ぴーすおぶしょこら








2月14日はバレンタインデーなのだと、疎い者でも大概知っている。 その日の周辺は誰も彼もが浮き足立っている。 それを肌で実感するようになって、ああ、もうそんな季節なのか、とそう知れる。 毎日毎日が同じことの繰り返しで、あきがきていた。 何かと変化を望むのは当然のことではないだろうか。

しかし、今回は違っていた。 エルリック兄弟に、との言葉があったからだ。

「エルリック兄弟にチョコ?」
「そうです」

こういうイベント事に何より注目しているのはハボックだろう。 それなのに、エルリック兄弟のことを気遣っているのを見て、成長したのだな、とそう思う。 そういえば、恋人が出来たと聞いた気がする。

「チョコか」
「別にいいでしょう?チョコくらい」
「いいがな。あまり甘やかすなよ」
「子供なんだから、甘やかすくらいいいじゃないですか」

エルリック兄弟がいる場所は不安定なところだ。 ただ目的の為に、闇雲に走っている。 甘やかすことが、彼らの為になるとは思えなかった。 しかし、たかがチョコレートだ。 そこまで気にせずともいいだろう、とそう、ロイは判断した。

「言い出したのは君かな、中尉」
ロイは副官を見遣ると、「たまには子供扱いさせてください」とそう彼女は否定も肯定もしなかった。
「そうだな」
そう、ロイはいつしか微笑んでいた。







そんなことがあったというのに、ロイは忘れてしまったのだ。 毎日毎日同じことの繰り返しだった。 何も変わらない日々。
そんな中でいつしか、埋もれてしまったのだ。

「今から司令部に行くから」
そんな素っ気無いエドワードの声を聞いて、ロイは思い出したのだ。 2月14日の午前の出来事だった。

「中尉。今日は何日だったかね?」
カレンダーを見れば済むことだった。または、手帳を見れば。 しかし、敢えてロイはホークアイから確認したかった。
「2月14日です」
「そうか。やはり」
「エドワード君たち来るんですよね?」
「ああ。抜かった。チョコレートを…」
「チョコレート?」

それなら用意してありますが、とホークアイは少しばかり驚いたようだった。

「ああ。知ってるんだ、そのことは。そうじゃなくてだな」
個人的にチョコレートを渡したかったのだ、と言えば、ホークアイは何と言うのだろう。 なんだかんだで、とロイは思う。 自分はあの兄弟に甘いのだろう。今日は兄弟を思いっきり子供扱い出来る日なんだとそう考えていたのだ。 それなのに、肝心のチョコレートを忘れるとは、間抜けだ。 バレンタインデーは一般的に女性から男性へ好意をチョコレートで表すものだ。 それでも、お世話になっている人へ、と渡すことも多い。
あ、そう言えば、とロイは考え直した。
チョコレートは手元にあった。 それはロイへのチョコレートだったが、ロイはあまり甘い物を好まない。 食べないよりも、喜んでくれる者のところへ渡した方がいいだろう、とそのときロイは自然にそう思っていた。

エルリック兄弟が執務室に入った途端、彼らの周りには人垣が作られた。
「よう、エド、アル。久し振り!」
「久し振り!」
「うわあ。お前いっぱい貰ったな」
エドワードとアルフォンスの手にはチョコレートの山がある。 司令部の面々は皆、同じ気持ちで、彼らにチョコレートを渡したのだろうと想像がついた。 子供たちに対する司令部の軍人たちは優しいものだった。 勿論例外も多々あったが、何よりもそれは、二人の人徳だろう。 大概皆子供が好きなのだ。

「食べれるかなあ、これだけ」
不安そうなエドワードにハボックが笑顔でチョコレートを山の上に積み上げた。
「これ、俺から」
「俺も」
「はい、僕も」
「私も」
皆が皆チョコレートに好意を込めて、エドワードとアルフォンスに贈る。
「ちょっ。そんなに食べられないんだけど…!」
「気持ちだから受け取ってちょうだい」
柔らかく微笑むホークアイにエドワードは勝てる筈がない。
「あ、ありがとう」
エドワードは照れた様子だ。その姿が何処か幼く映る。
「兄さん、甘い物好きだもんね。良かったね」 無邪気なアルフォンスの言葉にエドワードは苦笑いだ。 エドワードが来るのを執務室で待っていた部下たちは、それから、と仕事に取り掛かることにして、執務室から出て行った。 それを見送ってから、エドワードはロイの元へと近付いてきた。
「あんたさあ、本当に部下に恵まれてるな」
「私の人徳だ」
「へえ、そうかよ」
エドワードは冷めた口調で、ロイに報告書を手渡した。 受け取ったロイは中身を吟味する。
「今回は問題を起こさなかったようだな」
「いつも問題を起こしているわけじゃねえよ…」
「まあ、いいだろう。収穫は?」
「ないよ。あったら来てねえから」
「君はつれないな」
「つれてどうするんだよ」
他愛ない遣り取りだ。 その後で、他愛ない遣り取りとは違うことも起こったりする。 机の中に忘れないよう入れていた綺麗に包装された箱を渡す。
「ほら、君に」
「何だよ?」
エドワードの手に渡されたのはチョコレートの入った箱だった。
「まさか、大佐まで…」
「君は甘いものは好きだろう?」

