子猫がダンボールの中にいた。 捨てられたのだ、と直ぐにそのことがわかった。 弱弱しく、抱き上げたら、折れてしまいそうなほどに細い体つきだった。 みゃー、みゃーとそう心細そうに鳴いている。 雨に濡れたのか、少し毛がぼさぼさだった。 僕が足を止めたのがわかったのだろう。 兄さんも足を止めて、振り返った。 僕の視線から、兄さんにもそのダンボールの中にいる猫を見つけた筈だ。

細く、雨が滴っている。 雨宿りをするためだろう、軒先にダンボールは置かれているが、そのダンボールが雨に濡れ、変色してるのには気付かずにいられなかった。 毛布もダンボールの中に置かれてはいるが、それだけでは雨宿りになるとは思えなかった。 きっと、寒いだろう。
きっと、心細いだろう。

わかってはいるのだ。 終わらない旅路が待ち受けているのに、猫に向かって手を伸ばそうとするのは愚かだということに。

「駄目だぞ」
「兄さん!」
「拾っても、飼えないだろう」
「兄さんの鬼!」

でも、今誰かに拾われなければ、死んじゃうよ。

猫の黒いつぶらな瞳が僕を一心に見つめている気がした。 助けて、と言っている。 そんな気がする。 人通りがそう少ないわけではない。 そんな通りの中、通り過ぎている人たちはまるで、猫の存在を空気のように扱っているようだ。 誰も気にかけようとしていない。

兄さんの目は猫に向けられている。 敢えて、無表情を作っているような、そんな目を。

本当は兄さんは優しいんだって本当は知っているんだけど。

「…お前みたいな奴はたくさんいるよ」
兄さんの言葉に頷いてみせた。
猫を抱き上げようかなと思った。
小さな命。

「うん、そうだね」
そう、自分を納得させた。



その夜、僕は気になってまたあの通りへと戻った。
あの軒先にダンボールは置いてあったが、中に猫はいなかった。
逃げたのかな、とそう思ったのは束の間で、きっと拾われたんだな、と思った。

兄さんが、その子猫の親を探したのだと聞いたのは後からだった。
だから、ダンボールの中にいなかったのだ。

「兄さん、僕に言えば良かったのに」
「いいじゃないか。ちゃんと飼い主も見つかったし」

そうやってへらりと笑って僕の言葉を受け流しているところが、昔ながらの乱暴なところもあるけれど、優しい兄さんで。
一瞬それに深く安堵を覚えた。

見上げれば、既に雨は止んでいた。
広がっているのは、澄み切った空だった。