
所 在 地 三重県鳥羽市鳥羽、城山公園
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別 名 錦城、二色城
歴 史 伊勢、志摩の水軍をまとめて活躍した、いわゆる九鬼水軍の本拠地が鳥羽城です。波切の城主であった九鬼嘉隆は伊勢国司北畠氏の助けを得た志摩七党に攻められ、一時安濃津に逃れていました。その後、織田信長の助けを得て志摩に戻り志摩七党を打ち破って橘宗忠の居城鳥羽城を奪い、永禄元年(1558)ここを居城としました 。
さらに志摩の各城を攻め落として志摩を平定し、織田、豊臣の時代には水軍の将とし各地で活躍しました。文禄3年(1594年)には、鳥羽城を大修築して三層の天守を築いています。
特 徴 鳥羽湾に面した断崖の上に立つ浮城、水城で、大手門は陸の方ではなく海に向かって造られていました。
本丸、二の丸、三の丸が設けられ、水門が4箇所に、城門は6箇所、櫓は13あったといわれています。
遺 構 明治維新の廃藩により城は取り壊され、跡地には市役所、小学校まなどが建てられました。現存するのは縄張、本丸北門跡の石垣まなどだけである。
本丸跡は旧鳥羽小学校のグラウンドになり、二の丸跡は城山公園として整備され、市民憩いの場となっている。大手門は現在の水族館敷地あたりになるとみられます。
写真は近年整備された三の丸跡から二の丸、本丸を見上げたものです。観光客たちの入り口になっており、築城、歴史などを説明した幾つかの案内板が設けられ、本丸への石段も整備されています。
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写真はいずれも2011年3月10日撮影。
2011年3月18日記す。
