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「ずっと前から好きだった」 唐突な言葉に声が出てこない。 まさか、そんなことをエドワードが思っているなど正に寝耳に水だった。 毛嫌いしているようなふりをして、本当は好きだ何て反則だろう。 「もうアンタとは会うこともないだろうから言っとくけどさ。だから、答えなんて聞かないけど」 「でも、これで最後かと思うとさ、やっぱりオレはアンタの中で過去の人になって、 それでいつの間にか忘れられちゃうんだろうなあって思って」 「アンタの答えなんて決まってるし」 「でも、ただ、オレの気持ち知って欲しかったんだ。それだけ」 「じゃあな、大佐」 おい、ちょっと待ってくれ。 何でそう簡単にじゃあな、などと言えるのだ。 そんな言葉で最後にするなどと、どうして、もっと前に言ってくれなかったんだ。 思い出すのは、最後の日のエドワードの姿だった。 今まであれほど鮮明に彼の周りは輝いて見えていたのに、そのときばかりは、彼が背負う残酷な枷からか色褪せているようだった。 顔をちゃんと見ておけばよかった。 後悔はいつだって苦い味をしている。 身体を取り戻した、とそう聞いてはいたが、本当に取り戻せるとは失礼だと思うものの、考えてはいなかった。 司令部の皆が、彼ら兄弟を祝い、その後で、彼と二人きりでそこを抜け出した。 声を掛けようと思ったのだ。 皆がいる中では言い辛かった。 よくやったな、と声を掛けるのは仕事を終えた誰かに言うべき言葉で、正にエドワードはそれに値したものの、 何だかその台詞では、彼の保護者のようだと思った。 正に自分の役割は保護者以外の何でもなかったけれど。 それで、その台詞を言った後、何か言いたそうに顔を俯けていたエドワードが冒頭の言葉を吐いたのだ。 とても苦しそうに。 その後、茫然自失になっているロイを無視して、エドワードは皆のところに戻ってしまった。 二人になる機会はその後来なかったため、真偽を問いただす術はなかった。 そのうえ、ハボックが酒など飲ませるものだから、その場の雰囲気もあり、軽く酩酊状態に陥ってしまい、 気がついてみると、司令部内で皆して横になっているという始末だった。 「鋼のは?」 思わず周りを見回しながら、そう酒を飲ませたハボックの肩を揺り起こすと、「もう帰りましたよ」とのことだった。 「大将たちだって、他にも報告したい人たちだっているでしょうし、いつまでも司令部にはいられませんよ」 何故そう物分りのいいことを言うのだ、ハボックのくせに、と思いながら、ロイは立ち上がった。 「何処行くんですか?大佐」 「未だ近くにいるかもしれん。見送りには」 「もういませんよ。昨日、リゼンブールに帰ったんですから」 「何故それを教えなかった!?」 とハボックの肩を掴むと、 「いや、だって、大佐酔っ払ってて、足元ふらついてましたし」 「お前が酒を飲ませつからだろうが!」 「いや、祝いの席で酒を勧めないとはどうかと思って…」 ハボックの常識の話などどうでもよかった。 とりあえず、駅に行こうと踵を返したかけ、何をしに行こうとしているのだろうと我に返った。 会いに行ってどうするというのだ? 私は彼の気持ちに応えてやれない。 彼の私への気持ちなど、ただ憧れのようなものだろう。 身近にいる、家族のような存在、だからこそ、惹かれたのだろう。 「どうしたんですか?大佐」 立ち尽くしたままでいるロイにハボックがそう尋ねてくるが、答えられなかった。 そんな祝いの席を片付け終わり、日々はいつも通りの退屈な、そして、平穏な生活を取り戻している。 エドワード・エルリックは元々旅をよくしていた。 いないことはいつものことだ。 それなのに、「いなくなった」と捕らえる表現がぴったりなのはどうしてだろう。 あの日以来、エドワードが自分の胸の大半を占めている。 あの日の、エドワードの表情が瞼を過ぎる。 ずっと黙っていた、その言葉をどうしても、言わずにいられなかったエドワードの表情が。 執務机にぴたっと頬を押し当てる。 冷たい感触が頬に当たる。 どうしてだろう。今まで彼のことを何とも思っていなかったのに。それなのに、どうして、今になってこれほど気になるのか。 「ずっと前から好きだった」 苦しそうなそんな言葉が耳から離れない。 彼はいつも私とどのように接していただろうか。 感情をずっと隠していたんだろうか。 「何してるんですか?大佐?」 夢の中をうつらうつらしていたらしい。 机から起き上がってみると、机の跡がついたらしい。 必至になってエドワードを呼んだ記憶があるのだが、それは、夢の中の出来事だったろうか。 「ああ、中尉かね?今、ちょっと夢を見ていたらしい」 一週間近く前の出来事をこのところ、何度も反芻している。 「夢、ですか?仕事が滞っておりますが」 「なあ、中尉。エドワードは元気でやっているだろうか?」 