津城


所 在 地 三重県津市丸の内27
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別  名 安濃津城(あのうつじょう)

築  城 古くは長野一族が築城したといわれるが詳細は不明です。天亀年間、織田信長の弟・信包が5層の天守を持つ城を作りましたが、関ヶ原の戦いの際に焼失しました。

 関ヶ原合戦後の慶長13年(1608年)藤堂高虎が伊勢、伊賀を与えられて安濃津に入り、津は居城、伊賀上野の城は戦いの城として整備しました。しかし、天守閣は再建されていません。
 この城も寛文2年(1662年)に西の丸を除いて全焼しています。

 現在、城址は公園となり、一角には昭和33年(1958年)に復興された隅櫓があります。



見  所 築城の名手といわれた高虎の城ではありますが、津城は居館的な色彩が強かったようです。
 それにしても今に残るきれいな石垣、内堀などからは名城らしい雰囲気が伝わってきます。
 高虎という城主に対する先入観からでしょうか。

 写真は今に残る石垣と内堀、右端の遠くに見えるのは今の津市の城ともいえる津市役所です。





 津藩は徳川300年を通じて藤堂家が統治し、津城も藤堂家の居城でした。津では高虎は藩祖として敬愛されています。

 公園の東側入り口、隅櫓を右に見ながら公園に入りますと洋風の庭園で、ここに高虎の騎馬に乗った像が建っています。それを抜けると今度は日本庭園です。

 公園が本丸跡、日本庭園が西の丸跡ですが、それらしいものは何もありません。

写真はいずれも2000年2月21日撮影。
2000年3月13日記す。