高根城 =その1=


所 在 地 静岡県浜松市天竜区水窪町地頭方
  (上の地名をクリックして下さい。地図が表示されます)

築  城 静岡県遠江地方の最北端・長野県境に接する位置にある山城です。標高420メートル、登城口からは150メートルほどの高さの通称三角山の山頂に築かれています。室町時代後半、地元の国人領主奥山氏によって築かれたのが始まりです。

 当初は今川氏配下になっていましたが、今川氏の衰退と共に武田方に属し、南下する武田勢の中継地点になり、武田信玄、勝頼親子によって大改修されましたが、武田氏滅亡と共に廃城となったようです。

 平成6−11年に本曲輪を中心に発掘調査が行われ、この調査に基づいて平成15年に全国的にも珍しい戦国時代の山城として櫓、門、土塁、堀などが復元されました。
 左の写真は登城路の大手門前から見た城郭です。

登城ルートと城址の概略図
下の図をクリックしてください。別のウィンドウに大きい図が表示されます。







遺  構 曲輪、土塁、空堀など。

復元建造物 平成15年に調査結果に基づいて礎石建物1棟、掘立柱建物1練(井楼櫓)、城門4基、堀切、柵列、塀などか復元されました。

別  名 久頭合城、久頭郷城

新東名高速が開通したので 名古屋−浜松はさほどと遠くないのですが、そこからさらに長野県境までとなるとかなりの距離になり登城がためらわれていました。2012年4月半ばに新東名高速道が開通し少しは近くなったので新高速道の走り初めを兼ねて高根城を探訪してきました。
 それにしても新東名高速道の浜松浜北ICを降りてから城のある浜松市天竜区水窪町までは天竜川沿いに、途中から支流の水窪川沿いになる国道152号で約50キロ、1時間30分は掛かりますから走り応えはありました。

山道を15分登って 城のある山の麓には登城者用の駐車所があり、そこに下左の写真のような立派な説明板がありました。このページの解説はその説明板の記載を中心にしています。


 上右の写真のような登城路を約15分ほど登らなければなりません。道は途中からコンクリート製の擬木で固められ所もあり、さほど登りにくくはありませんが、ハイキング気分で簡単に・・とはちょっといかないでしょう。

秋葉街道、水窪川を見下ろす要衝 下左の写真は山頂にある主郭・・・一の曲輪に入る直前の見晴らしの良い場所から眼下を見下ろしたとところです。山々の連なった先は長野県信州です。画面中央に少しだけ水窪町の市街地が見られます。



 撮影位置を変えて水窪町を見下ろすようにカメラを少し望遠にして撮ったのが下右の写真です。天竜川支流の水窪川、国道152号・秋葉街道、それにJR飯田線が並行して画面下の下流側から画面上の長野県に向かって走っています。

 両側には急峻な山々が延々と連なっています。
 














 武田勢はこの山間のルートを抜けて遠州に攻め入っていたというから驚きです。高根城はこの要衝を守る堅固な城だったといえるでしょう。







大 手 門 登城路を登り詰めると、左右の山林はなくなり視界が開けると共に、このページの一番上の写真のように山城の全容が見えてきます。

 左の写真が大手門です。下の写真は門を入ったところです。
















物  置 右の写真は大手門から見た主郭の内部・・・ーの曲輪です。入って直ぐの左側にあるのは物置だそうです。兵糧などが蓄えられていたのでしょうか。

 入ると直ぐ右手には狭間のついた土塀が通路に沿って延びていました。赤土が塗られ木の屋根がついています。塀の外は急な崖になっていますから防御効果は十分でしょう。


写真はいずれも2012年4月27日撮影。
2012年4月29日記す。
2012年9月21日追加更新。



 高根城 =その2= に続く。