える程度に摂取するのは何の問題も無いはずなのです
が。
それと相反しているようですが、実は健康食品ブームも化学物質拒否反応と根は同じという気もします。何か、例えばβ−カロチン(これだって化学物質)、がからだにいいとなるとそればかりを取って健康食品を取ってるから健康にいいのだといって憚らないのは、取りすぎは毒の元ということに意識をはせる事がないからではないでしょうか。
でも、どこかで読んだ受け売りで申し訳ないですが、β−カロチンのみを過剰に取るとかえって健康を害する事があるらしいですから、体に良いといわれるものでも、適量とはどのくらいかを考えなければいけないのですよね。
この極端な、良いといわれる化学物質は多量に取り、悪いといわれる化学物質をちょっとでも含むものはすべて排除するという、適量といった考え方を排除する方式が世の中にはびこっている気がしてなりません。実物を見ないで記号のみを覚えさせられる、また量−影響関係を考える事を教えないで毒物の名をそらんじる事を強制される化学教育の歪みでしょうか。化学はバランスが大事だと教える学問だと思うのですけれどね。(このことは化学に限った事ではないのかもしれませんが。)
うまく言えないんですけれど、こういう All or Nothing 的な選択をする人たちが「買ってはいけない」を買って、自らの判断を放棄して選択の指針とするのでしょうね。(以前にバーバラさんもそんな事を書いていらした気がします.)矢田貝さんから「買ってはいけない」の改竄について
わたしは「Kazuo Yatagai Web Site"ノストラダまス"」というサイトを作成してい
ます、谷田貝というものです。
わたしも『買ってはいけない』が出た頃から、「なんでこんな本が売れるんだ!」
と腹を立てていた口でして、
日記などで折に触れて書き散らしていたのですが、とうとうこのたびコンテンツのひ
とつとして、「『買ってはいけない』関連サイトリンク集」
http://www.asahi-net.or.jp/~gp4k-ytgi/ikenai_link.htmlというページを作成しま
した。
そして、そちらに西村さんのサイトをリンクさせていただきました。
ところで、西村さんは、『買ってはいけない』が、現在出回っている13刷から、ひ
そかに改竄されていることをご存じでしょうか? わたしはこの情報を、「ニフティ
サーブ」の科学会議室で入手して、神保町の本屋街をはしごして確認しました。
改竄箇所は「正露丸」「マクドナルド」などの項だそうですが、とくに、正露丸に
ついての記述は、そうとう変えられているようです。
1999 8/20号の「買ってはいけない」特集記事に、大幸薬品から「正露丸は抗生物
質ではない。使用しているクレオソートは、木材から作った薬用のもの」という抗議
が載っていたことと関連するようです。確かに本誌特集記事には「改訂します」とあ
りましたが、しかし、肝心のムックには、なんの断り書きもないのです。
改訂版では訂正個所を明示すると同時に、旧版を買った読者の方々にも、何らかの
公知手段をとることが必要ではないでしょうか。
まったく、呆れた話としか言いようがありません。他人を批判する作業をしておき
ながら、自分たちの不手際は、こっそりと書き直しているのです。
かれらに大企業を責める資格があるのでしょうか。
長々と書いてしまいました。これからもご活躍楽しみにしています。
お元気で。では。
つぐみ奴さんから「買ってはいけない」他について
お久しうございます、お元気ですか?
まずはホークス!いいセンいってますね。
なんだか黒いウワサがあったりして、親も今年は100億円の赤字だそうだし、ど
うなるのかなぁって思ってましたが、親が弱ると子はおのずと自立の道を歩むの
でせうか。よかった、よかった。
それにしても関西の黄色い虎はいまだ親が子を
喰いものにしているので、なかなか自力で歩けないみたいです。ま、4位なら上
出来、というのが大方の関西人の大甘採点です。
さてさて「買ってはいけない」です。
ドクターの不愉快を買いそうですが、よく売れてますね〜。
私の周囲でも読んでる人をよく見かけます。
なんでやろか〜、と考えてみたら、この本はマイナスの広告本なんですね。
「買ってはいけない」と言いながらしっかり大手企業の宣伝してはる。
ムック本っていうのが一時流行りましたが、その逆バージョン?
