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講師紹介


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ゴトウ・タエ FUMIKO 後藤 正義



振付師・スタジオ主催

・日本タップダンス協会常任理事
・日本タップダンス教師会理事
・埼玉県文化連合会理事

【略歴】
・5歳より「石井漢バレエスタジオ」 に入門。
・10歳より吉田タケオ氏に師事
 初めてタップダンスに出会う
・松下電器(ナショナル)
 ポスター・コマーシャル に出演
・日劇18期生として入団
・退団後東宝リオ・ガールズ結成
 芸名タキ・玲子として
 テレビ11P M等に出演
・明治座・帝国劇場・名鉄ホール  等に出演
・ゴトウ・タエコタップ&ジャズダン ススタジオ主催
・ファッションモデル育成指導 
・劇団振付             

【主な出演・振付】
・黒柳徹子出演
 「アニーよ銃をとれ」振付指導
・埼玉県警音楽隊定期コンサート
・TBS各種
・「ヘアー・ショー」
・「カシオ」CM 他多数

劇団東少「ミュージカル」振付


振付師・スタジオ主催

・日本タップダンス協会会員
・日本タップダンス教師会会員

【略歴】
・5歳よりピアノ
 山本教子クラシッ クバレエ門
・10歳より
 ジャズダンス・タップダンス
 同時に各種公演出演
・15歳より芸名FUMIKOとして
 振付を始める
・沖縄タレントアカデミー学院の
 講師を務める
・各スタジオレッスン講師
・studio tafu主催 
・日本音楽高等学校 特別講師
・芸能プロダクション 特別講師


【主な出演・振付】
・眠れる森の美女
・大阪(国際花と緑の博覧会)
・ホテルオークラ
 ゲスト出演
・博品館タップフェスティバル
・各種着物ショーゲストとして出演
・チャリティー公演の振付
・ナショナルタップディ2007・2008
・那覇ハーリー 他多数
・NPO各種イベント
・テレ玉30周年イベント



演出家・企画・構成

・日本放送作家協会会員
・日本脚本家連盟会員

【略歴】
・昭和38年東宝(株)入社
・その後フリー
・東京コミュニケーションアート専 門学校   講師 現在に至る

【主な演出・企画・構成】
・加藤登紀子リサイタル
・日劇
 日劇ミュージックホール演出
・ベトナム日本文化週間公演
・モントリオール
  レーザショー演出
・国際博覧会演出多数
・石川テレビ創立記念
 ドラマ作・演出
・NHK各種 他多数

人は言葉を使う以前から、たかぶる心を本能のおもむくままに、手や身体を激しく動かし、足で大地を踏み鳴らし、恐れや、喜び、祈り、争い、集団の誓い、あるいは愛を表現したことでしょう。
 やがて、そうした行為が一つの型となって「ダンス」というものになってきます。ダンスは人間の本能の表現なのです。
 タップダンスは、タップシューズで板の上に音を響かせ、リズムを表現するダンスです。
足を表現する世界の踊りでは、アイリッシュダンスやオランダの木靴、ロシアダンス、あるいはジプシーによって踊り継がれたフラメンコ。
タップダンスのルーツを探ると足を踏み鳴らし音を出すヴァナギュラーダンスを発展させた国には一つの共通の国情があります。
アイルランド・ジプシー・アフリカなどは欧米の強国によって植民地支配を受け、屈従を強いられた民族であったことです。踊る担い手も人種的にも、社会的にも下層階段の人々であったことです。多くの人が自由を求め世界へ逃れました。
 生活の中で血の繋がりを大切にした踊りには強烈なパワーがあります。
アイルランドの木靴で足を踏み鳴らす踊りは1500年の歴史を持っていますが、技術が複雑になり、木靴から革靴を使うようになり、更に音を出す為に靴底に銅貨をつけて踊るようになりました。
タップチップの誕生です。
1830年頃にはアメリカで最初にタップ・エンタテイメントが登場しました。
1930年エデイ・マックは階段を上がり降りしながらステップを踏むことをはじめました。
また、黒人ダンススター、ビル・ロビンソンによってトゥ・タップが生み出されました。
 エイガ「コットン・クラブ」や「ボードビル」はやがて映画やミュージカルにとってかわり、多くのスターが生まれ名作も誕生しました。
タップは高度な表現手段を持った芸術ダンスともいえるでしょう。
タップダンスは「新しい」「オシャレ」「シティ感覚」「リズミカル」などの要素を持ち合わせた最高の価値ある舞踊として定着したのです。       

―後藤 正義―