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ごめん、好きなんだ ロイはいつだって欲しいものをくれた。 目の前の大人は。 じっとロイを見ていたからだろう。 執務室の机にて、書類の仕事を片付けていた男はその視線をエドワードへと向けた。 「どうしたんだね?」 「別に」 ぷいっと顔を逸らすと、再びロイは目の前の仕事に没頭し始めた。 ホークアイに、もう再三急がされている仕事なのだという。 もう一度、とエドワードはロイを見遣るが、今度は顔を上げなかった。 (何だよ、気付いてないのかよ) 目の前の男はいつだって欲しいものをくれた。 最初は絶望に打ちひしがれていたとき、道を提示してくれた。 国家錬金術師という道を。 その後は、事後報告はするものの、自由に旅をする権利を。 弟を戻す為の、貴重な資料を。 欲しいものをこの男はくれる。 誰も他にはくれなかったものだ。 だから、何となくエドワードの考えることは全てわかっているつもりでいた。 きっと見透かされているんじゃないのかと。 つまらないなってそう思って、エドワードは先ほどまで読んでいた著書をぱたんと閉じた。 これもまた、ロイがエドワードにと渡してくれた貴重な著書だった。 古びた、年代を感じさせるようなものではあったが、内容はエドワードを刺激させるようなもの。 それなのに、何故そんな気持ちになるのだろう。 「鋼の。もう読んだのか?」 「未だ全部は読めてない」 「君が?珍しいな。集中できないのか?」 「誰かさんの所為でできない」 その言葉の意味が何なのかロイはわからなかったようで、間を開けて「――――どういう意味だ?」と訊ねた。 あれ、とエドワードは思う。 全部わかっていると思っていたけれど、意外にわかっていないようだ。 ロイはいつだって欲しいものをくれた。 もしかしたら、またくれるんじゃないかとそんな淡い期待が、愚かにも浮かび上がって。 「大佐」 「うん?」 「――――やっぱり、何でもない」 愚かなことだ。 好きになって欲しいなどと、そんなこと。 弟を冷たい鎧の身体にしてしまったのに。 欲深くそんなことを考える。 「何かあるのなら、言いなさい」 ――――あんたがそんなこと言うから。 「笑うなよ」 「――――笑うようなことなのか?」 「あんた絶対笑うから」 「笑わないと約束しよう」 「破ったら、殴るからな」 「殴るようなことなのか?」 「殴るようなこと!」 心臓が痛い。 唇が震える。 (オレ、あんたのことが好きなんだけど、オレのこと好きになってくれる?) ロイはいつも欲しいものをくれたから。一番欲しいものを。 (あんたが言えって言ったんだから、責任取れよな) たったひとりで背を向けないで 「君は、なんだか随分私のことをわかっているみたいだね」 「何だよ、急に」 そう思ってな、とロイは軽く笑ってみせた。 しかし、その笑みが酷く痛々しく、また弱弱しいものでしかないことにも気付いていた。 人の、心を読むことなど出来ない。 ただ、こうじゃないかなとそう思って。 自分だったら、とそう思っているだけだ。 そう、オレだったら、と目の前の男に向き直る。 「大佐。何かあるならオレに言えよ」 ちゃんと聞くから、とそう言うと、目の前の男はぷっと吹き出したかと思うと、腹を抱えて笑い出した。 失礼な奴、とオレが殴ろうと拳を振り上げるとその前に、ロイに抱きすくめられた。 腕の中に強引に閉じ込められ、身体の力がすっと抜けていくのを感じた。 「………らしくないじゃん」 背中に手を回して、互いの体温を感じ合う。 生きているんだ、と生を意識する。 人の体温は酷く心地良いものだった。 それはこの男から教わった。 それなのに、そう言うのが精一杯で。 オレは無力だとそのことを実感する。 