広告というのは企業の手先になってお太鼓持ちするのが基本ですが、こういう手法もあったんですねぇ。
しっかし「これを買ってシアワセになろう」というのならまだしも「これを買うと不幸になる」というのは、あまりいただけません。
大企業を批判するなり、もっと安全な食べ物が他にある、というのなら別の手法もあると思うけど・・・・どうも人間のいちばんイヤな部分を刺激して購買意欲をそそる本だといえそうです。
でも、売れているということは、こういうのを喜ぶお人が多いのですね。
一昨年、ある女性学の先生の講座に出席したとき、彼女が最後に「○○ビールはナントカが入っています、○○には発ガン物質のナントカがあるので買うのをやめましょう。皆さん、大きな企業の情報を鵜呑みにせず、賢い消費者になりましょう」と言うと、やはりみんな「ほ〜」とかって感心してました。相手が「学者」だったりすると、信憑性はものすご〜く高い。講座の中でひとつ、ふたつ、こういう例を出されただけでも「この先生は私たちの知らないことも知っている、やはり学者さんだわ」ということで目覚めて帰る人も多かったみたいです。
「買ってはいけない」の売れ行きを支えているのはこういう人たちなのかもしれないなぁ。あと、消費者運動歴20年、自分でも有機野菜の取り次ぎやってる某活動専業主婦は「よくぞ出版された」と小踊りして喜んでました。彼女、常々この「買ってはいけない」と同じことを言ってましたから。「買ってはいけない」に書かれていることって、決して新しくはないんですよね。
水面下の限られた人々の限られた情報を今回、週刊金曜日がオモテに出してしまったに過ぎない。
しかもドクターの書いておられる添加物や成分に関する難しい点には、化学音痴の私なんぞは「ひえ〜」とバンザイ状態になってしまうのですが「買ってはいけない」はそのあたりをうま〜く、いい塩梅で調味してますね。
意識が高いといわれる女性たちにはもってこいの、ほどよいインテリジェンスが添加されてるのがいいんだろうなぁ。あと、週刊金曜日という小さな、しかし言論の自由を守る(らしい)雑誌が大手企業に噛みついた、そこいらあたりの面白さとかも売れてる原因かもしれませんね。
消費者運動の人たちがよく言う「大資本が市場を押さえてしまっているので小さな良心的な業者の商品が流通ルートに乗らないのはおかしい」というのは、私も本当にそうやなぁ、と思います。でも、その手法として敵の商品に「毒が混じってるぞ」って宣伝してまわるのはどうかねぇ。しかもちゃんと調べたわけじゃなくて、自分の論理に都合のいい情報をそのまま鵜呑みにしてまた別の人に伝えてるっていう点がとても気になります。
こういうことは個人が少人数に口で伝える分には、そのうち忘れられてしまうけれど、天下の(!?)週刊金曜日があ〜んなに立派な本で、すんごい部数を発行した日にゃあ、えらいことですなぁ。
ドクターが書いておられることを読むと「あとで責任とれるんか〜」ってことも考えたりしてしまうし。
広告屋としてはやはりこの本に異議を唱えざるを得ません。
「買ってはいけない」は大手企業の悪口を書くことで世間を味方につけて、しかも不安にさせるという、誰もトクしない本です。大衆を不安に陥れて正義ヅラしてるようで、どーも気になる。
良識の皮をかぶって情報操作して世の中に毒をふりまくようなことをしてるとは言えないのかしらん?(しかし、テレビはこの本についてウンともスンとも言いませんね。民放のスポンサー総ナメやもん、無理ないかぁ。ああ矛盾・・・・)
ドクター、プロの領域で「買ってはいけない」を論理的に“買ってはいけない”ことが立証できたらかっこいいですね。
でもひとつだけお願いでございます、もうちぃっとわかりやすく解説していただけたらうれしいのですが♪
あと、上杉聡氏の裁判勝利、私も気になっていましたが、こちらもよかったですね。
電車の中などで小林よしのりの本を読んでいる人を本当に多く見かけます。
ほんまに「買ってはいけない」のはヤツの本やと思いますわ〜。
この件についても書きたいのですが、いささか長くなりすぎました。
また後日に。
ではでは〜〜〜〜
脱ゴー宣裁判について
多忙と思われるお仕事の傍ら、たえず更新されていくエネルギッシュさには、ほとほと感服いたします。
