彦根城(国宝) =その1=




所 在 地 滋賀県彦根市金亀町1−1
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築  城 関ヶ原の合戦で軍功を上げた井伊直政が石田三成の所領だった近江の国を与えられて佐和山城に入りましたが、中世の山城で不便な上、鉄砲主体の時代に移っていましたので新しい城の構想を立てたのが始まりです。

 その子・直継が慶長8年(1603年)に琵琶湖岸の金亀山に着工、徳川家康が西への抑えとして重視し、伊賀、伊勢、尾張、美濃、越前など7カ国、12大名に助役を命じて普請させました。
 20年掛けて井伊直高の時代・元和8年(1622年)に完成しました。



遺  構 3層の天守はじめ天秤櫓、太鼓門、西の丸三重櫓、二の丸佐和口多聞櫓、馬屋などが残っていて、天守閣は国宝、別名で金亀城といわれます。

特  色 天守閣は大津城、天秤櫓は長浜城、太鼓門は佐和山城、西の丸三重櫓は小谷城から、それぞれ部材を取り入れたり移築したといわれ、天守閣は切妻破風、千鳥破風、唐破風を各階に取り入れた華麗な平山城です。

 左の写真は太鼓門を入ったところから見た天守です。

平成の大修理 平成6年7月から11年末に掛けて総工費約5億円、34年ぶりという大改修が行われました。

 全瓦屋根の7割、約4万枚の瓦が張り替えられ、シャチには金箔が張り直され、白壁なども修理されました。
 シャチ、破風の金具などがまぶしいばかりの輝きを見せています。



 城への入り口は大手門と正門、それに黒門がありますが、正門を入ったところには井伊家代々の宝物などを展示する博物館などが建っています。

 この博物館を右手に見て入城、だらだら坂を上がりますと左に曲がったところに廊下橋(右の写真)の架かっているのが見られ、石垣の上には天秤櫓(写真の右側に見える)があります。

 橋の下をくぐり抜け、左へ、左へと回りながら坂道と石段を上がりますと廊下橋に出ます。ここまで敵に攻め込まれたときには廊下橋を落として進入をくい止めるわけで、実戦的な作りがよく分かります。






 天秤櫓を抜けるともう一つ櫓があります。太鼓門櫓です。ここで太鼓を打ち鳴らしたのでその名があります。それをくぐってやっと天守にたどり着きます。










 城をぐるりと取り囲む内堀、その少し外側の中堀もきれいに残っていて、現在は堀に沿って道路があり、道路わきには桜などが植えられています。

 左の写真は内堀の大手門側にある木造の橋・大手門橋です。





 内堀と中堀の間になりますが、正門前の駐車場に使われている一角に馬屋があります。元禄時代に建てられたもので、城主の馬が常時、10数頭は飼われていたという馬小屋です。

 佐和口多聞櫓もこの一角です。


写真はいずれも2000年2月28日撮影。
2000年3月13日記す。   




 彦根城 =その2= に続く。