エドワードの表情が瞼から消えようとしない。 この胸苦しさを、死んだ親友だったら何て言っただろうか。 グレイシアと出会った頃の、ヒューズはよく言っていた。 これは恋だと。 「彼らが身体を取り戻してから、もう一週間近く経つんですね」 「ああ。連絡一つ寄越さない。薄情なもんだ。会いにも来ない」 「…………………だったら、大佐が会いに行けばよろしいでしょう」 「仕事が滞っていると」 「帰ってきたら、徹夜になるかもしれませんが」 と、ホークアイは言葉を切った。 「それでも、仕事が片付くなら、それでも構いません」 身体一つ起すのにやたらと時間がかかった。 リゼンブールには、一度訪れている。 以前は、エルリック兄弟を勧誘するためだったが、今は違う。 ロックベル家のインターフォンを押す。 それだけの動作にとても緊張を強いられた。 「お客さん?」 顔を出したのはウィンリイ・ロックベルというエルリック兄弟の幼馴染だった。 「エドワードはいるかな?」 その言葉に、ウィンリイは何か悟ったようだった。 「あいつは二階にいます」 「入ってもよろしいかね?」 「ええ、どうぞ」 「あの………」 足を踏み入れ、階段を登っていくロイにウィンリイが何か言いたそうに口を開いた。 「何かね?」 「いえ、何でもありません」 そう言うものの、ウィンリイは何か言い足りなさそうに、キッチンへと姿を消してしまった。 こつこつとノックして、直ぐに逃げる暇も与えず、ドアを開ける。 そこには、逃亡を図ろうとした痕跡が見つかった。 恐らく、ロイが来ていることに気付き、ロープを使って、下へと降りようとしたのだろう。 エドワードの足元にはロープが散らばっていた。 「あ、大佐…………」 「言い逃げとは随分とつれないことをしてくれたね」 未だ逃亡を諦めきれないらしく、ロープとロイの交互を見て、立ち止まったままでいるエドワードの手を取った。 元は機械鎧の冷たい手だった。 その感触を何故か覚えている。 「………だって、大佐の答えなんて決まってるし」 「何故そう思った?」 「………オレ、男だし、大佐いつも女の人とデートばっかりしてるし」 「そうだな、全くその通りだ。そのうえ、君ときたら、がさつだし、背は小さいし、短気の上に面倒くさい」 「アンタ、喧嘩売ってんのかよ。ってか、背低いの関係ないだろ!」 「だが、どうしてかな」 ただ、手を繋ぎとめているだけなのに、どうしてか、緊張する。 「でも、君がいない間、ずっと君のことばかり考えていた。君の表情とか、言葉とか。 信じがたいことだが、私は君が好きらしい」 「オレ、大佐が好きな女とは違うぞ」 「わかってる。でも、仕方ないだろう。そんなことはどうでもいいくらいに、君のことが好きなんだから」 「大佐、その台詞似合わない……」 「うるさい!私も自分で言っててそう思ってる」 エドワードの身体を抱き寄せる。 自然としてしまう仕草にこれは重症だと思う。 全然不快感がない。 それどころか、納まってしまうその身体に今まで感じたことがないような、愛しさを覚えた。 これからどうなるのかはわからない。 それでも、こうして、胸の中にいる存在がとても大切なのだから、仕方ないだろう。 「…………ざまあみろ」 だから、エドワードがぼそりと吐いた言葉など耳に入らなかった。 「兄さん、大佐のこと好きだからなあ」 二階で一体何が行われているのかわからなかったが、それでも、何が行われているかであろうことはわかっている。 アルフォンスはウィンリイと一緒に夕御飯の支度をしていた。 恐らく、ロイはなかなか階下に戻ってこないだろう。 その頃には、夕御飯を食べる時間になっていることだろう。 「え!それってほんとのことだったんだ!?」 冗談だと思ったと言う幼馴染にアルフォンスはうんざりしたように口を開いた。 「兄さんの傍にいればわかったと思うよ。殆どの人が知ってたし。 気付いていないのは、当の大佐だけ。見ていてボクは何でわかんないんだろうと思ったくらいだもん」 「じゃあ、ちょっと、今どうなってんの!?」 「えっと、それは見に行かないとわかんないけど」 「見に行こうかしら、こっそりと」 「それはやめとこうよ、後で兄さんが怒るよ」 「でも、気になるじゃない!」 あれ、とばかりにウィンリイが振り向いた。 「じゃあ、何で今まで何の行動してなかったの?エドの奴」 多分、と付け加えてアルフォンスは答えてみせた。 「大佐、全然兄さんの好意に気付かなくてさ、本当に普通に接してきていたからさ。 兄さん悔しかったんじゃないかな。自分ばっかりって。負けず嫌いだからさ。 だから、最後の日に告白して、困らせて、それで少しは溜飲を下げようとしたんだと思う」 「子供ねえ」 「うん、子供だ」 いい匂いのする夕御飯までには時間がかかる。 その頃には、二階のごたごたも片付いていることだろう。 なんだかんだで、大佐も兄さんのこと好きだし。 |