二条城

所 在 地 京都市中京区二条通堀川西入ル二条城町
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築  城 二條城という名前の城は、永禄十二年(1569年)織田信長が将軍足利義昭のために築いたのが最初です。さらに信長は別の地に二條御所として城を築きますが、この2つは焼失、現在の二條城は関ヶ原の戦いの後、徳川家康が築城したものです。

 慶長6年(1601年)家康は京都守護、上洛時の宿舎として西日本の大名に築城を命じ、同8年(1603年)現在の二の丸部分が完成しました。その後、家光が伏見城の遺構を移築するなどして寛永3年(1626年)に完成しました。

遺  構 二の丸御殿(国宝)はじめ唐門(国宝)、東大手門、東南隅櫓(いずれも重要文化財)など、また二の丸庭園、外堀、内堀があります。本丸御殿(重要文化財)は明治末期に京都御所にあった旧桂宮御殿を移築したものです。

 右の写真は二の丸御殿の玄関、車寄せです。見学もここから入ります。



特  色 天守閣は残っていませんが、豊臣秀吉が残した伏見桃山城の遺構の移築、家康の建てた武家書院造りの御殿、家光が作らせた絵画、彫刻などが一体となって桃山時代の様式を今に伝える見事な城郭です。

 家康と豊臣秀頼の会見、二の丸御殿での大政奉還など歴史上の重要な舞台にもなっています。

 左の写真は二の丸御殿で、左手前から大広間、式台、遠侍の各棟で、写真では見えませんが右端の遠侍の棟の右に張り出して車寄せが付いています。




外堀、内堀、隅櫓など 城への入り口は東大手門です。右の写真は東大手門前から外堀、東南隅櫓を見たところです。

 写真の左手、奥の方から隅櫓、堀、石垣、東大手門を見るのが一番お城らしいビューポイントです。












 左の写真は内堀です。二の丸庭園を突き切って東橋を渡り内堀を越えると本丸です。

 二条城は東西に長い矩形をしていて外堀に囲まれています。その中の西寄りに内堀に囲まれた本丸があります。




 家光が増築した本丸には西南隅に伏見城から移築された5層の天守閣がありましたが、雷火で焼失、また御殿もその後焼けてしまいました。

 現在の御殿は移築したものです。

 右の写真はその天守閣跡、下の写真は天守閣跡から本丸御殿を眺めたところです。













写真はいずれも2000年2月28日撮影。
2000年5月20日記す。