ぴーすおぶしょこら








賑やかな界隈を通れば、その理由が知れる。

「今日だったのか」
街の巡視にホークアイと二人で通りを一緒に歩いていた。 普段は冷静なホークアイも賑やかな空気に何か思うところがあるらしい。 視線が一点に吸い寄せられているのをロイは気がついていた。 目に付く店の先々には綺麗に包装されたチョコレートが並べれらている。 この時期、やたらとチョコレートが目に付く。

「気になるのかね?」
隠し事は無駄だとそう思ったのか、ホークアイはふっと笑みを浮かべていた。 母性的な笑みだとそうロイは思った。 そんな笑みを浮かべるときの、ホークアイは酷く優しい顔つきをしていることに気がついているだろうか。

「今日だけ販売のチョコレートがあるんですよ」
あの店です、とホークアイが指を指したのは小さな、まるで童話にでも出て来そうな可愛らしい外観の店だった。 中も恐らく、可愛らしいのだろうとそう思う。 店内にはチョコレートを買い求める女性の客で賑わっているようだった。手に手にチョコレートを持っている。 その誰も彼もが柔らかく笑っているように見えるのは、今日だからだろうか。

「ほう」
私語をあまり口にしないホークアイにしては珍しい。
「それをあの子たちに食べさせてあげたいなと思ったものですから」
「エルリック兄弟にかね」
「ええ」

それはとてもよい提案に思えた。 アルフォンスは仮初の鎧の身体をしているから食べることは叶わない。 しかし、兄のエドワードは別だ。 一人だけ食べることに抵抗があるかもしれないが、美味しそうに食べている兄を見ることは、アルフォンスにとっても嬉しいことだろう。 それに、身体を手にしたときの楽しみが出来たと思うかもしれない。 きっと、チョコレートを食べているときのエドワードは普段よりも幼く見えるだろう。 幼いというよりも、歳相応な。
そんな姿が瞼に浮かんだ。

「甘い物があまり好きではない人にも好評で。今年はあの子たちに食べてもらいたいとそう思ったものですから」
「買って行こうか?」
「仕事中です」
「売り切れになってしまうかもしれないだろう?」
小さい店内には人がひしめきあっている。 早めに購入しておいた方が無難だろう。


今日はバレンタインデー。
一般的には好意を持つ相手にチョコレートを渡す日となっている。
女性から男性に。
しかし、日頃の感謝の意味を込めてチョコレートを渡すことも習慣となっているのも事実だった。





結局、そのチョコレートを購入することは出来なかった。 残念な気持ちはホークアイも同じだったらしい。 しかし、代わりにとホークアイはチョコレートを用意していた。 いつ来るかわからないエルリック兄弟の為に。 彼女からのチョコレートを期待する者も多いが、その彼女が何よりも渡したいと思っているのがエルリック兄弟だと知れば、 彼らは恨みを買うかもしれない。 因みに例年通り、ホークアイからのチョコレートをロイは部下ともどもに受け取っている。 そんなことをふと思っているときだった。 エルリック兄弟が東方司令部へと姿を現したのだ。 心が浮き立ったのは久し振りだった。

「大佐、何か情報ある?」
執務室に入るなり、エドワードと顔を合わせた途端の会話がそれである。 いつものことだったが、今日に限っては他に言う言葉はないのかとそう思ってしまう。 それはきっと、チョコレートがあるからなのだろう。

「兄さん、まずは挨拶でしょ。大佐、お久し振りです。元気でしたか?」
ぺこりと頭を下げるアルフォンスに本当にエドワードとは兄弟なのかとそう思ってしまう。
「やあ、アルフォンス。久し振りだね。元気だったよ。君たちはどうだった?派手なことはしていないみたいだが」
「ええ、まあ。どちらかというと今回は大人しかった方です」
誰が、とは言わないが、お互いに誰のことを話しているのかはわかっている。
「オレを無視して話始めるなよな。ほら、大佐報告書」
突き出されたのはいつも通りの封筒だった。
そこには彼らの報告書が入っている。
「ふうむ。薄いな」
「仕方ないだろう。収穫がなかったんだから」
「それよりも、二人とも。ソファに座りなさい」
「何だよ、オレ、早く宿に帰りたいんだけど」
「…………………………君は本当につれないね」
ロイはとりあえず、二人がソファに座ったのを確認すると、引き出しから箱を取り出した。 それはロイの元に預けられたチョコレートだった。 ホークアイから渡した方がいいだろうな、とそう思っていたが、生憎と今日は休暇だった。 だったら、渡すのはロイの役目だろう。 そう思い、ロイは箱を手に椅子から立ち上がると、訝しそうにしているエドワードにソファ越しに手渡した。 おずおずと受け取ったエドワードの眉が僅かに持ち上がる。
「何これ」
「チョコレートだ」
「何でチョコレート?」
「君は先月のイベントを知らないのか?」
「知ってるけどさ」
意味がわからない、と恐らくエドワードは言いたいのだろう。 しかも、一月近く経ってしまっている。
「変なもの入ってない?」
「君は私のことをなんだと思っているのかな」
「女から貰ってそのあまり?」
「違う」
しばし、エドワードは黙っていたかと思ったら、リボンに手をかけた。
「開けていい?」
「勿論だ」
アルフォンスが見守る中、箱が開けられた。 その中に入っているのは小粒なチョコレートだった。 あまり量が多いというわけではないが、その分、質がよいものなのだろうと推測がついた。 ホークアイが選んだものに外れがあるわけがない。 一つ摘み上げ、エドワードは思案する。
「わー、美味しそうだね、兄さん、甘い物食べたいって言ってたから丁度いいじゃない」
アルフォンスが食べれないにも関わらず、感嘆の声を上げる。
「大佐からっているのが引っかかるんだよ」

それは君たちのために、ホークアイ中尉が用意したんだ、とそのときは何故か言えなかった。

「本当に食べていいの?」
躊躇っている理由がアルフォンスにあるだけではないことをロイは知っていた。
「当然だろう。君に食べてもらえないなら、私が食べよう」
そうしたら、ホークアイが激昂するかもしれないが。
「兄さん、せっかく大佐が用意してくれたんだから食べなよ」
同じ思いだったのか、アルフォンスもそう言ってエドワードを促した。

迷っていたようだったが、エドワードの歳相応な指が暫くして、チョコレートを一粒摘み上げた。 そして、そのまま口に運ぶ。
「どうかね?」
「高級な感じがする」
「いや、美味しいかどうか聞いてるんだが」
「………………美味い」
意外、とエドワードは今にも言いそうだった。
もう一つ、とエドワードは指でチョコレートを摘み上げる。

好きな物を食べているときは、歳相応な顔をするんだな、とそう予想が外れていないことをロイは知った。 独り占めしたことに対して、きっとホークアイは悔しがるかもしれないとそう思いながら、 ロイはエドワードがチョコレート食べるその様を見ていた。 きっと、今自分は優しい顔をしているのだろうと何故か確信が湧いた。



たまにはこんな日があってもいいだろうとそう思う3月のとある日。