スーパーショートストーリー





06 見つけた
07 代価
08 オレには殺したい人がいます
09 愛情表現
10 眠る方法






それは遭えて言うならば、恋と言ってもよかったのかもしれない。 幼い子供が人体練成をしたのだという事実を知ったときは、身体が無駄に高揚した。 それは自分が為し得なかったことであり、それを未だ幼い子供が失敗に終わったにしろ、やり遂げたというのだから。 床に描かれた錬成陣と血溜まりが何よりの証だった。 すぐさま、ホークアイを連れて、兄弟がいるのだというロックベル家へと向かった。
そこにいたには、打ちひしがれた子供だった。 まるで生気の欠片すら見つけることが困難だった。 このままでは、再起不能で終わってしまうのではないかと危ぶむほどに。 そんなことをさせるわけにはいかない。 見出したのは、自分と間違いなく同類の人間だった。 このまま埋もれていくには勿体なさ過ぎる。
やっと見つけた、自分の同類を。
ロイは歓喜に震えたが、それを表面では隠し通した。

そんな感覚を味わったのは、初めてだと言っていいだろう。 自分の中で枯れていた衝動が湧き上がるのを感じた。 ただただ仕事を緩慢にこなし、生きていた自分の人生全てが覆ったような衝撃だった。

この子供が欲しいと思った。


この子供がどうやって生きていくのか、それを見たいと思う。
自分が手に入れられなかったものを、手に入れるところを見たいと思う。
自分と同じようになるのか、それを見たいを思う。


目を合わせた子供の目は、卑屈な色をしていた。
自分がしたことに打ちのめされているに違いなかった。
一体何が起きたのかはわからない。
それでも、車椅子に乗せられ、片手片足がない事実に察するものがあった。

ロイは子供のシャツを掴んで、引き上げた。
叱咤するために。
自分が何をしたのか思い起こさせるために。
そして、子供を自分の下へと来させるために。






何かを得るには代価が必要。
それは上司であるロイ・マスタング大佐の言葉だ。 錬金術の世界では「等価交換」というらしい。 それが払われているからか、ホークアイのいるこのイーストシティーの流れる時間というのはとても穏やかだ。 その一昔前には一体何が起きていたのかそれを体感しているものもいる筈なのに、とふとつまらないことを思う。 あまりにもの穏やかな時間に自分の持っている何かが崩れている、そんな気がしてならなかった。 あるいは、これは準備であるかもしれなかった。 何かを喪失する前に、喪失した後のことを考えるなど、負け犬の考えにしか過ぎないだろう。 それはわかっているのだが、考えずにはいられなかった。

時刻は丁度午後を迎えたばかり。
庭に出向いたところ、知っている何人かが休憩をしていた。 日向ぼっこといったところだろう。 木陰に腰を下ろし、読書を始めたのはフォルマン准尉だ。 呼んでいる著書に疑問でも感じているのか、眉を寄せている。 ブレダ少尉は横になっている。 瞼を閉じているところ見ると、眠りが深いことは確かだ。 フュリー曹長はホークアイの飼い犬であるブラックハヤテと遊んでいる。 相性がいいらしく、よく一緒にいるところを見かける。 お馴染みのメンバーの中にハボック少尉だけがいなかった。 彼はどうやらつきあっている女性ができたのか、そちらの方へ行ってしまったらしい。 と、思ったのだが、違った。 角度的に見えなかったが、木にもたれて煙草を吸っているようだった。 木の向こう側から腕が覗く。
上司は何処かと見回せば、大佐は空に浮かんだ雲を見ているようだった。 もし時間が夕刻であったなら、黄昏ていると表現しているところだろう。 しかし、彼の目は何処か遠い。 もしかしたら、彼が見ているのは雲ではなくて、もっと先のことなのかもしれない。 彼が築こうとしている理想か。 それとも、自分の秘めた野心か。
どちらにせよ、休憩時間に見るには些か間違っている。 休むために休憩があるのだから。 それを履き違えてしまっては意味がない。 ただでさえ、この上司は仕事の時間は有意義に過ごさないのだから。 以前エドワード・エルリックが彼のことを「給料泥棒」と指を指して言ったものだが、 強ち間違いではないだろう。

「大佐。何を考えているのですか?」
気付けばいつも上司の行方を気にしている気がする。
まるで、今しも上司がいなくなってしまうかもしれないと恐れているかのように。

「いや。鋼のもこの空を見ているのかなあと」
ちらりとこちらに目を遣った上司の顔は笑っていた。

「エドワード君がですか?そうですね、同じ空を見ているのかもしれませんね。 アルフォンス君と一緒に」
「そうだな」

空はずっと続いている。
それは雨となり、あるいは雲に覆われてしまうかもしれないが。
それでも、この空は色彩を変えながらどこまでも――。

昔は取り残されたような気がしたものだ。 空はどこまでも高く、自分の手などすり抜けてしまうと感じるほどに。 ある意味でそれは正しかったと今では言えるだろう。 ただ昔はそれを信じたくなかった。 手に入るもののみが真実としか感じれなかった。 しかし、今はそう考えるほど子供ではない。