が、9月1日付の「今日の?」は、少々違和感が残りました。
ホークスの方ではなく(笑)、対小林モノの方です。
西村さんは、
「上杉聡氏は小林ヨシリンの「ゴーマニズム宣言」が、如何に
くだらないかを立証するためにきゃつの書いた漫画を引用した」
とおっしゃってます。
が、くだらないことを立証するためならば何をやっても良い、ということに
はならないでしょう。
(もちろん、西村さんもそんなことは百も承知でしょうが)
私も、小林氏の「戦争論」を見たときには、幼稚だと思いましたし、弁護す
る気もありません。
が、上杉氏のものを読んだときには、こりゃまずいぞ、と思ったものでした。
つまり、「引用」の域を越えていると。
本のどこを開いても小林マンガが飛び出す、という案配では、「評論のため
の引用」というのは、かなり強弁めいてはいないかと。
実際、上杉氏の小林批判文とはあまり関係のないと思えるコマまで、掲載さ
れてます。(つまり、引用する必要のないコマ)
小林弁護側の言う通り、人気に便乗した体裁をとったといわれても仕方ない
か、と。
ということで、「これは漫画に対する自由な評論を封殺するものであり、漫
画という表現の自殺行為なのだが、思い上がったちんぴら=小林よしのりに
は、それがわからなかったのだ。」という結論はいかがかと。(^ ^;
どうも、小林ニクさのあまり、敵の敵は味方、野合も辞さない、という感じ
が受け取れるのですが。
まあ、しかし、ホークス待望のマジック点灯という、心踊る折の文章ですか
ら、そうした精神の高揚時に何かとイチャモンをつけるのは無粋だとはわか
っています。(^ ^;
ご容赦を。
あと、余談になりますが、「戦争論」については、先ほど「幼稚」と書きま
した。
が、個人的には、巷間いわれるように「デタラメ」とは思っておりません。
というより、戦争の「ある1面」をマンガとして派手に描いたものであろう
と。
ですから、そこから抜け落ちている面は多々あろうと思います。
あまたの「戦争論」批判が、「庶民生活の悲惨な面が抜け落ちている」とい
ったものに終始している観もありますが、ないものねだり、でしょう。
(ごく一部のみを描写しているわけですから、それ以外の部分がないのは当
然です)
これまで、戦争話というと、食べ物がなかった云々のしんき臭い話に終始し
ていたわけで、そういった戦争話がでてくるたびに「またかよ」と辟易する
若い世代の者は、少なくなかったと思います。
で、「戦争論」が、これまでの戦記モノでは主流ではなかった部分(戦士の
躍動する魂、わくわくする戦場、など)をあえてとりあげたわけですから、
そうしたロマンティシズムは幼稚であるにしても、一度、思い切って世間に
突きつけるのもアリかな、と思っています。
もっとも、「戦争論」だけではダメで、従来型のしんき臭い話で、これを補
完しなければならないわけですが。(^ ^;みかさんから再び「買ってはいけない」について
ドクターや他の方の「買ってはいけない」批判を読むにつれ、私の考えは少々甘かったかなあという気がしています。
「カウンターブローの思想」のお話は痛烈でした。私なども環境問題や消費者問題について、自分なりに今までに得た知識を周囲の人に伝えたいと思うのですが、中途半端な知識しかなくて突っ込まれるとわからなくなったり、言葉足らずで誤解を招いたり。人にものを伝えることの難しさを日々感じます。
それだけに「買ってはいけない」のような、大企業製品の問題点をわかりやすく伝えてくれるメディアなり、雑誌なりには期待したいところなのですが…。
現状では信頼できるメディアを見つけるのもなかなか大変なようです。消費者にとって、すべての面で本物を見極める目を磨くことが本当に重要な時代になったと感じています。みかさんから「買ってはいけない」について
ちょっと内容的に難しいところもありましたが、ドクターの「骨のある」お人柄が感じられるページで、これからたびたび訪ねさせていただきたいです。
ところで、「買ってはいけない」について、ドクター自身や読者の方がいろいろ言及されていましたね。実は私も買いました。私は一応消費生活アドバイザーの資格を持っているので(といっても、普通の主婦に毛の生えた程度の知識しかありませんが)、内容的には「もう知ってるよ。」という感じのものが多く、目新しいものは少なかった。
