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「あんたなんか嫌い」 涙をその瞳に浮かべながら、そう言われて動けなくなった。普段だったら、丸くおさめるような、そんな言葉なのに。 君がいないから悪いんじゃないか。 そんな言葉が出そうになる。 いないから、君に似た女性と食事をしただけのことだ。 「鋼の」 「嫌いだ」 はっきりと届いた言葉はまるで最終通告のようだった。 「すまなかった」 君は私に執着がないと思ったから。 だって君は直ぐにいなくなってしまうから。 もちろん、理由は知っているけれど。 まさか、見られていたなんて。 「あんた本当に悪いと思ってんの?」 「・・・思ってない」 「なら謝んな」 睨まれて、降参だと言わずにはいられない。 「君は意外に私のことが好きだったんだね」 「好きだよ、馬鹿」 最初は嫌いだと言ってたじゃないかとかそう思いつつ、それでも嬉しいと思うのは、惚れた弱味だろう。 「お返し」 「何の!?」 「チョコレートの」 小さいチョコレートを一つか二つしかしか渡さなかったのに、ロイがエドワードに渡したのは小箱だった。 小箱に入っているのはマカロンなのだという。 選んだのはロイで美味しいと評判を聞いたからだと。 「オレ、そんなにいいもの渡してないのに」 「こういうのは気持ちだから」 柔らかく笑顔でそう言われて、もっといいものあげれば良かったとそうエドワードは思った。 (気持ちはオレも入ってるけど) 「マカロン美味しかった」 「良かった。並んだ甲斐があった」 「並んだんだ」 この暇人、と心の中で呟いた。 忙しいことを知っている。 その時間を割いて自分のためにマカロンを用意したのだ。 この男が、と考えると温かいものが膨れ上がってくる。まるで、甘い砂糖菓子のようだ。 「今度食べてみたら?」 美味しいから、とそう伝える。 「自分のために並ぶのはな」 なら、今度オレ買おうかな、とそんなことを思った。 もちろん、この男に渡すために。 「好きな人はいないのか?」 どうして断定なのだろう。 ロイにはエドワードの考えていることがわかるのだろうか。 それなら、話が早い。 ちらっと、ロイの表情を見ようと、エドワードは顔を上げた。 ロイの表情には薄く笑みが広がっていて、特に何の関心もないまま、口を開いたのだと、そのことがわかった。 それまで沈黙が続いていて、その沈黙を打破する為の言葉だったのだろう。 「いないよ」 ページをぺらりと捲くる。 もう少しで読み終わりそうだ。 「それは寂しくないか?」 寂しいよ。 いても、いなくても、どちらにせよ、寂しいとそう思う。 ロイの心の中には自分がいないのだとそうわかるのだから。 「好きな人がいると、寂しくない?」 何となく、そう聞いてみると、少しだけロイは驚いたようだった。 「そんなこともないけどね」 恋愛を楽しめるようになるのは、遠く先のことに思えた。 「今日で終わりか」 今、思い出した。 「年末らしいことを何一つしてない」 居心地の良いソファに座りながら、思わずひとりごちた。 「そうか?」 同じ意見かと思ったが、違うらしい様子のロイにエドワードは顔を向けた。 「あんただって、仕事だったじゃん」 しかも、遅くまでとそう付け足す。 帰って来たのは、23時を過ぎてからだ。家主がいない部屋で、エドワードは借りてきた本を読んでいた。 ぺらぺらと本を読み進めていくうちに、手元にある本は全部読み終わっていた。その分、知識も詰め込まれた。 その間にあっという間に陽も落ち、冬だということは実感する。外の空気は冷たく、今にも雪を呼びそうな気配を漂わせている。 そんな窓外の景色とは関係なく、リビングで過ごす分には快適なものだった。 普段と変わらない日常に、何だか不思議な気もしたが、何故か安心感もある。勿論、目的を考えれば、焦燥もある。 「君と一緒に過ごしている」 笑ってそう言われれば、ああそうだなと思う。自然に近くにいるから今更そうだと実感した。 「たまたま重なっただけだ。調子に乗るな」 ロイの唇の端には弧が描かれている。いや、ずっと帰って来てから笑っている。 「いや、調子に乗るよ」 気付かれてはいるだろうなと思ったが、一応そう告げた。リゼンブールに帰ろうと思ってたんだ、と言おうかなと思ったが、やめた。 気付いたら帰る場所がロイのところみたいで言いたくない。いつか、簡単に言える日が来るかもしれないとそう思いつつも。 「来年もよろしく」 これからもお付き合いを。 一緒に歩いているのに、距離が遠い。 そう思ってしまう。 勿論、理由は知っている。 「ついてくるな」 「行き先が一緒なんだ」 「別に一緒に歩かなくてもいいだろう」 道すがら偶然出会い、行き先も一緒だった。 お互いに駅まで向かう用事があった。 自然、肩を並べて歩いていたのだが、会話に、嫌われているな、とそう思う。 無理ない。 自分の彼への態度を見れば、自ずとわかるものだ。 ただ、甘やかすだけが、良いことではないことを知っているつもりでいる。 自分と同じく、目的をはっきりと持っている彼はただ前だけを見て、真っ直ぐ動いている。 しっかりとした揺ぎ無い芯を持っている。 いずれ、目的を果たすだろうと思わせるような。 立ち止まることが出来ない、理由があるからだ。 そう思うと、自然と口が開かなくなった。 エドワードも何故か普段の嫌味が出て来ない。 ただ、前だけに視線を向け、歩いている。 急いでいるのだろう。 沈黙が続き、自分らしくないなと思いつつ、少し歩幅を緩めてみる。 きっと彼は気付かないだろう。 そのとき目についたのは、反対側の通路にいる金髪の女性だ。 均整的な身体で、健康的な肌の色をしている。 小さな頭蓋、すっと通った鼻筋、肉感的な唇。 美人だと言えるが、興味が湧かなかった。 私の視線に気付いてか、目がふと合った。 社交辞令で笑えば、彼女も笑みを返した。 そして、視線を前へと戻すと、エドワードが三メートル程離れたところで立ち止まって待っていた。 じとりと睨んでいる。 何人かの通行人がその間にも通り過ぎていく。 彼との距離だけ。 「何見てたんだよ」 私の視線の先をエドワードは見ていたのではないだろうか。 「綺麗な女性がいてね。見事な金髪だった。自分にないからか、私は金髪が好きでね」 そう言うものの、目の前の子供の金髪に目が向いてしまう。 「へぇ」 女たらしとでも、思っているのだろう。 言ってみようか。 そう、心の中で呟いた。 「君も好きだよ」 「はあ!?」 その態度は傷付くんだが、鋼の。 そう、思わず口に出そうになった。 「君の金髪もね」 「――――傷んでるけどな」 ぱっとコートを翻して前に進んでいく、彼の耳が赤い。 気にしてか、髪の毛先を弄る。 そんな彼が堪らなく愛しい。 意外にエドワードとの距離は遠くないのかもしれない。 そう思いつつ、今度は彼の隣まで追いつき、並んで歩いた。 |