
所 在 地 ドイツ・バイエルン州ノイシュバンシュタイン
(上の地名をクリックして下さい。地図が表示されます)
ドイツ観光といえばロマンチック街道、その終点を飾るハイライトがノイシュバンシュタイン城です。
ライン川沿いや古城街道にあるような、歴史を感じさせるレンガ造りの城こそドイツっぽいともいえますが、ノイシュバンシユタイン城は未完のまま築城が中断されたとはいえきれい過ぎるほどきれい、時期的にも中世から近世へと移り変わる比較的新しい時代の城です。
中世の戦争とは無縁の夢の城・・ともいえますが、若き王が中世騎士道の話にあこがれ、ワーグナーを愛好、庇護し「タンホイザー」や「ローエングリーン」などのオペラの世界にはまったうえに夢を実現した城こそイシュバインシュタイン城でもあります。
1999年10月15日から22日まで8日間、ドイツのロマンチック街道とスイス・アルプスの登山鉄道をメインにしたパックツアーを楽しんできた際に、このノイシュバンスタイン城を訪れました。
ツアー全体としては天候に恵まれていたのですが、この城を訪れた5月18日はなんと濃霧、城の全景はもちろん近寄っても霧にかすんだ城壁などしか見られませんでした。
親戚のものが行ったときは好天できれいな城が見られたとのことで、全景写真(右上の写真)を一枚借りて掲載します。これ以外は残念ながら霧の中に浮かぶ城の写真ばかりです。しかも昔のネガ・フイルムからスキャンした写真とアナログのビデオからキャプチャーした写真ですからお粗末なものばかりです。

築 城 1869年、ドイツ・バイエルンの若き国王ルートヴィッヒU世はオーストリア国境に近い東アルプス北麓のアンマー山地の急峻、堅固な岩山の上にノイシュヴァンシュタイン城の建設を始めます。当時28歳でした。
1873年に城門館が、10年後には本丸が完成し1884年、ルートヴィッヒU世は本丸4階の王の住居に入りました。
城の建設費が財政を圧迫、借財が増えました。これが原因でしょうか、国王は「狂気」という名目で無理矢理退位を迫られ、1886年、湖で死体となって浮かんでいるのを発見されました。自殺? それとも暗殺? 今も謎のままであり、城は未完成のまま残されました。

騎士の館 城の見学には城を半周する通路にしたがって城を見上げながら城門館まで進みます。
その途中で見られる騎士の館が左の写真です。
城はすべて煉瓦造りです。石灰石板で化粧張りがしてありますので別名白鳥の城ともいわれるように白っぽく見えます。
右の写真は本丸を見上げたところです。画面右上の尖塔があるあたりが玉座の間で、その左の方に吟遊詩人の間が連なっているはずです。

城 門 館 騎士の館を右に見て少し進みますと城の正門・城門館です。右の写真でも分かるように、この城門館だけ外壁が赤くなっています。煉瓦がむき出しか、それとも化粧板の材質の違いでしょうか。
築城工事で真っ先に出来たのがこの館で、王はこの館に仮の住居を造り建築状況を日毎に眺めていたとのことです。
工事には蒸気機関のクレーンも使われたといいますから当時の先端的な重機、工具が取り入れられていたのでしょう。
また出来上がった城もなかなか近代的な面があり、本丸全体はセントラルヒーティングで暖房、各階には水道が通じ電話も設けられていました。

城門櫓を入ったところの中庭から本丸を 城門をくぐり1階中庭から本丸を見たところが左の写真です。
写真中央の手前に張り出したところから正面奥の本丸に向かっては2階中庭です。
張り出した部分を含む中庭の3分の1くらいを土台にして城のシンボル・天守が建てられるはずでしたが王の死去により着工されませんでした。
出来れば高さ90メートルの雄大な建造物になり、優雅さに加え威容もある城になったことでしょう。