笑った顔をして見せると、エドワードは少しだけ、困ったようだった。
「好きだけど…」

「なら、良かった」
「大佐、自分で買いに行ったの?」
「貰ったんだがな、私は生憎と甘いものは好きじゃなくて…」

エドワードの顔が凍りついたように見えた。
「何、それ…」

怒らせた、と思ったが、もう遅い。
「要らないから」
「しかし」
「要らない…!」
エドワードはチョコレートをロイに突き返すとそのまま、執務室を出て行ってしまった。
「鋼の?」
未だ話は終わってないんだが、とそう思うが、エドワードは早かった。
「ごめんなさい、ボク、兄さん追いかけてきます」
半ば呆然としていると、アルフォンスが当然のようにエドワードを追っていった。
「兄さん!」
アルフォンスがエドワードの後を追っていくのが、スローモーションのようだった。

確かにロイが受け取ったチョコレートではあったが、それをどうしようが、エドワードには関係ない筈だ。 大体ハボックたちが渡したチョコレートもホークアイが用意したものだということをロイは知っていた。

丁度良く、そこにハボックが戻ってきた。 どうやら、エドワードと擦れ違ったらしく、「もう終わったんすか?」と呑気に言った。

「いや、私はどうやら鋼のを怒らせたらしい」
「いつものことでしょ?」
「いや、いつものことなんだが。何で怒ったのかわからない」
からかったりはしていないんだが、とロイは口の中で呟いた。
「何したんすか?」
「ただ、チョコレートを鋼のにあげただけなんだが…」

その途端、ハボックは口に咥えていた煙草を落とした。

「大佐」
「何だ、ハボック」
「大佐って時々無神経ですよね」
「どういう意味だ、ハボック」
「それって大佐が用意したやつじゃないですよね?」
「買うのを忘れたんだ」
がしがしとハボックは自分の頭を掻き回した。
「大佐が悪いので、大将に謝って来て下さい」
「何故私が悪いのだ」
「とにかく謝って来て下さい」

意味がわからないと思いつつも、とにかく、エドワードを探した。 何処にいるのかは、廊下を行き交う軍人に聞き、漸く見つけたとき、エドワードは空を睨んでいた。 隣にアルフォンスがいた。 二人は何か話をしていたようだが、ロイが近付いたとそのときには、会話は止んでいた。 そこは中庭だったが、エドワードとアルフォンス以外には誰もいなかった。 緑がやたらと目に眩しく映る。 ハボックの言った意味をロイはわかっていなかった。 しかし、言えることはある。 エドワードに嫌われたくはなかった。

軍靴で気付いたのだろう、アルフォンスが振り返る。
「大佐」
「すまない、アルフォンス。少しだけ席を外してくれないか?」
アルフォンスは一瞬エドワードに視線を落としたが、ロイの意思を汲み取って「ボク、ブラックハヤテ号と遊んでくるね」とその場を 後にした。

「鋼の」
「何だよ、大佐」
「私は何か君を怒らせるようなことをしたかな?」
エドワードは振り向いたりもしなかった。
「別に」
「じゃあ、何だね。その態度は」
「いつものことだろ」
「こっちを見て言いたまえ!」
そうして、腕を取り、振り向かせた顔は何処か泣きそうだった。
「何で…」
そんな顔をしているんだ、とそう言おうとして、口を噤んだ。 その代わりに、ぽんぽんと優しく頭を叩いた。

「大佐ってズルイ…」

何となくではあるが、この子供の気持ちがわかってしまったのは、仕方ないことだろう。
この子供もそう思っているに違いなかった。

どうしようもない気持ちに駆られた。
本当にどうしようもない。

「君もずるいよ」
そんな顔を見せるなんて。

本当は抱き寄せたかったが、人目があるので、そんなことは出来なかった。




これからどうしようかな、とそんなことをふと考える。
とりあえず、貰ったチョコレートは自分が食べることにしようとそう思った。
代わりに、エドワードには自分で買ってチョコレートをあげようかなとそう思った。



多分、それで自分の気持ちは伝わるだろう。



私はこの子供が好きらしい。
自惚れではなければ、この子供も。