私の闘病日記

8月16日

日曜日とお盆休みが重なったため、高校の同窓会に出席。約30年ぶりに、高校時代に同じ図書部で、いろいろな活動を共にした後輩と会う。そのあと、昼から夜の7時過ぎまで飲む。

8月17日

朝から下痢と腹痛。胃腸薬と下痢止めを飲む。下痢は治まったが、腹痛は少しもよくならない。同窓会で出されたもので食中毒でも起こしたのかと疑う。食欲なし。痛み止めの注射をして診療。ふらふらする。

8月18日

終日腹が痛み、食欲もでない。いたみどめをうって、ふらふらしながら、診察と往診をこなす。幸か不幸か外来患者が少ないため、あいた時間は横になる。

8月19日

夜中に起き出してトイレへ。やけに尿の色が赤いことに気付く。朝風呂に入り、何となくからだが黄色い気がする。食欲なし。午前中診察。10時頃母親に「あんたやけに皮膚が黄色いのじゃない」といわれる。白目を見るとやはり黄色い。「黄疸だ」あわてて肝機能検査をする。肝臓の働きが悪いことがわかる。診察を中止して北九州の病院に入院。検査の結果、胆嚢に石がたくさんあり、一部は、胆嚢と十二指腸をつなぐ「総胆管」という管に詰まっているらしいことがわかった。
何とか手術をしないでうまくいけば2週間で退院という話になる。「絶食」を言い渡される。 困ったことは、講演会の予定をキャンセルすること。翌日21日には、福岡県教育委員会主催の、教員を対象にした講演会あり。急遽、大分の徳田弁護士に代わっていただいた。感謝の言葉もない。

8月20日〜27日

腹痛は治まるが、黄疸は退かず。「ただの胆石か、それとも膵臓癌でも出来たか」と不安になる。「炎症が治まれば、すーっと黄疸も退くはずなのに、不思議ですね」と主治医も首をひねるが、いったんただの患者になってしまった我が身は、うろたえるばかり。入院期間がどれだけ長くなるかわからず、不安が先立つ。
終日点滴。絶食が一週間続いても、不思議に空腹感は感じない。しかしテレビの画面にでてくる、カップ麺だけの貧しい食事にも、「うまそうだな」と思ってしまう。食べ物のコマーシャルには異様に敏感に反応する。
頭も働かなくなるので、テレビ番組も「グルメ旅」などという「軽い」ものばかりを選ぶようになる。

8月28日

逆行性胆管造影。これは、胃カメラを胃からさらに奥に進め、総胆管が十二指腸につながっている「十二指腸乳頭部」から、総胆管に細い管を挿入し、胆管を写す検査である。うまくいけばこの操作を通して、総胆管に詰まった石を取り出そうという処置でもある。
ここまでのことは医者である以上よく理解できていたが、検査を受けるのはもちろん初めて。検査にはたっぷり2時間かかり、その苦しさは想像を越えていた。
「よかったですね、癌はありませんでしたよ」という言葉に一安心したが、結局総胆管に詰まった石は大きすぎて取り出せなかったとのこと。「何度かカメラを飲んで石を砕く方法もありますが」といわれたが、すぐさま「手術でお願いします」と返事する。

9月1日

手術当日。手術の不安よりも、これで退院の見込みがたったことにほっとする。手術後、石を見せてもらう。胆嚢の中に10個、総胆管にも3個の石が食い込んでいた。痛いはず。

9月2日

食事開始になる。うどんを食べたとき涙が出るほどおいしかった。傷は痛むが、胆石症の発作の時ほどではない。

9月3日

思うほど食が進まない。夜間、激しい腹痛と、めまい、冷や汗を自覚。看護婦さんに血圧を測ってもらうと、自分でも低くなっていることに驚く。68しかないと。元々やや高めの血圧だ。ショック状態じゃないかと内心青くなる。

9月4日

部屋の中のトイレまで歩くとふらふらするし、息が切れる。「脈が速いですね」といわれる。微熱もあり。どうも何かおかしい。

9月5日

朝食後、主治医が飛んでくる。朝の採血で、ひどい貧血が見つかったとのこと。緊急検査をするとのこと。「食事はしましたが」というが、かまわないと言う。緊急で胃カメラを飲むことになる。
胃カメラでは、胃の中は古い出血がある。また胃と食道のつなぎ目にさけた痕があり、そこから出血していたようだとのこと。
「むかむかしませんでしたか」と聞かれたが、吐き気を感じたことはなかった。思い出してみると、9月4日の夜中、大きな咳をしたすぐ後に、めまいを感じたが、そのときに出血したのかもしれない。
絶食に後戻り。

9月10日

胃カメラ再検査。胃と食道のつなぎ目の傷はよくなっている。初めてリハビリ用の自転車に乗ってみる。体重は入院前より約5キロの減少。肥満はひどい思いをした割にあまり解消していない。かえって手足の筋肉が落ちているのがはっきり分かる。

9月11日

手術の時胆嚢はとったが、総胆管には管が入ったままだった。この管を閉じてみて、痛みがでないか、黄疸がぶり返さないかを調べる「クランプ」が始まる。いよいよ退院に向けてスケジュールが進む。自転車こぎを続けて、体力の回復をはかる。

9月18日

総胆管にはいっていた管を抜く。一月ぶりに体に管のつながれていない状態になる。

9月21日

いよいよ退院。


今回のことでは反省しきりである。普段からAIDS問題に触れながら、人間とはどれだけfragile、もろいものだという話をしてきた。そのくせ、自分の体はどんなに無理をしても壊れない、病気をしないものだと思いこんでいたようだ。その揚句に多くの患者さんに迷惑をかけてしまった。自分の体をきちんと管理した上で、自分の身の丈に応じた仕事をするようにしたい。
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