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何かエドワードが悩んでいる、とそう話したのはブレダだった。 ブレダもハボックと同じでお節介な人種だった。何か悩んでいる様子のエドワードに話し掛けたのだろうと何故か推測できた。 どちらかといとエドワードは自分の心情を打ち明けるタイプではない。何か悩んでいることがあった場合もそれに当てはまる。 なのに、それを打ち明けたというのなら、きっととても悩んでいるのだろうとそう思った。 「鋼のは何て?」 「答えてくれなくて。ハボックと一緒だったんですが、ハボックが茶化してもただ困った風に笑うだけで」 相当きてるみたいですよ、と言うブレダにふむ、とロイは考えるふりをして顎に手を当てた。 自分の中で何をするべきかはわかっていた。 「鋼の」 「何だよ、大佐」 「一人で何をしてるのかね?」 「………日向ぼっこ」 「木の上で?」 猫みたいだ、と思ったことは伏せておく。 鋼の錬金術師、ことエドワード・エルリックは木の枝の上で寝そべりながら、空を眺めていた。 枝よりも、ソファの方が寝心地がいいだろうに。 弟であるアルフォンス・エルリックは同じく中庭にてブラックハヤテ号と遊んでいる。 駆け回っている姿に子供なのだとそう思った。それなのに、兄は難しそうな顔をして、ロイを上から見下ろしている。 エドワード相手に遠回しな言い方は不要だった。 「何か悩んでいることがあるのかね?」 「だったら何だよ」 いつものエドワードだったら、ロイの言葉を疑っただろう。しかし、それがないところに、ブレダの言葉が真実なのだと知った。 「話してみなさい」 ちろりと一瞬ねめつけるような視線がエドワードにあった気がした。 「別に大したことじゃねえから」 話さないとそう思った。しかし、話して欲しいと思ったのだ。これまでの自分の態度からも簡単に口を開いてはくれないと。 君の力になりたいんだ。 ――――私は君のことが好きだから。 ロイが去っていくのを見送りながら、エドワードは泣きたい気持ちを堪えていた。 「アンタのことで悩んでいるなんて言えるわけねえじゃん」 そう呟いた言葉は風にかき消え、誰にも届くことはなかった。 罰ゲームだった。 まさかの失態だった。 ハボックとチェスの勝負をしたのだ。 勝った場合、ロイはハボックに雑務を押し付けようとしていた。 負ける気がしなかったので、ハボックが勝った場合何を用意するのか聞こうとしなかった。 しかし、まさか。 「男に好きだと告白して来いと?」 眉間に皺が寄るのがわかる。 不機嫌になっていくロイに構うことなく、ハボックは笑っていた。大笑いだ。 恐らく、ロイが誰かに告白することを思い描いているだろう。 不機嫌そうに男に告白する自分を思い描いているに違いないと思った途端、焼き殺してやろうかと思った。 「何故そんなことをしなきゃならん!」 「女好きな大佐が実は男が好きとか面白いじゃないですか!」 面白い、ただそれだけである。 「今度お前が負けた場合、お前も男に告白するんだぞ!」 反故にするという選択肢も残っていた。 しかし、ハボックにもさせねばならないと思った途端、そんなことは掻き消えてしまっていた。 要するに負けず嫌いなのである。 にやにやしているハボックを後ろにロイは誰かを探しに足を踏み出した。 「あ」とそう声に出したのは、エドワードからだった。そう言えば、とロイは思い出した。 未だ残って調べ物をしていく、とそう言っていたのだ。 エドワードだったらいいだろう、とそうロイは思った。後でこれは罰ゲームだったのだ、と言えば済む。 エドワードはロイが男好きだと思っていないから、説明は簡単に済む。 好きだ、と告白したところで、返って来るのは気持ち悪いという偏見の言葉ではなく、頭大丈夫という心配だろう。 精神科紹介しようかという親切は流石にエドワードの口から出ないだろう。