城内は撮影禁止 本丸の建物は1−5階となっており、1階中庭から2階に上がり赤の廊下を通って城内・本丸に入ります。残念ながら、この赤の廊下に入ってからは写真、ビデオともに撮影禁止でした。右の写真は赤の廊下に入る手前で写しました。
玉座の間、吟遊詩人の間など 2階には使用人の部屋などがあり、3階は未完成でしたので公開されておらず螺旋階段を通って4階に上がります。
4階には玉座の間、王の居間、食堂、書斎などがあります。玉座の間に肝心の玉座がないのは王の死去により玉座の製作契約が破棄されたためです。
また居間にはワグナーがオペラにしたことでも知られる「ローエングリーン」伝説がテーマになった壁画があり、各部屋にも騎士にまつわるいろいろな絵が飾られていました。
5階は吟遊詩人の間、そして4階の玉座の間の吹き抜け部分である5階には回廊が作られています。

ガイドブックにあった玉座の間の写真 豪華な城内、数々の絵画に飾られた室内の写真が撮影禁止で1枚もありませんのでガイドブックからコピーしたものを掲載します。
左のコピーで大きく出ているのは玉座の間の写真、右端に小さく何枚も出ているのは壁面を飾っている絵画です。
調度、家具には大理石、金などがふんだんに使われています。シャンデリアにまで宝石の飾りがついているとのことです。
中世の城といいながらなかなか近代的な面があり、本丸全体はセントラルヒーティングで暖房、各階には水道があり電話も設けられていました。
城は霧の中・・・マリエン橋 城の見学には麓の町からシャトル・バスで山の中腹まで上がります。歩いても10数分でしょう。途中で城を見る絶景りポイントに立ち寄ります。

右の写真のように山側に、あるいは両側に石垣が築かれているなだらかな坂道を数分歩くとマリエン橋です。両側の紅葉がきれいでした。
写真でもお分かりのように霧です。橋に近づくといっそう霧は濃くなり、橋の上からは全く何も見えませんでした。

この橋からの眺めが、このページの一番上にある写真です。
ガイドブックや観光案内には決まってこの橋からの写真が使われています。
この橋は高さが100メートル近くもあり、城はもちろん足下には紅葉、滝も眺められという絶景のポイントですが全く見られないとは何とも残念でした。

のんびり馬車で登城 私たちパックツアーの一行は麓から下の写真のようにシャトル・バスに乗り中腹まで上っていったのですが、右の写真のようにのんびりと観光客向けの馬車を利用するという方法もあります。

個人で観光に来ている欧米人には好まれているようです。乗っている人の中に日本人らしい顔は見当たりませんでした。
城からの帰途は馬車の通るなだらかな坂道を徒歩で降りるのですが、馬の糞があちこちに落ちていたのは世界的な観光地だけになんとも興ざめでした。

駐車場脇のみやげ物店 私たちが乗る観光バスの駐車場脇に左の写真のように大きなカフエ・レスト兼土産店がありました。

写真中心の案内書 薄ら寒い天気でしたしバスの発車までの時間、暖房のよく効いた店内であれこれ土産物などを見ていました。
その際に右の写真のような写真中心のガイドブックを買いました。各国語ごとに何種類か発売されており、旅行記を書く際の参考にと1冊購入したのです。
このガイドブックの表紙の写真を見ているとディズニーランドのシンデレラ城のモデルになったということがよく分かります。
玉座の間の写真は、このガイドブックからコピーしたものです。20ドイツ・マルクでした。その当時、1マルクがいくらだったか、ちょっと思い出せません。何しろ10年前のことですから・・・。
それに、いまはマルクそのものがなくなり、ユーロに切り替わっているのでした。もっともドイツに行けばユーロに換えられるようです。現在の為替レートでは1300円くらい?
10年前のことを思い出しながら、この旅行記を更新しました。
写真は1999年10月18日撮影。
2007年11月12日記す。
2009年5月18日追加更新。