だから、このどうしようもないと感じる上司に笑ってみせた。
「そういえば、今日エドワード君から電話がありましたよ。 明日にはこちらに来るから、首を洗って待っていろ、だそうです」
エドワード君と何かあったんですか、と何気なく言葉を添えて。
上司の顔が一瞬引き攣った様な気がしたが、それを最後まで見届けることもなく、 ホークアイは空を見上げた。 空はやはり遠く高いといころにある。 それでも、届かない位置にあるようには今では思えない。 少しずつ人は成長していっているのだから。 それがいい方向に向かっているかはともかく。

ロイがこれほどまでに、興味を持つ人物など稀なのだから。
でも、彼が手に入れる為に失う代価は何なのだろうと思う。






幾度か司令部には顔を出そうと思っていたのだが、報告書が作れていないことを理由に、暫く街の中をうろついていた。 未だに探し物は見つからない。 そのうえに、定期的に報告書を作らなければならないその現状に、疲れていた。 そんな兄に弟は気落ちしたのだと悟ってか、外に出てきたら、と言った。 しかし、そこでロイに会うことになるとは、アルフォンスは考えてもいなかっただろう。

「久し振りだな、鋼の。たまには顔を出しなさい。それとも理由があったのか?」
ロイの目がふと和らぐのを感じた。
あまりに久し振りだということで、からかいの言葉はない。
「何でもねえよ」
それでも、エドワードは言葉を硬くしてしまう。
ふと、肩に手を置かれたので、振り払う。
この男に触れられたくなかった。
「全くつれないな、私にくらい話してくれてもいいだろう」
ロイはそう言うが、直ぐにエドワードの傍から離れてしまう。
「失礼するよ。連れが待っているものでね」


オレには殺したい人がいます。
その人をどうやって殺そうかといつも考えています。
殺すには証拠が見つからないようにしなくてはなりません。
オレは最年少国家錬金術師なので、頭は悪くないと思います。
なので、どうしたらその人を殺せるのか、いつか思いつくと思います。
だから、今のところは殺人は犯しません。
殺人犯で捕まるなんて、どじなことはしたくありません。
そんなことでオレの一生が台無しになるなんて考えたくもありません。
そんな価値はその人にはありません。


ロイの隣には綺麗な女性がいた。 小さな頭蓋に、大きな目、鼻梁もすっきりと通っていて、唇は紅い。 頭蓋を纏っているのは、長い金髪だった。 比べられているようで、腹の底が冷えた。 いつものことだ、とそう自分に言い聞かせるが、それでも、心ではいつも期待している。 いつか、男が自分のものになるのではないか、と。
酷いではないか。 まるで餌を振りまくように、優しくしてくれるのに、肝心なところで突き放す。


オレには殺したい人がいます。






「この首輪はどう思う?」
「うん?まあ、いいんじゃねえの?」
「…………反応が薄いな」
「何文句言ってるんだよ。買い物について来てやったろ」
「これ何かはどうだ?」
「まあ、いいんじゃねえの?」
「…………鋼の、買い物が楽しくなくなるんだが」
「じゃあ、オレと来なければいいじゃん」
「問題はそこではないんだが」
「ブラックハヤテ号の首輪を買いに来たんだよな」
あまりに熱心に首輪を探しているロイにふと、疑念が湧いた。 それにしては、猫用のものをあれこれ手に取ったりしている。 エドワードも首輪を一つ取った。 猫の細い首に合った、赤い首輪だ。 多種多様な首輪が探せばあるものだ。 それほどまでに、ペット産業の需要は高いのか。 それとも、飼い主の要求するものが大きくなっているのか。
「いや、違うよ。猫のだ」
「猫の?」
ロイは猫を飼っていただろうか。 飼っていなかったと記憶している。 最近猫を拾ったのだろうか。
「毛並みの綺麗な猫なんだが、全然懐かなくてな。ご主人に黙って出かけていくし、そのうえ、帰って来るのが遅い。私がどれだけ心配しているのかなんて知らずに。 なら、いっそのこと首輪をつけようと思ってな」
「縛り付ける気かよ」
「そうでもしないと、傍にいてくれないのでな」
「それってアンタに問題があるんじゃないの?」
「首輪をつけるのは、愛情表現だよ」

雁字搦めに縛り付けられ、自分以外目に映らないようにする。
他のものに目を奪われたりしないように。
そうすれば、何も心配がない。
何せ、手元にいるのだから。
ペットの意思などそこには介在しない。