実際、この本のなかで槍玉に挙げられているもので、我が家にあるものはほとんどなかったです。(ちなみに、私はアレルギー体質で、特に肌が弱く、さまざまな刺激に敏感に反応してしまうので、特に合成洗剤などは使用しないように気をつけています。)でも、この本がターゲットにしているのは、どちらかというと、ある程度環境問題や消費者問題について勉強した人というよりは、「おもいっきりテレビ」を見て、そこで紹介された商品をスーパーに買いに走ってしまうような人たち。「安心」や「壮快」の読者と言ってもいいかもしれません。そういう人たちに企業やマスコミの流す情報を鵜呑みにして商品を選択することの危険性を知らせる上では結構効果的ではないかと思います。
確かにMiyaさんのおっしゃるように、センセーショナルな文章で消費者の不安を煽る、という手法には問題があると思いますが。ただ、CMなどで、「便利!安い!」と自分たちに都合のいい情報を垂れ流す企業のほうに最大の問題があるように思え、どっちもどっちかなあ、という気もします。
「あくまで冷静になって、危険性と利益のバランスを判断することが重要」というドクターの意見には大賛成です。しかし現状では、消費者がそういう判断をするには十分な情報があるとはいえないのに、「自己責任の時代」とかいわれて消費者に責任を押し付けるような風潮が広まっていることに危機感を抱いています。ドクターはどのようにお考えになりますか?
ところで、私がこの本を読んで、唯一「収穫」だと思ったのは、モンサント社の除草剤「ラウンドアップ」と遺伝子組み換え食品の関係についてでした。GM品の表示についての農水省案が固まった今、この問題については考えてみる必要があると思うのですが…、この点についても、ドクターや他の方の意見を聞いてみたいです。
「買ってはいけない」については、「噂の真相」のたしか7月号でも言及されていて、再生紙を使っているのかとか、インクの毒性はどうなのか、ということを指摘して、「この本の『成分表示』が知りたかった」と書かれていました。ドクターが指摘された「タバコつきの講演会」にも通じる問題だと思います。このあたりが「週刊金曜日」という雑誌の体質を示しているのでしょうか。Miyaさんから「生活改善薬」について
11日の、『「生活改善薬」の胡散臭さ』は、読書感想で、ライフスタイル・ドラ
ッグのことを書いたばかりだったので、どきりとしました。
ニコチン関係では、ドクターがお使いになっていたというニコチンガムといった
ものも保険適用外ですよね。「今日の健康」とかで医者が勧めているのになぜだ
ろうと思ったことがあります。日本ではたばこ問題の認識度が本当に低いとです
ね。最近は、10代の女性層も吸っているので、うっとか思っています。
煙が嫌いなんですよ〜。風邪を引いてごほごほやっているのに側で吸われた翌日
に声が出なくなったことが思い出されます。
それと脱毛と勃起機能不全でも人知れず死ぬほど悩んでいる人もいるのでしょう
から、比べないほうが良いのではないのでしょうか。
(もちろんドクターはそんなこと承知の上で比較されているのだと思いますが)。
同じ扱いをして良いのかという重大性の認識という点では良くわかるのですけど。
未読ですが、文藝春秋に「買ってはいけない」の批判が載っていましたね。どん
なものでしょう。
今後ともよろしくお願いいたします。竹岡さんから本多勝一の件で問い合わせのメール
私が本多勝一を問題にするのは、少なくとも今は、彼に裏切られたからという被害者意識からではありません。もともと私には彼に心酔した時期がありません。彼の文章をまともに読んだのも「週刊金曜日」がはじめてで、「とてもこ
いつは肌に合わないな」と思ったものです。
一方、「更新できませんのお知らせ」には次のような記述が見られます。
私はプロフィールを見ていただければ分かるが、ベトナム戦争当時に青春を迎えた。ベトナム反戦の闘いを一学生として闘い、「インドシナ三国人民の英雄的闘い」に人類の未来をみていた。本多の「戦場の村」を私は新聞の連載でむさぼるように読んでいた。
