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01 髪の毛 02 有能を何と心得る 03 椅子の上 04 コーヒーを飲んで 05 待ちぼうけ 「あ、白髪発見」 今までロイの頭を意味なく探っていたエドワードがそう嬉しそうに言った。 「もう歳だもんな、あって当然だって」 「未だ若いぞ、私は」 黒髪の中に混じった白髪はそう苦もなく見つかるだろう。 そう考えると、ロイは不愉快になった。 それなのに、嬉々として髪を弄ぶエドワードの姿に更に気分が下降する。 大佐は童顔だけど、やっぱり歳食ってるんだよなあと自分のコンプレックスを刺激された気持ちになる。 執務室で繰り広げられているこの光景は他のものが見れば、あっけに取られるものだろう。 しかし、第三者はその場にいなく、結果としてその奇特な場面は他の誰にも見られていない。 ロイはホークアイがいないこともあり、書類をサインする手を止めたかったのだが、 今日中にしなければならないの書類なのでとそのホークアイに警告されている。 今日中に終えれなかったら、彼女の愛銃が火を噴くだろう。 「抜いていい?」 「………ああ」 不承不承頷いた。 このまま放置しておくのは寝覚めが悪い。 容赦なくぷつっと髪が切れる音とともに、痛みが走る。 エドワードがもっと乱暴に扱ったら、頭皮が剥がれていたかもしれない。 恨み辛みを込めたようなエドワードの扱いにロイは思わず「君は加減というものを知らんのか」と非難の声を零した。 「ほんの少しの痛みじゃんか。オレなんて腕を神経に繋ぐあの瞬間、悲鳴堪えるのにどれだけ大変か」 エドワードの声に気の毒さが溢れている。 それが白髪が発見されたことによるものか、それとも髪を抜いたことにあるのかはわからない。 気分はどん底だ。 しかし、エドワードはまじまじと抜いたロイの一本の髪を見て「悪い」と零した。 「やっぱり黒髪だった」 「おい」 エドワードがいつものように執務室に入ってくると、意外なものがロイの執務机の上に置かれていた。 その背後に立つロイはご機嫌といっていいくらいに、爽やかな笑みを浮かべている。 しかし、それはエドワードにとっては胡散臭いものにしか映らない。 どうしてこれほどまでに、胡散臭く見えるのかはその本人に問題があるからだとエドワードは考えている。 そのロイはそんなエドワードにその机の上に置かれたケーキの箱を差し出した。 「ホークアイ中尉が君にと特別に買ってきたんだ。 報告書を読んでいる間、食べていなさい」 「はあ」 間抜けな返答をしてしまったが、それ以外に言葉が見つからない。 本来ならありがとうと言うべきであるが、どうも裏に何かありそうでそんな殊勝な言葉が出てこない。 しかし、そんなエドワードの気持ちに気付いていないのであろう、ロイの顔には不満が表れている。 「要らないのかね?この店のケーキは評判で、とても美味しいのだそうだ。 特にクリームがただ甘ったるいわけではなく、酸味が利いていて、胃にもたれないそうだ」 「ふうん」 酸味が利いているケーキってどんなだよとか思いながら、ロイの言葉を聞き流して、エドワードは報告書をロイに渡した。 すると、当然のようにロイはエドワードにケーキの箱を押し付ける。 要らないと突っぱねることもできかねて、エドワードは渋々を装って箱の中身を見た。 そこには綺麗に着飾らせられたモンブランが入っている。 ケーキの天辺には羽飾りのような薄いチョコレートが載せられてあり、そこがアクセントとして映えていた。 確かに美味しそうだなとは思うものの、食指が動かない。 それに、とエドワードは執務室の周りを見渡した。 いつもならロイの仕事を監視しているホークアイの姿は見えなかった。 「中尉は?」 「彼女は非番だ」 「非番?もしかしてアンタ愛想つかされたんじゃないの?甲斐性なしって」 「何を言う。私ほど愛想がいい上司はいないぞ」 「愛想がよければ書類を溜めていいのかよ。 そんな考え方じゃ、中尉だって嫌になるよな」 ロイの机の上には書類が山のように溜まっている。 恐らくホークアイがいないので、ロイを急かす人材がいないのだ。 