オートレース場は全国にたった6場しかなく、競技自体も大々的にメディアに取り上げられることはほとんどない。
そもそも「元SMAPの森クンがデビューするまでは世間に全く認知されていなかった」と言ってもいいくらいである。
オートレースは現在も「公営競技の中で最もマイナーな競技」と考えて間違いないだろう。
私自身もオートレースに関しては素人同然で、レース中の駆け引きはもちろん、予想の立て方さえもよくわからない。
それ以前にバイクという乗り物自体に日頃から好感を抱いていないので、オートレースを観に行くのはせいぜい年に1、2回だ。
それでもどういう訳か、時折“けたたましい騒音に包まれるオートレース場”に無性に身を置きたくなることがある。
決して快適とは言えないが、オートレース場は息苦しい日常を全く忘れ去ることができる不思議な空間なのだ。
(2006.4.26 船橋オートレース場にて)
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<船橋オートレース場> - 2002.1.1 記
船橋にはいわゆる「バイト先」がある。
そこの仕事は午前中で終わるため、土曜ならJRA、平日なら船橋競馬か船橋オートという選択肢がある。
ちなみに、船橋オートの隣には人工スキー場(もう潰れた?)もあるが、私はスキーをしないので全く関係なし。
船橋駅からタクシーで10分強、船橋オートは「オートレース発祥の地」である。
選手層の厚さも、片平、島田を筆頭に全国トップクラス。その割に混雑しないので、ある意味“理想的な競技場”とも言える。
場内の客は「本当にオートが好きなオッサン」という感じの人が多く、中央の競馬場で見掛ける「知ったかぶった若造」はほとんどいない。
また、周辺エリアが整備されているせいか、場内も広々とした感じがあり、非常に気分良く観戦することができる。
今後オートレースを観に行くのであれば、川口ではなく船橋に行こうと思う。
追記)2006年4月の『オールスターオートレース』の際に久々に来場。人工スキー場「SSAWS」は跡形もなくなってました(笑)。
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<川口オートレース場> - 2002.1.1 記
船橋が「オート発祥の地」であるのに対し、川口は今や完全に本家を超えた「オートのメッカ」である。
しかし、埼玉県という土地柄のため、辺り一帯は垢抜けない住宅地。そのせいか、場内も何か狭苦しく感じる。
船橋オート周辺が「整備されたレジャーエリア」であるのとは対照的だ。
1997年7月にはSMAPを脱退した森且行選手がデビュー。
当日はオートレース史上最多の女性客が詰め掛け、場内は異様な雰囲気に包まれた。
3R直前、窓口はかつてない大混雑となり、常連客のオッサンたちが蔑ろにされる無法地帯に。
そして、レースは予定通り森クンが逃げ切り勝ちし、スタンドからは大歓声が沸き起こった。
その後まもなく大半の女性客が退場し、場内が普段の雰囲気を徐々に取り戻していったのが思い出深い。
追記)2007年4月に9年ぶりに来場し、『オールスターオートレース』を観戦するも惨敗。たまには勝たせてくれよ(笑)。
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<伊勢崎オートレース場> - 2004.9.7 記
全国のオートレース場で唯一「ナイター開催」が行われることで知られる伊勢崎オート。
オートレースもナイターだとまた違った趣きがあるので、わざわざ伊勢崎まで行くのなら、やはりその時期を選ぶべきだろう。
もっとも、宿泊には不向きな田舎町ゆえ、東京からだと「少々無理をしてでも日帰り」という事になってしまうが・・。
2004年9月のG1『ムーンライト・チャンピオンカップ決定戦』の際に初めて来場。
土曜日の夜とあって、スタンドには大勢の観客が詰め掛けており、場内は美しくライトアップされていた。
また、レース前の「噴水のショー」をはじめとした、大レースの開催に相応しい華やかな演出も随所に施されていた。
しかし、この日はあいにくの大雨で、レースは雨巧者たちの独壇場。8〜10Rの連複配当は何と120円、130円、130円・・。
車券購入を最後まで続ける意欲は完全に消え失せ、メインの「ドリーム」を待たずして、早々にここを立ち去る事となった。
*注:両毛線は1時間に1本程度しかなく、駅周辺にはレストランはおろかコンビニさえも一切ない。時間を確認してから駅に向かうべし。
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<浜松オートレース場> - 2002.1.1 記
出張で浜松にいたことがある。浜松はバイクの街、楽器の街、鰻が美味しい街。
割と大きな街なのに、「競馬ブック」が店頭に並ぶのは水曜日の朝。競馬をするには不便な街。
職場から車で15分の所に浜松オートがあり、職場のヤンキー姉ちゃんに誘われて行ったのが初めてのオートレース体験だった。
バイクに乗った事もないし好きでもないから、当時はオートレースに関しても何の知識もなく、興味も湧かなかった。
でも、ちょっと意外だったのは、場内の客層が公営競技にありがちな「オッサンばっかり」という感じではなかったこと。
ヤンキー兄ちゃん&姉ちゃんのグループも結構多く、「選手=自分たちの身近なヒーロー」という感覚で声援を送っていた。
1999年2月に仕事で浜松に行った際、3年半ぶりにここに寄ってみた。
その日は『全日本選抜オート』の決勝戦。島田信広が片平巧を抑えて優勝した。
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<飯塚オートレース場> - 2007.11.5 記
全国に6場あるオートレース場の中で、私にとって“最後の訪問先”となったのがこの飯塚オート。
博多から電車で一本とはいえ、結構なローカル線に長時間乗ることになるので、決して身近には感じられない競技場だ。
近年はナイターレースもどきの開催も行われているそうなので、機会があればこれも是非観戦したいとは思うのだが・・。
2007年11月の『日本選手権オートレース』の開催に合わせて休暇を取り、念願の初来場。
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<山陽オートレース場> - 2006.9.20 記
私にとって「最大の難所」と思われたこの山陽オートも、2006年9月の「競艇場めぐり」の際に念願の初来場。
観戦当日は『大塚製薬杯アミノバリューバトル』の優勝戦、しかも祝日とあって、場内は結構な客入り。
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これをもって「オートレース場全場踏破」となった私は、爽やかな秋晴れの下、自らを祝うかのように車券を買い続けた。
こんな田舎町にもかかわらずオート好きのオッサンたちで賑わう場内は、まさに私が望んだ「日本選手権」の雰囲気そのもの。
しかし、肝心の車券の方は、若井友和、永井大介、田中茂らに立て続けに裏切られて、大幅マイナス収支に終わった。
「競馬場全場踏破」を達成した時も痛い目に遭ったが、「記念の日」というのは必ずしも「ハッピーな日」とはならないようである。
オートレース観戦のための遠征は2004年の伊勢崎以来の事だったが、ここはその伊勢崎よりもさらに辺鄙な地にあった。
故に単発で訪れるのは相当に厳しいが、2駅隣にある下関競艇場とセットにすると少し足を運びやすくなるようだ。
それにしても、周囲は本当に何もない農村地帯。ここならいくら騒音が喧しかろうと迷惑を掛ける心配は全くないだろう(笑)。
中津競馬場と伊東温泉競輪場の悪い所を足したような“みすぼらしい競技場”には似つかわしくないほどの活気があった。
しかし、超大型台風通過の影響をモロに受けたこの日は、終始雨が降ったり止んだりしたため、走路が非常に不安定な状態。
結果的に、地元のエース岡部聡が人気を集めた優勝戦が大波乱となり、何とも後味の悪い観戦になってしまった。