『戦場の村』を新聞でむさぼるように読んでいたのに、本多さんの文章をまともに読んだのは『週刊金曜日』がはじめてなのですか? 肌に合わないはずの本多さんの文章をむさぼるように読めたというのも辻褄があわないように思えます。些細なことではあるかも知れませんが、どうも私には納得できませんので、よろしかったらご説明をお願いいたします。Miyaさんからのダイオキシンと「買ってはいけない」について
http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/bluesky.html
で記事がありましたのでお知らせします。転載は許可を得て下さいね。
「買ってはいけない」を買ってきました。感想は、またWebに載せますが、すごい
売れ行きだそうですね。簡単には、大げさだけど、何も考えないで品物を買う人
達にはすごいショックな内容だと思います。しかし、一過性の下痢(しかも原因
がわかっている)がどれだけの「危険」なのか示していただきたいものです。
でも数年前にもポストハーベストが騒動になりましたが、こういうのもブームで
瞬間芸なのでは。
平田雅一さんから、豊前市の想い出について
五年前に八屋(旧10号線沿い)に住んでいた祖父母が相次いで亡くなって以来、豊前との縁が薄くなってしまいましたが、インターネットで偶然先生のページに出会い、豊前に対する懐かしさの余りに、メールさせていただきます。
子供の頃は学校の休みにほとんど欠かさず大阪から宇島を訪れていましたので、豊前の思い出は私にとって、とても大切です。 私は1962年生まれで、明神の浜で泳いだり、潮干狩りをしたりしたことも良く覚えています。 市役所が新しくなったのに、八屋中学の校舎が木造のままで、そのころ豊前市が赤字再建団体に指定された時には、田舎の政治の貧困さの象徴のように思ったりしたものでした。 生前の祖父の一族は薬局をやっておりましたので、もしかしたら先生か、先生のお父様と御縁があったかもしれません。
いまでも、祖父の四十九日の帰りに最後ににちりんから見た豊前火力の煙突が目の前にうかびます。 梅雨の豊前は経験がありませんが、もうずいぶん蒸し暑いことでしょうね。
先生のホームページには、阿蘇やアフリカの写真が出ていますが、ぜひ、診療所の周りの写真も入れていただけないか、と思っています。10号線のあたりなど絵にならない、と言えばそうかも知れませんが、きっと、私の歩いたことのあるあたりだと思うので、きっとあまり変わっていないだろうけれど、見せていただければ有り難く思います。
ホームページにある先生の文章も色々読ませていただいて感銘を受けております。また、感想を送らせていただきますが、本日は自己紹介のみで、失礼いたします。
バーバラさんから「買ってはいけない」について
母の姉が亡くなるという不幸があり、すっかりお祝いメールが
遅れてしまいましたが、「お誕生日おめでとうございます」
4月から隔週で、行政主催の「親子スポーツ教室」に通っています。
親子50組が参加しているのですが、今ホットな話題は<買ってはいけない>
少子化で、過保護気味に子どもを育てる傾向が強く、
「ヤクルトを買うのをやめたの」「コーラも怖いのねえ」と、顔を合わす度に
、文字通り、買ってはいけないものが、増えています。
情報源が、平積みベストセラーというだけで、鵜呑みにされていて、
こっちのほうが怖いよ、と思います。
「あんまり、神経質にならないほうが、いいんじゃないかなあ。私、子どもの
頃から、コーラのヘビーユーザーだけど、別に何ともないですよ」
と言ったら、次の教室で「とにかく全部読んでみて」と本を手渡されて
しまいました。^^;;;
子どものおつきあいの手前、とやかく言って疎まれるのも困るのですが、
なにかにつけ、過剰反応の裏にある、個人としての判断基準のなさ、
自信のなさも問題だと思います。 バーバラ
はねこさん、みょうがさん、梓さんから
私の年齢詐称疑惑(笑)について
こらあ、ドクター! 嘘ついちゃいかんよ、嘘は!!(笑)
こほん、
さてさて、49回目の誕生日、おめでとうございます。
これでまたドクターは私より年上になりました。
修学旅行の日程ですが、10月8、9、10日という希望が出て
いますが(みょうがさんは、いつでもオッケー)、ドクターは
いかがですか? お知らせください。
みょうがでございます。
お誕生日、おめでとうございます!