そう考えるとこの後始末に困る可哀想な部下たちの姿が瞼に浮かんだ。 「そんなことはない。 私ほど気配りの聞く人間はいないぞ。 ほら、鋼のが虫歯にならないようちゃんと歯ブラシも用意している。前、虫歯で痛がっていたからな」 丁寧に滅菌されているであろう新品の歯ブラシが書類の隣に用意されていた。 「そんなことに気を配るよりも、書類にサインしろよ」 エドワードの言葉にロイは傷付いたようだが、挽回を図って余計な口を開く。 「実はな、そのケーキも君の為にわざわざ私が買ってきたんだぞ」 「マジで?何か変なもの盛ってないよな?」 そんなことしているよりも書類にサインしろよ、とはもう言わなかった。 「失礼な」 「ていうか、アンタ何で評判の店なんて知ってたの?」 「中尉がその店が美味しいと言っていたんでな」 失言だったことにロイは気付いていない。 エドワードは怒る気力さえが沸いてこない自分を誇ってもいいように感じた。 どうやらロイはエドワードに自分の有能さを見せたいらしい。 しかし、結局それを本当に見せたいのはホークアイになのだ。 それなのに、ホークアイが美味しいというケーキを買うのではただ追従しているだけにしか見えない。 「アンタ中尉がいないと何もできないんじゃない?」 書類の山が片付く気配は見えない。 よくホークアイは耐えているものだとエドワードは彼女をとても尊敬した。 自分じゃとても付き合ってられない。 それでも、ケーキは捨てるには勿体ないので、フォークに突き刺して一片を口に入れた。 酸味が利いているといったが、そんなことはなく、ほどよく甘い。 あまり甘ったるいとくど過ぎるから嫌だな、と思っていたエドワードにとって丁度よかった。 あ、美味しいともう一片をフォークへと突き刺した。 そこで視線に気付いた。 その様をにこにことロイが嬉しそうに見ている。 自分の成果が認められたようで嬉しいのだろう。 一体何がそんなに嬉しいんだとそう言いたくなる。 「………食べる?」 視線に耐え切れず、思わずロイに向かってケーキの一片を差し出してしまったのが不味かった。 ロイの顔が何か楽しいことを思いついた子供のように輝いている。 「食べるとも!鋼のが食べさせてくれるものなら何だって!どんな酷い料理だって君が食べさせてくれるなら、極上の味だ! しかし、せっかくだ。紅茶の用意をしてくる」 いそいそと紅茶の用意をしに、執務室を出て行くロイにエドワードは待ての声を掛けたが、ロイは聞いていなかった。 「書類………」 部下たちの恨みがましい視線が、エドワードは突き刺さってくるように感じた。 ――――今度毒飲ませてやろうか。 ちょこんとエドワードが腰掛けているのはロイがいつも座っている筈の椅子の上だ。 くるくると回転する椅子の上では自分の身体を少し動かすだけで安定が崩れた。 そんなエドワードを固定するかのようにいつもよりも視線が低いロイが触れてくる。 それは髪であったり、頬であったりと手はすぐに移動した。 髪は慈しまれたいるかのように撫でられ、頬では包むように掌で覆われた。 時には摘まれたりしたが、その仕草は何処となく優しい。 それが感じ取れて、エドワードは自然と笑っていた。 ロイも笑っている。 くすぐったいようなそんな感覚が湧き上がるが、それでも視線はロイへと向けられていた。 しかし、じっとこちらを見られるとかすかに緊張するのを感じた。 それを誤魔化すために言葉を紡いだ。 「見下ろすのって気分いいな」 いつもこうやって自分は見られているのか、とふと思った。 それに、ロイの旋風や、頭や、長い睫毛をを見下ろせることなどないので、いい経験をしたと思った。 「私もたまには見上げるのもいいな。たまには、ね」 主導権を握るつもりなのか、ロイの口調は野心家のそれだった。 頬に当てられていた手が離れ、いつの間にか唇に当てられている。 弾力を確かめるように何度も押され、エドワードは少しずつ頬に熱が高まるのを感じた。 恥ずかしくなり、あさっての方向を向こうとするが、ロイはそれを許さなかった。 見上げる方だったら、俯いて顔を隠せるのに、とエドワードは悔いた。 が、もう遅い。 