「アンタ、猫なんて飼ってた?」
「私の目の前にいるだろう」
「オレかよ!しかも、こんな細い首輪入るかぁ!」

軍の狗と呼ばれ、拘束されている自分を更に縛りつけようとするなんていい度胸だ。






「あら?」
リザ・ホークアイが執務室に入ると、 そこには机の上に頭を乗せた上司のであるロイ・マスタングの姿があった。 ホークアイの上司である彼は何かにつけデスクワークが遅い。 単純な作業であったが、それがどうやら性に合わないらしい。 なので、大抵ホークアイが上司であるロイに銃口を向けることになる。 今回もどうやら愛用している拳銃の出番のようだ。 弾とて無料で配布されているのではない。 出費は備品として提出するしかないだろう。 いつも装填されているから、後は引き金を引くだけでいい。
その時、開放している窓から微風が吹いた。 風のひゅうと鳴る音と共に、カーテンがそよぐ。 そして、木の葉が執務室へと運ばれてきた。 その中の数枚が上司の背中に舞い降りた。 上司は気付くことのないまま、深い眠りへと落ちている。
その様子に仕方ありませんね、とホークアイは納得せざるを得なかった。
その上司の斜め後方を見遣ると、同じようにエドワードがソファから足を投げ出し、寝入っていた。 どうやら上司はこの子供に眠りへと誘われたらしい。 エドワードには上司のものであろう軍服を腹にかけられている。 子供の寝顔は言うと困った顔をするかもしれないが、可愛らしかった。 頬もふっくらとしていて、思わず触りたくなってしまう。 こんな子供の寝顔を見ていれば、思わずあまりにもの和やかさに、 あるいはこの陽気に眠りに誘われても仕方ないと言えた。

「あ、中尉!」
エドワードの弟であるアルフォンスが執務室へと入って来た。
どうやら兄とは別行動をしていたらしい。 考えてみれば、アルフォンスが軍の人間ではない。 しかし、司令部内を彼は自分の庭のように見知っている。 鎧の身体ではあるが、アルフォンスは温和で何より優しい性格をしていた。 それゆえ、大抵の者は風貌に関わらず好意的に彼を見てくれている。

「アルフォンス君。久しぶりね」
ホークアイの言葉にアルフォンスは頷いた。
「兄さんが渋って、なかなか来ようとしなくて。…大佐に会いたくないからって」
それにしては、エドワードは熟睡している。
嫌いな人間の傍でいつまでも無防備に寝ている人間はそういないだろう。
アルフォンスはその兄の姿を目で追って呆れたように息を吐いた。
「………兄さん。眠ってますね」
「そうね。熟睡しているようだわ。大佐もだけど」
「兄さん。この頃忙しくて、あんまり眠ってないんですよ。 特に本を読んでいるときなんか、食事すら摂らなくて。 生活のリズムがおかしくなってるんです」
エドワードのその集中力は驚嘆に値する。 エドワードは何より、弟のことを大切に思っている。 その弟のために何であれ、彼は努力する。 その姿はある意味痛々しい。
ホークアイは一瞬ではあったが、睫を伏せた。
「今までアルフォンス君は何処にいたの?」
アルフォンスは自身の事を聞かれたからか、視線をホークアイに戻した。
「ボクは兄さんを待つ間図書館にでもって思って行ってて。 でも、いつまで経っても兄さんが来ないからどうしたのかと思って」
多分大佐につっかかってるんだろうなあとは思ったんですけど、とアルフォンスは続ける。
もしかしたら、エドワードは上司とのやり取りに疲れて、 ソファで知らず知らずのうちに眠ってしまったのかもしれない。
少なくとも、アルフォンスはそう思っているようだ。
「でも、起こすのは忍びないわね」
睡眠不足なら尚更だ。 ただでさえ、成長途中なのだから、食事もきちんと摂り、睡眠もきちんと取った方がいい。 改善されないようなら、ホークアイ自ら注意をしようと心に決めた。

「兄さんは運んでいきますよ。用事も済んだようだし。 じゃあ、大佐によろしく言っておいて下さい」
上司は未だに深い眠りの中にいるらしい。
机の上に書類もペンも転がっている。
「ええ。言っておくわ」
器用にアルフォンスはエドワードを背負うと、一礼してから、執務室から出て行った。 その姿を見送ってから、ホークアイは自分の上司の軍服をエドワードに貸したままだと気付いた。 が、アルフォンスは直ぐに気付いて、戻ってくるかもしれない。 いや、そう簡単に気付くことはないだろう。 気付くのは宿に着いてからに違いない。 そうしたら、あの兄弟の間にどんな会話が交錯されるのだろうか。 ちらりとその原因を作った上司を振り返る。 窓が開いているからか、肩を強張らせている。 寒いのだろう。 おまけに、風がある。 空は次第にオレンジ色へと染められていく。 その色の鮮やかさに目を奪われる。
窓を閉めると、ホークアイは上司にかけるべく毛布を取りに執務室を後にした。





その翌日にエドワードがロイのところに怒鳴り込んできて、やたらと騒いでいたのは後の話である。