えーっ、三十一回目……? くまのプーさんみたいに、おたじょうび、おた、おた
ようび、おた、おた、って、おたおたしてしまいます。
ドクターは、いつから、お誕生日、数え始めたのですか?
ドクターにメールを送るのは、初めてですね。
でも「今日がお誕生日」と目にしたからには知らん顔できませんもの。
「お誕生日、おめでとーございますうー」(染之助、染太郎風に読んでください)
「うさぎや」の国際部会議の折には、さんざん失礼なことを申し上げたので、ちょっ
ぴり気にしております。
修学
旅行でお目にかかるのを、楽しみにしていますね。
素晴しい☆☆歳になりますように!Miyaさんからの先日来の「超毒物ダイオキシン」について
「検証 エイズの常識」だと思います。時事通信社でした。
以前の中原氏の時も思ったのですが、こういった扇動めいた言論をする方々は、時流に沿って一般受けする本を出しますね。だからそこそこ売れるのでしょう。
それは消費者がああ、やっぱりと思うような不安を煽る文章を書き、結論をぼかすというパターンです。そしてタイトルに「不安」「恐怖」「危険」などがつく。
専門家しか本を書いてはいけないとは全く思っていませんが、彼らの本は、専門家が書くより大げさで売れセンを狙ったのが良くわかる作りになっているのが特徴だと思います。
「不安なバイオ食品」に飛び交う、「絶対」「必ず」「安全ではない」という断定的な書き方には、バイオ食品に不安を持っている私でさえ、おいおいホント?と言いたくなります。
「贋物を見ぬく力」を興味深く読みました。市民のための統計学講座みたいで勉強しました。岩波新書の「ダイオキシン」は以前読みましたが、忘れていました。
役に立ってないですね。(笑)佐野竜介さんから
京都のヘモフィリア友の会について、情報を得ることができましたので、ご報告をいたします。
石田吉明さんの主治医であった関西医大付属洛西ニュータウン病院の上田先生という方からの情報です。
京都の友の会は「洛友会」滋賀は「湖友会」といい、以前は活発に活動していました。しかし、それも石田さんの個人的努力に負うところが大きく、石田さんが亡くなってからはほとんど活動を停止してしまっているとのことです。
まさかと思っていましたが、私の危惧が当たってしまいました。
薬害エイズの傷跡は、こんなところにも深く残っています。
石田さんという方、ほんとに素晴らしい方だったのでしょうね。
7月18日に患者さんの集まりがあるのだそうです。私も足を運ぼうと思います。メグさんから
エイズの授業のお話を読んで、こういう、人が生きていく上で大切なことだけれど親が教えるには生々しくて教えにくいことをお医者さんの立場で教えてくれる授業が必修にならないかなと思いました。私の子供は女の子なので、性に関してもあけすけに話をする関係を築いていこうとは考えていますが(男の子だったら話しにくいだろうなと思います)、世の中そう考える人ばかりではないし、全体でこういった知識を共有する事がエイズという病に立ち向かう武器なのだと思えるからです。どうぞこれからも啓蒙活動(と呼んで良いのでしょうか)にご尽力ください。Miyaさんから
Miyaです。
お元気ですか。リンク集に載せていただいて、ありがとうございます。私もリンクさせて頂きます。
「買ってはいけない」。主婦層に売れているようですね。私は買う気は全然なかったのですが、どれほどのものか見てみたい気もしてきました。
執筆陣は、消費者問題研究家として名前を良く聞く方々です。今日は、図書館で渡辺雄二さんの「不安なバイオ食品」を借りてきました。この方はエイズの本も書いていたと思います。
この類の本って、本当に扇情的ですが、一般受けするので困ってしまいます。神経過敏に騒ぎ立て、それでどうするのかこれからの展望はなしと言うことが多いようですし。
確かに食品添加物とか遺伝子組み換え作物とか不安なことはあるのですが。ドクターはこれらのものに平気ですか?