焦点がぶれるのを感じて、いつしかエドワードは誘われるように目を閉じていた。 久し振りに会ったというのに、エドワードの言葉は容赦がなかった。 「情けない顔してんなあ。睡眠不足?」 視界の隅に映るエドワードは、ソファにでんと腰掛け、 反撃するなら今だと言わんばかりに皮肉な言葉を浴びせ掛けてくる。 報告書に目を通している間、ホークアイから受け取った紅茶を啜っている様は、 とても未だ十五歳の子供とは言えないほどに居丈高だ。 「鋼の。今日は一緒に出かけないか?」 だからといって、麻痺した思考はそれだけでは動かない。 皮肉なエドワードの言葉など何処吹く風といったところだ。 だから、気分転換に出かけたかった。 大好きな子供と一緒に。 「はあ?寝ぼけたこと言ってないでさっさと、報告書読めよ。 弟が宿で待ってるんだからさ」 「じゃあ、アルフォンスも一緒に」 「……………………アンタオレを怒らせたいの?」 そんなつもりはないのだが、脈絡のないロイの言葉にエドワードのただでさえ短い癇癪が爆発しそうだ。 考えてみると先ほどから報告書に目を通しているが、虫の這ったような文字としか見れないのだ。 よって、頭の中でその報告書を整理しようにも無理があった。 そんな報告書を出すエドワード自身にも原因があるのだろうが、エドワードはただこちらを見据えている。 いや、エドワードの所為ばかりではないのはロイにもわかっていた。 エドワードが指摘した通り、睡眠不足が祟り、頭に靄がかかってしまったからだ。 カフェインを摂っているのだが、どうも効き目が薄い。 そう思いつつ、残り少ないコーヒーを飲み干した。 もう少し濃いコーヒーを作るべきだった。ホークアイが不在であることを今更ながら感じた。 「鋼の」 「ああ?」 「コーヒーのお代わり」 「未だ飲むのかよ」 「砂糖をたっぷり入れてくれ」 「………ミルクは入れる?」 「要らない」 ぶつぶつ文句を言いながらも、ロイの仕事が捗らないと困るのは 自分だとエドワードにはわかっているらしい。 小さな身体が給湯室に向かうべく、執務室のドアを開け、出て行った。 その後姿が消えるのを待って、ロイは再び報告書に目を戻した。 が、眠気が限界に来ているらしく、何もかもがぼやけて見えた。 まるで、半透明な水の中にいるように。 ドアノブを回す音にはっと起き上がる。 暫くの間かなりの確立で寝入ってしまっていたらしい。 机の上に顔をくっつけていた痕が残っている。 幸いなことに、エドワードは寝入っていたことに気付かなかったらしいが、それでもやはり無愛想な表情をしたままだった。 「はい、大佐。お待ちかねのオレ特性のコーヒー。しっかり味わって飲めよ」 恩着せがましい言葉と共にエドワードの手からカップが渡される。 どす黒い色をしているコーヒーはエドワードの心境を表しているかのようだ。 「ああ。ありがとう」 「だろ?だから、さっさと飲んで仕事やれよ」 「しているではないか」 「手がとまってる」 「…中尉に似てきたな」 「誰の所為だよ」 「こんな書類を私がお気に召しているとでも思っているのか」 「アンタが渡せって言ったんだろうが!」 陽光に照らされたエドワードの髪は反射しているが、それさえも撥ねつけているように鮮やかな蜂蜜色だ。 それがあまりにも綺麗で、窓のカーテンを下ろしたくなる。 誰の目にも触れさせないように、檻にでも閉じ込めてしまいたくなる。 自分は独占欲は弱いと思っていたのに、それはこの子供によって覆された。 ロイはエドワードが自分のために淹れてくれたコーヒーを一口啜った。 しかし、すぐさまぶっと汚いと思いながらも吐き出してしまった。 無残にも書類の上にロイが吐き出したもの、コーヒー豆が転がっている。 紙にはあちこみコーヒーの水溜りができている。 このままではしみになってしまうだろう。 やり直し………。 ロイの目の前は暗転した。 「は、鋼の、何入れたんだ?これは何だ?」 「コーヒーだよ」 「豆がそのまま入ってるじゃないか!」 「豆言うな!!」 「コーヒーの豆くらい挽きたまえ!」 「やり方知らねえんだよ!」 「傍にいる軍人に聞けばいいだろう!」 