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どうしよう。 ここから逃げ出したい。 動けない 暑い日が続く。 夏物の着物だからと言ってもやっぱり汗が流れる。 こんな日には大好きなハーゲンダッツを買って家で涼みながら食べるに限ると、妙は肌が焼けないように日傘を差しながら近くのコンビニまで出掛けた。 「・・・あっつい。」 誰に言うでもなくそんな言葉が無意識に漏れる。 七月半ば、中途半端に雨季の季節である為か湿度は高くじめじめしていて空気が肌に張り付くような気持ち悪さ。 (どうせならカラリと暑い夏に早くなればいいのに。) 今度はため息が漏れた。 重い足取りで歩を進めていると、ふぃに聞き覚えのある声がした。 妙は少し前へ傾けていた日傘を上げると、声のする先へ目を向ける。 「あ。」 妙が向かっていたコンビニの入り口に、暑苦しそうな真っ黒の隊服を来た男が立っていた。 額には汗が流れているのだろう、日差しに反射してキラキラ光っている。 直ぐに誰だか妙にはわかった。 「嫌な人にあっちゃったわ。でも、他のコンビニまで行くのも面倒くさいし・・・。」 そんな事を口に出しながら、妙は自分の顔が微笑んでいるのに気付かなかった。 他のコンビニだって少し前の道を左に曲がって真っ直ぐ行けばある。 ここよりは遠いがそんなに距離が離れている訳ではないのだ。 それを知っているというのに、妙はUターンなどする気がないらしくゆっくりとでも確実にその男――近藤に近付いていった。 だが、ほんの三十メートル手前で妙の足が止まる。 日傘越しから見える妙の目は、合いも変わらず近藤の方に向けられているが大きく見開かれている。 「誰・・・あの人。」 足が地面に張り付いてしまったように、妙はその場から動けなくなっていた。 それでも視線は近藤に・・・そしてその前にいる人物に向けられていた。 長い髪をした、美しく笑う女性が一人。 近藤と楽しそうに話をしている。 妙よりも歳は上なのだろうその女性は、とても知的で大人っぽく一つ一つの仕草が柔らかく色っぽい。 妙の目から見ても、美人だとわかる。 そんな女性と、近藤はどこか恥ずかしそうにそれでいて嬉しそうに話しをしていた。 時折大きく手を上げてみたり豪快に笑ったりしている。 女性の方も嬉しげに笑っている。 傍から見ればまるで恋人のよう。 「・・・なんで・・・・・・動けないの。」 妙は、震える声で呟いた。 歩いて、そしてあの二人の横を通り過ぎてコンビニに入ってハーゲンダッツを買って帰ればいい。 何をそんなに動揺しているというのか。 自分はあんなに近藤からの告白を嫌がっていたではないか。 やっと近藤が諦め新しい人を見付けたのだろうというのに、何をそんなに悲しい気持ちになるというのか。 両手で握り締めている日傘が小刻みに震える。 (どうしよう。ここから逃げ出したい。) そう思っても、やはり足は地面に張り付いたまま動こうとしない。 まるで木が根を張るかのように妙はその場から一歩も動けないでいた。 「・・・苦しい。」 とうとう、妙はその場に蹲ってしまった。 日傘を差したままの姿は、小さい子供がふざけてお気に入りの傘で隠れて遊んでいるようにも見える。 妙は小さくなって日傘で隠れるように動かないでいた。 胸が苦しい、いや違う・・・心が苦しいんでいる。 軽く眩暈を感じ、妙はギュッと目を瞑った。 自分はいったいどうしたというのか、何故こんなにもツラいのか、今の妙にはまだわからなかった。 「あの・・・大丈夫ですか?」 いきなりの頭上からの声に、妙はハッとする。 日傘で顔が見えないが、代わりに膝下が見えた。 黒いズボンに黒い靴。 それだけで、そして降り注いできた声で妙は誰だかわかった。 「大丈夫です・・・ほっといて下さい。」 心を落ち着かせて、一度深呼吸して妙は無愛想に答えたが、それでも声が気持ち震えていた。 「いや・・・でも、なんだかツラそうですけど・・・ってあれ?お妙さん??」 カクッと膝を曲げ、妙が持つ日傘を少し上げて現れた顔は近藤だった。 妙のツラそうな顔と、近藤の驚いた顔が向き合う。 「えぇ!?お妙さんじゃないですか!えぇぇ!?どうしたんですか!!気分でも悪いんですか!??顔が真っ青ですよ!!??」 最初に声を上げたのは近藤だ。 良く通る、それでいて耳に心地良い声が響いた。 「どぉしたんですか!?ほら、こんな所でしゃがんでないであっちへ行きましょう!!?」 促されるまま、妙は近藤の差し出された手を少し躊躇はしたが無言で握る。 ゴツゴツした近藤の手は、とても暖かく妙はなんだか泣きたくなった。 地面に張り付いていた足もなんとか動くことが出来た。 それでも、心は苦しいまま。 「ここに座って下さい。えっと、なんか飲み物でも買ってきましょうか??それともお医者さんに行きましょうか??」 コンビニの前にあるベンチへと妙を座らせると、近藤はアタフタと落ち着きなく妙に声を掛ける。 