あ、「日経サイエンス」の読書日記に臓器交換社会が紹介されていました。
今後ともよろしくお願いいたします。ひまわりさんから
こんにちは。こちらではあの大雨から一転、梅雨の晴れ間が続いていますが、お元気ですか。
「福岡HIV保健医療福祉ネットワーク」でお会いできて、すごくうれしかったです。時間がなくて、あまりお話できなかったのが残念でしたけど。大雨にもかかわらず、たくさんの人がいらっしゃったのを見て、HIVは病気としてはいろいろ大変なことがありますが、がんばってくれている人達がたくさんいるという点では、患者、感染者として恵まれているなあと思いました。
また、どこかでお会いできることを楽しみにしています。
お忙しいとは思いますが、天候の不安定な季節、お体大切に。
ひまわり
筒井康隆について
この時の騒ぎは良く憶えています。
筒井文学と言われていますが、凡人の自分には良く分からない所がありますねぇ。
「エロ」で「グロ」で「危ない表現」が多い。
決まって、気の小さい主人公が出て来て、なんかのきっかけで、
女を犯しまくって、日常では口に出来ないような汚い事を叫びまくって、物語は破綻すると言う・・・
「こういうのが文学なんだ」って思いました。
NHKで本人を見た時には、イメージと全然違う人で驚いたものです。
私も4年前に突然「てんかん」を発病しました。
左側頭葉に「てんかん」部位があるそうで、「最近の記憶」が残らない発作が起きます。
現在、投薬により発作を抑える治療をしていますが、
「免許も取られてしまうのでは?」
「結婚もできないのでは?」
「職場も解雇されるのでは?」
「人にも相談できない」
など、色々な悩みを抱えています。
自分が、その立場になってみて感じた事は、
やはり、社会では、まだ病気に対する認知度が低い事でしょうか。
幸い、私の職場では、社長などが理解のある人で「解雇」にならずに済んでいますが、
このような、「文化人」と呼ばれる人の不勉強には呆れます。
「小説は、作家がそれを一つ書くたびに必ず誰かを傷つけているという芸術形式だ」
と言う下りには呆れ果てました。
これは、「いじめ」を推奨していると同義ですね。
世の中には、情けない事に、人をダシにしないと会話ができない人がいます。
自分のボキャブラリが枯れてくると、手っ取り早く「弱い人をつるし上げて」会話を盛り上げようとする輩です。
これは「いじめ」と同じなんですよね。
子供の「いじめ」問題よりズーっと前から、大の大人が「いじめ」を行っていたのです。
筒井氏の言い分は小説のネタとして面白かったら、「何でも有りでやってしまえ」と言っているに等しいような感じがする。
(これが、文学って事?、地に落ちましたねぇ文学って奴も)
パナマよりの手紙
商社で働いており、駐在員として現在パナマにおります。
貴方ホームページに「週刊金曜日」問題で、はじめてたどり着いたのですが、いつのまにか毎日「今日の一言」を読むようになりました。
貴方のハングルの勉強が滞りそうだということで、これはまずいと思い、メールを書いた次第です。
貴方に触発され、何度目になるかわかりませんが、僕もハングルの本を再び手にしました。
順調ではありませんが、毎日なんとかこなしております。
お忙しい毎日かとは思いますが、どうかお続けになってください。
それでは
雑誌二題
はろードクター。
いい気候が続きますね〜。
さっそくですが、私のおすすめ「暇つぶし雑誌」は、小学館発行の月刊誌「サライ」です。タイトルは、砂漠のオアシスにある「商人宿」を意味するのだそうです。
50代を対象にした雑誌ですが、20代の女性にも人気があります。
ちょっと文化人趣味ですが、取材の姿勢がとてもいいのですよ。
たとえば、「おいしい店」の紹介をするのも1年がかりで、客として何度か足を運び、いつも変わらぬもてなしと味の店だけを紹介する・・・という具合なのです。
世の中には、「取材」だからと、ただでおいしいものを食べさせてもらって「よいしょ記事」を書くライター・編集者がいれば、有名人や取材の時だけ丁寧で、一見の客には粗雑な対応しかしない店もあるというのが現実ですが、そういうものとは一線を画しているのが「サライ」です。
初代編集長とお目にかかったこともあるのですが、ナイス50代です。
ではまた〜。
嶋陽市さんより
ドクター(私がこのように呼ぶと怒られそうです。)ご無沙汰しています。
お元気でお過ごしでしょうか?
