簡単なエドワードからの定期報告を受け、ロイは終わったとそう口にした。

「終わった。いいぞ、帰って」
「久しぶりに直しがないっ!」
「いつもこうだといいんだがな。みみずが這ったような字を書かなければ」
「読めるんだからいいだろ」

エドワードはそれでも、動こうとしない。
いつもであれば、さっさと弟のアルフォンスのところへ行こうとするのに。
「何だ、鋼の。他に言いたいことがあるのか?」
「別にないよ。じゃあ、オレ行くから」
エドワードは途端に立ち上がる。

思わず、ロイは笑ってしまう。
未だ一緒にいたいのだろう。 ホークアイも今は執務室にいないのだ。 二人きりというシチュエーションは実は珍しい。

「笑ってんな、この無能!仕事しろ!」
顔を赤くさせて言っても怖くないぞ、と心の中で思う。 しかし、やらなくてはならない仕事は山積みだ。 どうせ、仕事終わりにエドワードと食事の約束を交わしている。 楽しみは後で取っておきたい。 それでも、悪い大人は口を出さずにいられない。

「後でたくさんやらしいことをしような」
にやにやしながら言うと、エドワードは間髪入れずに返ってくる威勢のよい言葉。
「そういうこと言うな!」








時間はひたすら流れていく。
気付かない間に。
リゼンブールの丘の上、エドワードとロイは空を見上げていた。
青い空に点々と白い雲がある。
雨が降る気配が全くない、快晴だ。
そろそろ会話をやめようと、とエドワードは思っていた。 昔の感情が蘇ってきそうで、怖かったのだ。
「まあ、元気そうで良かった。ていうか、ウィンリイたちには会っていかないのか」
エドワードはロイの顔を見遣る。 未だ大佐だった頃とは、違う。童顔だと言われた顔に精悍さが増していた。 きっと、エドワードには言えない苦労を積み重ねてきたのだろう。
「ちょっと寄っただけだからな」
「忙しいだな、流石大総統候補」
エドワードはロイが着ている青い軍服が目を向けた。
「当たり前だ」

エドワードは自分の左手の薬指に目を向けた。 ウィンリイとお揃いの指輪だった。 ウィンリイがこれがいいと見つけてきたものだ。 シンプルなプラチナリング。一連のダイヤが埋め込まれている。 ロイの薬指にも同じようにシンプルなリングが嵌められている。

「リザさんとはどうなんだよ」
「ああ、相変わらずだよ」
「そっか」

互いの家庭のことを話す、そんな日が来るのだと思わなかった。 それだけの時が流れている。 風にのって、かすかに子供の声が聞こえてきた。 泣いている。 ここから聞こえるなら、それは自分の子供の声だ。 生まれて未だ一ヶ月ほどしか経っていない。 今は泣くのが仕事なのか、よく泣いている。

「じゃあ、オレ戻るな。ちびたちと遊んでやれないと」
「最近子供が産まれたって」
「そうそう。ウィンリイがかまけていると、上の子が怒るんだよな。昔のオレみたい」
「そうか」

軽く手を振って別れる。 振り向けば、ロイがエドワードを見送っていた。 優しい目だった。いつもその目でエドワードを見ていた。けれど、もうその目は他の者に向けられるものになってしまった。 見るんじゃなかったかも、とそう思いながらも、口から言葉が零れ出た。
「幸せになれよ」
今のエドワードも幸せだから。

あんたも幸せになれよ、と。 あまりにも小さな言葉は、きっとロイには伝わらなかっただろう。 それでも、ロイには届いている気がした。 視線が緩く絡む。 そのことを感じながら、エドワードは自分の家族が待つ家へと向かった。 ロイが丘から動く気配がした。背中が遠くなっていく。この男の背中を思えば、エドワードはいつも見ていたような気がする。出会った日から。気づいたら、肩を一緒に並べれるくらいにエドワードは背が伸びていた。
家に戻れば、ウィンリイがダイニングキッチンで赤ん坊を腕に抱いて椅子に腰を掛けていた。 赤ん坊は大人しく、母親の腕の中にいる。 ウィンリイの赤ん坊に注がれる目は正しく、母親のそれだった。 自分が欲しかった家族の情景だ。

「どこに行ってたの?」
母親の目から妻の目にウィンリイが変わる。
「直ぐそこ。ようやく寝付いたんだな」
何故ロイといたと言わないのだろう。自分でそう思う。 隠すことでもないのに。
「さっきまでうるさかったよ。子育てって本当に大変なんだもん」
「外まで聞こえてきた。元気よな」
一心に自分が生きていると主張する子供の声。

赤ん坊の顔を覗き込んだ。 皺くちゃの生まれたばかりの顔だ。 その小さな小さな自分の子供の指を摘んだ。 泣きそうになったのは、どんな感情からだろう。



***

二人は昔付き合っていて、今別の人と結婚してるという話。








何故か執務室に入るまでにエドワードの手には幾つかのお菓子の袋を持つことになる。 大人というのは何故か子供に構いたくなるらしい。 そして、子供はお菓子が好きだと思っているらしい。

「大佐、いる?」
その中の一つの袋をエドワードはロイに向かって何気なく、掲げた。
「チョコレート。こんなに食べると、虫歯になりそうだからさ。またもらっちゃった」
ロイは忙しいらしく、書類に目を通していた。
「要らん」
「…………あげるわけないじゃん。せっかくオレに用意してくれたのに」
疲れているみたいだから、ちょっと甘いものはどうかとそう思ったことは口に出さなかった。 エドワードがもらったものはお菓子だけではなく、好意なのだ。 そういえば、たまにホークアイやハボックもエドワードにお菓子を出したりする。
「あ、そうだ」
これはどう、とエドワードはロイにポケットに入っていたキャンディーを取り出した。
「飴。薄荷だから、甘くないぜ」
「私は子供か。要らん。いや、甘くないならもらっておこう」

お菓子にこめられたものは好意。 ロイにその気持ちが伝わったのかもしれない。 甘くないならいいと思ったかもしれないけど。 そう思いつつ、少し口元が緩んだのが自分でもわかった。