流石にその言葉には衝撃を食らう気がした。 「いいところにいた」 「はあ?」 幸い、周囲には誰もいない。きょろきょろと周囲を確認すると、エドワードが訝しそうに眉を寄せるのがわかった。 息を吸い込んだ途端。何故か緊張する、とそう思った。ありふれた陳腐な言葉だ。 これまで何度も女性に使った言葉だ。それなのに、何故か。 「鋼の」 「何だよ」 何故かエドワードも緊張しているとそう思った。 「君が好きだ」 世界が一瞬、消えたとそう思った。互いに何も言い出せずに、沈黙が続く。その沈黙を壊したのはエドワードだった。 「マジで?」 エドワードの言葉が震えていた。 「オレもアンタのことが好きだった」 顔を俯かせていたが、薄く頬が桜色に染められていた。そして、瞳が今にも揺れそうに頼りない。 まさか。 再び訪れる沈黙。 ロイは何も言い出せずにいた。 突然、エドワードが大笑いをした。腹を抱えての爆笑である。あまりのことに、ロイがぴくりと身体を震わせていた。 「何真に受けてるんだよ、冗談に決まってるだろ」 目尻に涙さえ浮かべている。 「………冗談?」 「アンタこそなんだよ、罰ゲームか何か?誰かが今この場面見てんの?」 正直に告白するしかないとそう思った。 「ハボックにチェスで負けてな」 「負けて?こんな間抜けなことさせられてんの?アンタって以外と勝負事弱いんだ?」 「たまたまだ」 「ふうん、腹痛え」 少し大袈裟過ぎやしないか、とそうロイは思った。これでも、男に告白したのだ。罰ゲームでとはいえ、勇気が必要だったのに。 「じゃあな、大佐。変態にはなるなよ」 「余計なお世話だ」 そう言いつつ、ロイはエドワードの背中を見送っていた。 きっと本当に告白したと言ったら、ハボックにまた大笑いさせられるのだろうと思いながら。 冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ。 エドワードはロイが踵を返してから、ロイの小さくなる背中をじろりと睨みつけていた。 男に告白するなんてどれだけ勇気が要ることだと思ってたんだ? それなのに、簡単に言いやがって。 ロイのことが好きだった。気持ちを打ち明けるつもりもない。 それでも、もしかしたら、言えば何か代わるかもしれないという希望を捨てられない。 「死ね、ロイ・マスタング」 エドワードも踵を返しながら、物騒な言葉を吐いた。 その言葉を聞いた軍人が驚いたのは当然のことだろう。 オレには夢があります。 「何か夢がないのかね、鋼の」 「アンタ、突然何言ってるんだ?」 「夢というよりもやりたいことだよ」 突然のロイの言葉に驚くのは当然のことだろう。いつだって、ロイの言う言葉は突然だ。脈絡があるのかとそう思ったりもする。 「―――――アルの身体を元に戻す」 執務室には幸いというべきか、人がいない。だからこそ、この大人は暇にかこつけ、口を開いたのだろう。 「そうではなくて、君のやりたいことだよ、自分自身のことだ」 「んなこと今は特に」とそう答えてから、エドワードは「仕事しろよ」とロイの作業を手を緩ませないように声を掛ける。 ホークアイに頼まれたのだ。ロイがさぼらないようにと。 「女性とデートは?」 「アンタの頭の中ってそういうことで一杯なんだろうな、さぞかし」 「女性はいいぞ、鋼の」 「そういうことは仕事が終わってから言ってくれます?」 ぺらぺらと雑誌を捲る。 「鋼のはお子様だからな。背も小さいし」 「だーれが棚に手が届かないくらいに子供に見えるドチビだって?」 欲しかった書籍に手が届かず、諦めた挙句、表紙に騙され雑誌を借りたエドワードは見当違いな八つ当たりをロイにぶつけた。 結局、執務室は嵐が来た様な惨状となってしまった。 ホークアイが帰ってくるまでに片付けなくては後が恐ろしい、と両者一致し、ロイとエドワードは錬金術で執務室を片付けていた。 