躑躅ヶ崎館



所 在 地 甲府市古府中町2611
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築  城  永正16年(1520年)甲斐守護の武田信虎が建造し、その子信玄、孫の勝頼という武田氏3代の居館です。
 現在は居館跡全域が武田神社となってい います。

 武田信玄の業績などを記した「甲陽軍鑑」にある有名な言葉として「人は城 人は石垣 人は堀」というのがあり、信玄の言葉といわれています。

 その言葉通り信玄は人心を掌握して鉄壁の守りを敷いており、城は築いておりませんので居館が武田氏の城といえるでしょう。

 一応城らしいところといえば堀があり、土塁が周囲を固めているぐらいです。



遺  構 現在残っているのは堀と、それに沿って作られた土塁だけです。

 上の写真は居館跡の南側にある堀と土塁(写真の右側の盛り上がった部分)で、朱塗りの橋は武田神社への参道です。

 右の写真は参道にあるその朱塗りの橋から見た堀と土塁です。








 左の写真は朱塗りの橋を渡って武田神社の境内、ということは居館跡に入るところですが、居館跡は南北193メートル、東西284メートルという広いものです。

 内部は、東、中、西の3つの曲輪にわかれています。この居館を取り囲んで堀、土塁がありわけですが、戦国時代のものとしては要害堅固なものとはいえないでしょう。







 左の写真は居館跡の中央に鎮座する武田神社本殿です。











城下町 武田氏三代にわたって甲斐の中心であり、信玄時代には中部地方の大半を支配下に置く大大名だったわけで、その威勢を示すかのように居館を中心にした城下町もよく整備されていたようです。

 当時の町割りといまの町がどうなっているかよく知りませんが、右の写真は武田神社の鳥居の下に立って、まっすぐ南に延びる武田通りを眺めたところです。

 この武田通りを約2キロほど進むと道は鍵の手に曲がり、やがて左手が舞鶴公園・・甲府城址となります。

写真はいずれも2002年2月13日撮影。
2002年2月18日記す。