さて、「いい雑誌、知りませんか」(5月2日記)について私なりに。
クリニックの方に行きもしない患者のくせして、こんなメールだけ送るなんて、なんて失礼なとは重々承知いたしております。
ドクターはこの問題を結構長い間悩んでますね。
週刊朝日を置いたり、置かなかったり。
新聞の種類も何回か変わりましたね。
「週刊金曜日」「エコノミスト」ですか、う〜ん・・・。
ドクターの個人的趣味と言うのは「メモを取りながら読んだり、うなるようなもの」に思えてしまうのは、私だけでしょうか?
さすがに、熱が出たり、具合が悪くてクリニックに来ている患者がこのような雑誌を読むとは考えられないですね。
「どちらかといえば軽め」「毒にも薬にもならない」「暇つぶし」の雑誌と簡単に書かれていますが、結構ハードな条件だと思います。
ドクターにさえ思い浮かばないのだから、最初の条件が厳しいと考えるのが当然でしょう。
「どちらかといえば軽めな暇つぶし」の雑誌(週刊○代・○ライデーなどですか)は、結構下品で「公序良俗」に反するものが多いですしね。でも、これらの雑誌が一番読まれているのも事実です。
ここらで視点を変えてみたらいかがでしょうか?
待合室の雑誌は「ドクターが読むもの」ではなくて「患者が読むもの」ということで、ある程度は御自分の主張に目をつぶるというのも一つの手ではないでしょうか。
美容院のように雑誌の内容についてお客さん(患者)と話をしなければならないわけじゃないし。
だからと言って、「週刊○代」や「フ○イデー」をドクターのクリニックの待合室で見かけるというのもちょっと幻滅しますね。
ということで、私のお勧めは趣味の本(ホビー)ですね。
今なら、ガーデニングや料理の雑誌、タウン誌などですね。これらの雑誌は主張信条などとは余り関係無く、広く読まれるものですね。個人的にはスポーツ雑誌も好きなんですが、サッカーや高校野球に対するドクターの考えを読むとちょっと・・・。
私のこの頃の療養生活(暇です)の中で、これは結構いけると思ったのが、「オレンジページ」「レタスクラブ」などの「生活便利マガジン」と呼ばれるもの。
料理や生活の知恵の類を紹介した雑誌なんですが、これは子供を連れて来たお母さん方に好評になること間違い無しです。それに安価(隔週刊で260円)。
最後にマンガについてですが、あらゆる差別偏見に対して反対しておられるドクターが、自ら「偏見が強くていけない」と書かれているのは感心しません。
現在のようにマンガも一つの表現として認められているのに、マンガという一言でイメージを固定してしまうのはどうかと私は思います。
確かにマンガ雑誌創刊ラッシュで、玉石混交、ひどい作品も多いし、良い作品ばかりを集めているマンガ雑誌はありませんが(これはほかの雑誌も一緒だと思います)、マンガはドクターの世代以降、「暇つぶし」の代表格だったのではないでしょうか。
良い作品を選べば、マンガも結構良いものですよ。
と言っても、待合室という特性上、ストーリー性の強いものは避けて、「くすっ」と笑えるものや、1話完結ものが多いものが良いでしょう。ということで、大人が読むなら「ビッグコミックオリジナル」が良いのではないでしょうか。(かなり私の個人的趣味)
いっそのこと、「安心」や「健康」や「壮快」(530円〜550円)あたりを置いてみますか?「野菜スープ」や「飲尿療法」などの怪しい流行を生み出すことに手を貸す危険性もはらんでいますが、結構この手の雑誌っていうのは、年配の方の家庭に転がっていたりするので、潜在的な読者は多いはずですよ。
しかし、くりにっくの待合室でこれを見た日には、「ドクターご乱心か」(笑)
という噂でもちきりになるでしょう。
長々と戯言を書いてしまいました。
「つまんねー」と思ったらすぐに消去してください。
東京にて療養中の患者より。
E-Mail: pwaaidgp@poem.ocn.ne.jp
無断転載、無断引用はお断りします。