練成の光が執務室を満たす。 「ちくしょう、大佐一人で片付けろよ」 「君のせいだろう。仕事が増えた」 「それは大佐が…!」 再び怒りが再燃しようとしたが、時間が足りないことを思い出し、ぎゅっと拳を握り締め、耐えた。 膨れっ面をしているエドワードに何を感じたのか、わからないが、淡々と作業をこなしながら、ロイが口を開いた。 「鋼の」 「何だよ」 「もう直ぐ片付けも終わる。仕事ももう直ぐ終わりだから、夕飯でも一緒に食べないか?」< 「大佐の奢りだよな、勿論」 二人ともして、溜息を吐いた。 オレにも夢があるんだ。アンタの傍にいたいっていう夢が。 でも、そんなの気持ち悪いだろう?好きだって言ったら軽蔑するだろう? だから、そんなこと言えないんだ。 怒ったことは背のことを言われただけじゃない。 叶わない夢を口にしなくてはならない現実に、嫌気が差したからなんだ。 「シチューでいいか?」 「え?」 思わず顔を上げたら、少し困ったようなロイの顔があった。 「シチューが好きだと聞いたんだが」 嬉しいとそう思うことくらい許してくれてもいいと思う。 「―――――うん、好き」 ロイ・マスタングのことが好きだ。 その人影を見たとき、彼ではないかとそう何故か思った。 こんなところにいるわけないとそう思った。暫くオレセントラルには来ないから、とそうつれなく言っていたからだ。しかし、何故か彼だとそう思った。 いや、それは希望だったのだろう。彼であって欲しいと。 しかし、心の底では思っていたようにその人影は違っていた。 一瞬ではあったが、振り向いたその顔は彼のものではなかった。 「どうしたんですか?」 ホークアイにはわかっている筈だった。しかし、敢えて口にするところに意地が悪いとそう思わずにはいられない。 「いや」 エドワード・エルリックなのではないかとそう思ったのだ。 「この私にこんな思いをさせるとは」 そんな人が現れることなどないとそう思っていた。それなのに――。 電話をしようとそう思った。 電話をして淋しいとそう言おう。そうしたら、彼は何と言うだろうか。困るだろうか。 困ればいい。私にこんな思いをさせるのだから。 女性に物なら送ったことがある。 しかし、子供に贈ろうなどと思ったことはこれまで一度もない。しかも、男の。 ショーウインドーに目が釘付けになる。 そこにはロイの目を射抜いた書籍があった。 エドワードが探していた本ではなかっただろうか。 「探している本があるんだけどさ、見つからないんだよ、大佐。何処にあるか知らない?」 エドワードが口にした書籍には聞き覚えもなかったものだった。 「知らないな。聞いたこともなかったし」 「ちっ」 「今舌打ちしたか、仮にも上官に」 「勝ってくれると助かるんだけど」 「何で私が君にそこまでしなくちゃならないんだ」 「ちぇっ。じゃあさ、見つかったら教えてくれよ」 「それくらいならいいだろう」 そう会話をしていた。 一瞬、ロイの中で躊躇いが生まれた。買うのは別に構わない。 しかし、エドワードのためにわざわざ買うなどというのはどうだろうというものだった。 女性じゃあるまいし、何故私が鋼のに買わなきゃならないんだ。 一瞬、本当に一瞬だけ、書籍を渡したらきっとエドワードは喜ぶだろうな、とそう思った。きっと。 結局ロイはその書籍を溜息混じりに買った。国軍大佐であるロイには大した金ではなかった。 エドワードが報告書を渡しに何気なく当方司令部にやってきたとき、ロイはそれを何気なく渡した。本当に何気なく。 「君が探していた書籍だ」 「うわー、マジで?」 本一つで喜びの声を上げるエドワードは子供相応の顔をしていた。 いつもどこか油断なく気を張っている子供が一瞬、隙を作った。そこから現れたのは少年の素顔だ。 たまにはいいか、とそう思ったのは、その素顔を見せてくれたのが嬉しかったからではないかとそう思う。 |