オレゴン(Oregon)が好き    オレゴンの歴史
Top
+オレゴンってどこ?
+オレゴン一般情報
+オレゴン見所情報
+オレゴンの歴史
+オレゴンの風景写真
+日本でオレゴン
+リンク集
+管理者について

Oregonの歴史

はるか1万3千年前に遡るが、この頃、モンゴルからシベリアとアラスカを経由して、最初のアメリカ先住民が北西部にやってきた。先住インディアンの古い壁画や伝説・言い伝えから、オレゴンが海、火山そして雨(今でも変わらないかも)によって形成されてきたかがわかる。オレゴン州で現在でも使われている場所の名前はインディアンの部族の名前からきているものが多い。Willamette、Multnomah、Clackamasなどがその代表例である。

その他の代表的な先住民といえばChinook(チヌーク)、Yakima(ヤキマ)、Modoc(モードク)などが挙げられる。その後、オレゴンの地域が先住民以外の人間に発見されるのは何百年も先のことである。1542年から翌年にかけてスペインの航海士メキシコからオレゴンの南端付近までを発見。1579年にはイギリス人のドレークが北部沿岸沿いを航海している。1778年にはイギリス人クックがアルシー川河口付近のオレゴンコーストを発見する。その後10年間、イギリスとアメリカの船が太平洋北部沿岸に到来している。

1788年、アメリカ人ジョン・グレイ船長率いるアメリカ船レディー・ワシントン号の乗組員たちが、白人としては初めての上陸を果たした。スペイン人やイギリス人の航海士の間で半ば伝説化していた「great river of the west」は、グレイ船長による92年の2回目の航海時に発見された。その時の船名から、その大きな川はColumbiaと名づけられた。

この発見により、当時の合衆国の大統領であったトーマス・ジェファーソンは、1804年にこの地域を詳しく調べ、北西部へのルートを見つけるための探索隊を送り込む。これがオレゴンの歴史の中ではおそらく一番有名なルーイスとクラークのオレゴン街道の旅である。この旅とグレイ船長の報告にもとづき米国はのちにコロンビア川流域を自国の領土と宣言。

1811年にパシフィック毛皮会社がアストリアにコロンビア川流域における交易所を設立した。その後、毛皮会社や狩猟で商売をする人たちが流入。ジョン・マクラフィン氏率いるThe British Hudson's Bay Companyが経済の中心となった。毛皮会社を中心に経済は回り、彼らによって当時のオレゴン地域の中心地がオレゴン・シティーに設立された。

この地の領有をめぐってアメリカとイギリスは交渉を重ね、1818年に10年間の共同占有で合意した。

アメリカ人の組織的な移民が始まったのは1840年代になってからである。東の州からのパイオニアたちやニューイングランドからの船を使った商人たちが続々と流入。あっという間に人口を増やしていった。ミズーリ近辺から西オレゴンまで2000マイルの旅。ほとんどの移民者は土壌の豊かなウィラメットバレーに落ち着く。この頃、アメリカはイギリスに領有権の放棄を要求しはじめており、1846年に両国はオレゴン協定を締結。現在のカナダ国境を境界線とすることに合意。その後、オレゴンは合衆国の準州になった。この頃はロッキー山脈から太平洋までの地域、現在のワシントン州、アイダホ州、モンタナ州、ワイオミング州の一部を含んだ大きな州であった。

多くの移民者がオレゴンにやってきたが、1849年にカリフォルニア州で金脈が発見されると、人々は金を求めて大量に流出してしまう。これを阻止するため、1850年に開拓者に無料で土地を解放するという土地寄付法が制定されてから再び人口は増加(そりゃそうですよね)。1859年2月、オレゴンは州に昇格する。

やがて南北戦争が勃発するが、そのために移民者の数が減少したわけでは決してなかった。金脈発掘、土地の無料開放は人々を魅了した。1841年から1860年までの間に、多くの人がミズーリから西オレゴンまでの2000マイルのオレゴン街道の旅をした。その多くは土地が肥沃なウィラメットバレーに居住した。金脈は海側や高地に発見され、それに伴い人も移動していったが、後にそれが先住民との争いを引き起こすことになる。数年に及ぶ交戦の末、先住民は半ば強制的に特別居住区(reservations)へ移されることになる。

1870年頃、ユニオンパシフィック鉄道が完成してから農業や林業は水路を必要としなくなった。陸路があるからである。1900年までに口は4倍に膨れ上がる。車の出現により都市部の発展は加速する。30年代以降に実施されたダムの建設により、灌漑用水と低コストの電力が供給されるようになり、農業と林業はさらに発展する。また、東部の木材不足により、オレゴンの林業は潤うことになる。第二次世界大戦後の1956年には天然ガスが導入され、産業の発展、人口増加はさらに進む。

1960年代には森林資源をより効率的に利用する方法が開発されたが、産業側と環境保護者の間に森林保護をめぐる対立が生まれる。未だに完全な解決はない。

初期のオレゴニアンのパイオニア精神や自然を愛する精神は今でも受け継がれている。人々は常に自然を考え、都市部の便利な生活と豊富な自然といかに共存していくかを心得えながら生活を営んでいる。

アメリカ西海岸にあるオレゴン州は海、川、湖、山が美しい場所です。一度行ったらその魅力のとりこになる人もとても多いのです。

Copyright 2004 Gorin All Rights Reserved