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今日が何の日なのか知らない者がいたら、一度セントラルに来てみればいい。 そう思うほどにセントラルの界隈は賑やかだった。季節や月日に関してエドワードはあまり気に留めたことはなかった。 いつの間にか移ろいゆくものを感じながら、まんじりとした日々を過ごしている。勿論、焦慮がないというのは嘘になる。 エドワードは息を吐くと、それは白い。 2月であるにも関わらず、未だ寒いと感じさせる季節だ。 いつになったら春は訪れるのだろう。 「兄さん、兄さん、買っていかない?」 言い出すのではないかとそう思っていたエドワードはアルフォンスをじとりと睨んだ。 「別に買わない」 アルフォンスが何を買おうとしているのかなど、通りを歩いているだけで知れた。 店の先々で並べられているのはチョコレートだ。 綺麗に箱に包装されたチョコレートが買って下さいとばかりに並べられている。 普段のエドワードであったら買おうかと迷うところだが、今日が何の日なのか知っているので、お断りだ。 「買わないの?軍部の皆に買って行こうよ」 予想内の言葉に、エドワードは心底嫌な顔をした。 「別に皆貰ってるんじゃねえの?」 「こういうのは気持ちの問題なの!いつもいつもお世話になっているから、その感謝の気持ちに。 だって今日せっかくセントラルに来たんだから、買って行こうよ」 「やだ」 「何で?」 「何でってお前なあ」 チョコレートをあげる皆という中にロイ・マスタングも入っているのだろう。 他の者たちならば、感謝の意味を込めたチョコレートを渡すことはできる。しかし、ロイだけは嫌なのだ。 何故嫌なのか聞かれたらエドワードはその理由を幾つも挙げられる。 @からかわれる。 A感謝をしているのだと思われる。 B男からは要らないと拒否される。 今のところ最終力候補は@だ、とそう思う。 「とにかくなあ」 嫌だとそう続けようとして気付けば、アルフォンスの姿がない。 迷子か、と一瞬思ったが、全身鎧姿のアルフォンスはとにかく目立つ。 直ぐに見つけられる筈だと周囲を見渡せば、アルフォンスは一軒の店のレジで並んでいた。 どうやら買い物をしたらしい。買うのかは言わずもがな、だ。 店の中には女性が多く、その中でアルフォンスは目立っていた。 「アル〜」 「えへへ、買っちゃった」 買い物を終え、エドワードの下へと駆け寄ってきたアルフォンスはどことなく嬉しそうだ。 何がえへへだ、とエドワードは怒りに駆られながら、アルフォンスの手にある紙袋に視線を落とした。 通い慣れた司令部の門を通ったその先に執務室がある。最初の頃はともかく、今では緊張をしない。 しかし、今日に限って緊張してしまうのは仕方がないことなのか。手に持っているのはチョコレートが入った紙袋だった。 しかも、綺麗にラッピングされているのをエドワードは確かめていた。 嫌だなあとエドワードは一度諦めたとはいえ、気が重かった。何でオレから、とエドワードは猛反発した。 ロイにはエドワードから渡すように言われたのだ。 が、アルフォンスが「一番お世話になっているのは兄さんだから、兄さんから渡してよ」とそう正論を言われ、 「ぜっったいからかわれるから嫌なんだよ。本当は私のことが好きだったのかとか言われる気がする!」 渡されたチョコレートをアルフォンスに突き返した。 「もう兄さん、それくらい受け流せばいいでしょ?」 馬鹿だなあとそうアルフォンスに思われている気がする。 「そんなことできるか!」 「年に1回くらい大佐に感謝しなよ」 年に1回くらいとそう言われて、エドワードはう、と言葉に詰まった。 それがいけなかった。 それがアルフォンスにつけこまれる原因になったのだ。 「大体兄さんはいつもちゃんと大佐にお礼を言ってないでしょ」 「言ってるだろ」 ぷいと横を向いたのが、アルフォンスに怒りを植え付けたらしい。 「だったら、チョコレートくらい渡せるでしょ」 そのアルフォンスはエドワードに無理矢理チョコレートを持たせると、 「兄さんは大佐にチョコを渡してきてね。ボクは他の皆に渡してくるから」とそうずかずかと司令部の廊下を先に歩いていった。 アルフォンスは結構頑固だよなあ、誰に似たんだとそう思いつつ、エドワードは幾度か躊躇い、それでも、執務室の扉を開けられずにいた。この先にロイがいることは確認済みだった。 うう、と口の中で唸りながら、別にたいしたことじゃないし、とそう思いながら、顔を上げ――。 「何やってるんだ、エド」 そう頭上から声がしたかと思うと、ハボックがいた。