越前大野城



所 在 地 福井県大野市城町3番109号
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別  名 亀山城

築  城 安土桃山時代の天正3年(1575年)織田信長により越前国大野郡に封じられた金森長近が、その翌年の天正4年(1576年)大野盆地の亀山に築いた平山城が始まりです。

 長近は、在城11年で飛騨高山に移りましたが、この間に城郭、城下町の基本が定まっています。

 その後、城主はたびたび交替していますが、江戸初期には松平氏、その後の天和2年(1682年)に土井利房が入城し、明治の廃藩まで土井氏が城主となりました。

構  造 望楼付き2層3階の天守に2層2階の小天守、天狗櫓などがありました。もっとも、城郭は何度か焼失しています。天守も安永4年(1775年)に焼けましたが、その後再建されました。

 現在の天守は昭和43年に往時を推定して、残っていた野面積みの石垣の上に再建された2層4階の鉄筋コンクリート建てです。内部は城、城下町、金森長近、土井家に関する資料室となっています。

遺  構 石垣の他、本丸跡、不明門、鳩門があり、再建された天守とともに城のある亀山は亀山公園として市民の憩いの場所になっています。
 春には桜祭りが開かれにぎわいます。公園内には蘭学を奨励した城主土井利忠や金森長近の銅像などが立っています。




展  望 天守閣は周囲の平地から75メートルほどの高さがある亀山の頂上(左の写真)に築かれていますので盆地のどこからでも眺めることが出来ますし、天守の望楼(下の写真)からは市街が一望できます。




 下の写真・左は天守の望楼から西の方角を、右は東の方を見たところです。右の写真の右の方、方角でいえば東南の方が現在の市街地の中心になります。


 下の写真は望楼から南の方角を見たところです。

写真はいずれも2000年4月17日写す。
2000年5月5日記す。