そんな近藤をよそ目に、妙はじっと下ばかり見つめていた。 手にはまだ差したままの日傘が握られてる。 とうとう耐え切れなくなったのだろう近藤が、頭をボリボリ掻きながら妙の隣に腰を下ろした。 暫くの間、二人は黙ったまま近藤は空を見上げ、妙は地面を見ていた。 ジリジリと太陽の光が容赦なく二人に降り注いでいる。 「近藤さんは・・・今お仕事中ですか?」 「え?」 沈黙を最初に破ったのは妙だ。 いい天気だな〜と関係ない事を考えていた近藤は、いきなりの妙の言葉に間抜けな顔をして聞き返してしまった。 「・・・。」 「えっと・・・はい。実は今巡回中なんですよ。」 「・・・。」 「・・・。」 なんとか答えたものの、妙からの返事は返って来ない。 また会話が途絶えてしまって、近藤はどうしたものかと考えた。 (どうしてだかわからんが、お妙さん元気ないみたいだしなんか気分が良くなるような事なかったっけ・・・。あっそうだ!) そして、何かを閃いたかのように手をポンっと叩くと真面目にでもどこか自慢げに顔を向けて左手人差し指をピンッと上に指した。 「実はですね、お妙さん!俺はさっきここいらで下着泥棒祖をしていた犯人を捕まえたんですよ!それがお妙さんに会うほんの一時間前に!今一緒に巡回していた隊士にその犯人を連行してもらっているんですけど、捕まえる少し前に下着を盗もうとしてましてね。でも馬鹿な事に家の人間がいるのに気が付かなかったらしくてバッタリはち合ってしまったらしいんですよ。そしてもっと運悪い事に被害者の悲鳴が巡回中の俺達に聞こえてしまってそのまま御用!必死に逃げようとしたんですけど、俺の方が足が速かったみたいでまぁ捕まえたって事です!」 一人喋り続ける近藤に、妙は返事一つしないで自分の殻の中にいた。 身体だけここに置いて心が何処かに飛んでいってしまったようだ。 それでも近藤は構う事なく話し続けた。 「そしたらさっき、下着を盗まれそうになった女性の人がお礼を言って来てくれたんですよ!どうやらそうとう被害にあっていたらしくて困っていたそうなんです。俺は犯人逮捕のいきさつを話して聞かせました!そしたらその人は本当に嬉しそうに笑ってまして!」 「え・・・?」 妙が顔を上げて近藤を見た。 「さっきって・・・あの髪の長い人?」 「え?・・・あ、はいそうです。さっきまでここで話してたんですよ!お妙さん、見てたんですか?」 それがどうかしましたかと近藤は首を傾げた。 妙は視線を近藤から離し、焦点の定まらないかのように辺りを見ているがその目は何も写していない。 頭の中の考えに集中しているようだった。 「つまり下着を盗まれそうになったあの人が、近藤さんにお礼を言ってただけ・・・?」 「はい。そう・・・ですけど・・・。」 再度向けられた妙のどこか切なげなその表情に近藤はドキっとする。 「そう・・・だったんですか。」 「はぁ、そうだったんですけど・・・。」 また二人は黙ってしまった。 「・・・そうよね・・・近藤さんに限ってそんな事あり得る筈ないもの・・・。」 少し経ち、妙は一人何かに納得するかのようにブツブツ呟きながら頷き始める。 近藤は訳がわからないと言うように軽く眉間に皺を寄せたが、妙がさっきよりもなんだか元気になった気がしてホッとした。 (いつものお妙さんの顔に戻ったな。) そして、暖かく笑ったが近藤の表情に妙は考えに夢中になって気付かない。 暫くして、妙の中で考えがまとまったのかいつものお妙スマイルを近藤に向けると、 「私、ハーゲンダッツを買いに来たんです。」 そう言ってスクッと立ち上がってりンビニの入り口に向かい始めた。 「え!気分はもう大丈夫なんですか?」 「えぇ、もう大丈夫。ちょっと休んだあら治ったみたい。」 困惑する近藤に対し妙はどこか嬉しそうに笑っている。 足取りも軽そうだ。 (そうよ。近藤さんに限ってあんな美人な人が恋人になるはずないじゃない。私ってばきっとビックリしちゃっただけなのよ。近藤さんとあの人じゃあ犯罪モノだわ!美女と野獣・・・いや、美女とゴリラね!) そうよそうよと何やら一人納得したお妙は、心のつっかえが取れたかのようなすっきりとした表情になっている。 それでも、ただそれだけであんなに苦しくなるなんて・・・と一つだけ疑問は残ったままだったが、そこはもう深く考えないようにした。 コンビニへと入って行く妙を見つめたまま、近藤は固まっていた。 「女の人ってやっぱり謎だ・・・。」 なんだか少し空しい気持ちになる。 こんなんで自分は結婚出来るのだろうかと不安にさえなってきた。 が、コンビニの入り口から妙がヒョイっと顔を出して 「近藤さん、お礼と言ってはなんですが良かったらハーゲンダッツ食べませんか?」 と笑顔で話し掛けて来るとさっきまでの気持ちはどこに行ってしまったのか。 「マジですか!?もちろん喜んで!!?」 近所迷惑とばかりに大声で叫ぶと妙の後を追うようにコンビニへと消えて行った。 その数分後、調子にのった真選組の近藤局長がコンビニのガラスを破って吹っ飛んでいた。 戻 |