そのハボックはエドワードが幾度も躊躇っていた執務室の扉を開け、 「大佐、エドが来ましたよ〜」と軍人にしては軽快な声を出して、余計なことに大将、大佐にチョコ持ってきたみたいですよ、 とそう言った。 紙袋で気付いたのだろう。でなければ、もう、アルフォンスからチョコレートを貰ったのかもしれない。 ハボック少尉、とエドワードが睨むが、ハボックは気付いていなかった。 「早く入れよ、エド。執務室の前にいたら邪魔だから」 そう言って、ハボックはエドワードを前へと押し出した。 執務室にはロイの他に誰もいなかった。普段はロイの傍にいるホークアイですらいない。 二人きりで渡すなど嫌だったが、今ならハボックもいる。 今なら何気なく渡せる、とそう思ったのだが、ハボックは机の上にあった書類を手に、 「ちょっとまた出かけてくるんで」とそう言って執務室を後にした。 ハボック少尉――!と心の中で戻ってくるように願ったが、生憎と届かなかったらしく、ハボックは戻ってこなかった。 仕方なく、視線をロイへと向けたそのとき、確かにロイはいつもの意地悪な笑みを浮かべていた。 嫌な予感がする、とエドワードは眉を顰めた。 二人きりという空間がこれまた嫌な予感を引き寄せる。 「私にチョコを持って来たんだって?」 予想が的中しそうだ、とそう思いながら、もういいやとエドワードはずいとロイの前に紙袋から取り出した箱を突き出した。 食べ物に罪はない。 「ほら、あんたにチョコ」 視線が合わせられないのは仕方ない。 「君ねえ、もうちょっと愛想良く渡せないものかね?」 「うっせえ」 なかなかロイがチョコレートを受け取ろうとしないので、「要らないならオレが食べるけど」とそう付け足す。 「いや、せっかくの君からのプレゼントだ。ありがたく受け取るよ」 ロイの言い方にいちいち反応しそうになって、エドワードはなるべく無表情の仮面を被ることにした。 箱を受け取ったロイはやはり意地悪な笑みを浮かべている。 「まさか、君から貰うとは思ってもみなかったよ」 「あ、アルが言うから仕方なく渡しただけで別に深い意味はないんだからな!」 仮面はあっけなく剥がれた。 「深い意味ってなんだね?鋼の」 「べ、別に!」 だから嫌だって言ったのに、アルの奴――!と司令部のどこかにいるアルフォンスをエドワードは呪った。 きっと今頃は司令部の軍人たちにチョコレートを配っているのだろう。 今日はバレンタインデー。 一般的には好意を持つ相手にチョコレートを渡す日となっている。 女性から男性に。 そんな日にチョコレート渡すなど、貴方が好きですと受け取られてもおかしくないではないか。 そんなことを思っていると意識しているみたいではないか、と自分のことを振り返ったりしてみるが、頭の中は今、沸騰しているようだ。 「やっぱりやめる!」 エドワードはロイからチョコレートを奪おうとしたが、ロイは既に手元のチョコレートの入っている箱に手をかけていた。 リボンを解き、包装紙を解き――。 流石に意図にはそれで気付く。 「おい、仕事中にチョコ食う気かよ」 「いや、今食べておかないと鋼のに取られそうだからね」 「だからってなあ」 そこまで言って、エドワードはふと思った。 「大佐ならチョコいっぱい貰ってるんじゃねえの?」 「当たり前だろう」 エドワードはロイを改めて見遣った。 何故この男に女性はチョコレートを渡す気になるのだろう。 「もうチョコ要らないんじゃないの?というか、大佐甘い物好き?無理して食べなくてもいいけど」 「君ねえ、渡しておいてそういうことを普通言うか?」 そして、ロイが箱の中から取り出したのは球形のトリュフの一粒だった。 恐らく、中にはナッツやキャラメルなどが詰まっているのだろう。 ロイの軍人にしては長い指先がトリュフを摘み、自分の口の中へ運んだ。 「どう?」 「うん」 「うんってなあ」 美味いか不味いか聞いてるんだけど、とそう言うと、ずいと指で摘んだチョコレートをエドワードの前にロイは突き出した。 「食べてみればいい」 「えっ」 それってなんかあれだよなあと自分で思いつつも、あれの意味がわからない。 エドワードはロイから受け取り、チョコレートを口の中に放り込んだ。 選んだアルフォンスのセンスが良かったのか、まろやかな甘さとカカオの風味が口の中に広がった。 中には予想通りガナッシュが詰めてあった。 「美味い」 「そうか」 そのとき、ロイは柔らかく笑ったように思う。この男にしては珍しい。 そういえば、とエドワードは気付いた。 今日初めてチョコレートを食べた。 そして、ロイも今日初めてチョコレート食べたことなどエドワードは知る由もない。 ロイエドバレンタイン企画に参戦しました(笑)そのときの小説ですvv |