「こ、コーヒーには違いないだろ!オレへの愛情があるんなら全部飲めっ!!」 人並みの中に紛れてしまわないように、と言ったのはアルフォンスなのに、 どうしてアルフォンスは自分の居場所がわからなくなってしまっているのだろう。 (……小さいからじゃないよな。きっと) 非常に考えたくないことであるが、どうやらアルフォンスは道を間違えてしまったらしい。 何ということだ。何たる失態。 あれほどいつもエドワードに迷子にならないよう気をつけてね、 とあれほど口を酸っぱくして言っているアルフォンスの方が迷ってしまうとは。 この驚きを誰に伝えれば言いのだろう。 (いや、誰にも言う必要はないし) 自分で自分に突っ込みをいれる。 何だか急に疲れてきたのは気の所為だろうか。 (疲れた。眠いし。アルの馬鹿やろう) 何が時計の下にいれば、直ぐにわかるだ。 こんなことなら、ちゃんと宿で待っていた方が良かったではないか。 中途半端に気分がふわりと浮いていた。 待っていた時間は15分くらいしか経っていないのに、とても長く感じられて仕方なかった。 秒刻みに真上の時計がかちかちと音を立てている。 その音が急速に焦慮を生ませるが、だからといって、ここから動くことは出来なくて、結局のところ、 地は足に吸い込まれているかのようにこの場に留められている。 「アルの馬鹿やろう」 声に出して呟いてみると、やるせなさが伝わってきた。 寂しい気分になるのは周囲にいるのが待ち合わせに気分の浮き沈みを極端に見せている 恋人を待っているであろう若者が多いからだ。 その中の何人かが、早く相手が来ないかときょろきょろ見回していたりするので、 どうしても、それが気になってしまう。 彼らが一体どういう思いで人を待っているのか知らないが、こうして注意深く観察していれば、 心の動きなどそれとなく知れた。 「早く来ないかな。時間はもうとっくに過ぎているって言うのに」 だったりするかもしれないし。 「早く来るって約束したのに、全然来ないんだから。そうだ、何を言ってやるのか考えとこう。 私へのお詫びとして工具一色を買うようにって言ってやろう」 (いや、これはウィンリイだけだろう。普通女が工具一色なんて要求するか?) 自分自身への突っ込みをいれながらも、気分の浮き沈みが激しい。 そんな状況下の中でも、周囲にいた待ち人はやがて少なくなってしまっている。 そうすると、妙な連帯感を持ち合わせてしまった何人かがちらりとこちらに目を向けてくるのがわかった。 ばちりと目が合うと、意味なく唇の端を持ち上げる。 どうやらお互いに相手が来るのに待ちくたびれたらしいと率直な気持ちが伝わってしまう。 「ははは」 乾いた笑みを浮かべると、相手もそれに返した。 時刻は丁度六時を指した。 一時間毎にいちいち合図に音楽が鳴り響くその時計がやたらと目障りに思えてきた。 目を向けるものに何かないかとエドワードはそれを探す。 過ぎていく人ばかりが目に入り、そして、今自分はそれをやめているのだとはたと気付いた。 普段、何気ない言葉をかけてくる男の言葉が浮かんだのは気紛れだろう。 でなければ、そんな男の行状を見てしまったからか。 エドワードとは真向かいの道にいる男の周囲には女の人だかりがいた。 まるで、今有名なのはこの人というキャッチフレーズがついていそうである。 軍服を着ているが、それに対する違和感は欠片も見受けられず、 見ていて嫌味なほど似合っている、そんな男だった。 それでも、笑顔は胡散臭い以外の言葉では表せれない男で、 何がいいのかわからないが、女たちはそれを爽やかな笑顔と受け取っているらしい。 何とも不思議で、このエドワードのいるところとは欠け離れているような、そんな感覚に陥った。 「アルの馬鹿やろう」 引き結んだ唇から、そう言葉が漏れた。 いつだって自分が悪いのだとエドワードは思っている。 アルフォンスはとばっちりを受けているのだと思っている。 だけど、この時ばかりはアルフォンスが悪いだと思う。 男と目が合ってしまったではないか。 夢見が悪くなったらどうしてくれる? 男が少しずつこちらに足を向けてきた。 エドワードを捕まえるために。 |