「そうだな、本当にそうだ」 認める男に、ヒューズ中佐、と口の中で呟いた。 この男は今にも泣きそうだよ。 もうあの優しい男はいないのだ。 「君は死なないでくれよ」 死なない人間などいる筈がない。 そんなことを一瞬思ったが、口にしなかった。 きっとこの男もわかっている筈だ。 瞼が熱くなった。 責めてくれたら良かったのに。 この男から親友を奪ったのはエドワードなのに。 「ほんとに、らしくないよ、大佐」 そう言って、自分もらしくないよな、と思いつつロイの背中に手を回した。 離れないように。 お願いだから 「伝言伝えといたぞ」 「そうか」 ヒューズからの電話はいつも、家族自慢から始まり、家族自慢で終わる。 しかし、今回は違っていた。 出てきたのは、エルリック兄弟への言葉。 「絶対あんたよりも先に死にしません。クソ大佐だってさ、言うね、あのガキ」 傷の男との戦闘後、あの子供に向けてヒューズに伝えてもらった言葉の返事だ。 「そうだな、それでこそ、鋼の錬金術師だ」 「はは。お前、子供に容赦ないな」 「当たり前だろう」 当然だ。 私が見つけて、ここまで連れてきた。 簡単に死なれてしまっては困る。 私は死なせる為に国家錬金術師の道を提示したわけではないのだ。 それでも。 「大丈夫だよ、あの子は、あの子たちは」 支え合ってこれまで生きていた子供たち。 時折、羨ましいとさえも思う、あの絆。 「何だかんだで心配してるんだな、あいつらのこと」 「私の管轄内で死んだら処理が面倒なんだ」 「嘘吐け」 口元だけで笑う。 電話越しにヒューズも笑っているのがわかった。 どうか、彼らの行く末に幸があらんことを。 それでも。 そう願うよ。 2巻より。 こっちを向いて 「たまにはお茶でもどうだ?」 誘ってきたのはロイだった。 エドワードとしては、何でアンタとお茶にしないといけないんだ、とそう思ったのだが、たまにはいいかとそう考え直した。 そう考え直した後で、男とお茶して楽しいんだろうか、とロイを訝る。 時間まで何をしてよう、とエドワードは考えた末に、少しだけ、本を読んで時間を潰すことにした。 それがいけなかった。 どうしても、本を読むと本の世界に入り込んでしまうのだ。 図書館で本を広げて本を読み終わった頃には、時間は夕刻。 既に、待ち合わせの時間より、四十分程遅れていた。 「やべっ」 走って、待ち合わせ場所まで急ぐ。 いないのかもしれない、とそうは思ったが、それでも、コートを片手に走った。 時計塔の前、というありふれた待ち合わせ場所に使われているその場所には、黒い髪、黒い瞳の男が佇んでいた。 「ごめん、遅れて」 息を乱しながら、そう言うと、ロイは「いいよ」と鷹揚に言った。 「ほんとに、ごめん」 「今日は私に付き合ってくれるんだろうね」 遅刻を理由に色々と付き合わせる気らしい。 「う、わかったよ。付き合う」 「冗談だよ。それに」 笑って、ロイは背中を向けた。 「うん?」 「君が遅れてきたおかげで、夕日が久し振りに見れた」 「あ」 「綺麗だね」 オレンジ色の夕日が沈んでいく。 少しずつ少しずつ色が濃くなっていく。 オレンジ色にイーストシティーが染められていく。 それは、確かに綺麗だった。 「綺麗」 「だろう?」 思わず口にした言葉に、笑ったその男は酷く満足そうだった。 それが何となく癪に障った。 「早く行こうぜ」 「わかったよ」 足を踏み出したエドワードの後ろでロイが笑っている気配がした。 「何で笑ってるんだよ」 「いや、君は可愛いなと思ってな」 「何だよ、それは」 「いや、褒め言葉だよ?」 何だそりゃと思いながら、エドワードは少しずつ歩幅を緩めて、ロイと合わせる。 影が少しずつ近付き、やがて、重なったのがエドワードにはわかった。 恋をした2人のためのお題より。 |