前から思っていたが、紗英は頭が悪いのではないだろうか。
いつものように、出雲に求愛行動をし、「俺は男だって言ってるだろう!!」と足蹴にされている。馴染みの光景だ。出雲をすっかり女性だと勘違いしており、自分のプリンセスだと公言して憚らない紗英は、そんなことをされてもへこたれない。
口の中でガムを噛んでいた梅樹は、ガムで風船を膨らます。
「何であんなに懲りないんだ」
学校の屋上は、その二人の間だけ、喧騒に包まれている。 梅樹はすっかり呆れてしまう。 が、ある意味、感嘆してしまう。
「梅樹、國崎君がバンデラスのところに行くって」
しかし、それでも梅樹に泣きついてくる。これでも長男だからか、一応話は聞いてやる。 出雲と共演する相手のことが紗英は気になって仕方ないようだ。
「あー、共演してるんだから、当然だろう」
因みに実の弟の松樹はひたすら本を読んでいる。その横で玄衛は面白そうな顔をこちらに向けている。要するに相手をするのは自分の役目だ。
誰も紗英に出雲の性別の間違いを正していない。本人が言っていても勘違いしているくらいなのだ。恐らく誰が言っても聞く耳持たないだろう。どうして、出雲の性別を女性だと思っているのかはわからないが、出雲のことだなら何かしたのだろう。 面と向かって言わないが、紗英は顔もいいし、梨園の出だし、実力も申し分ない。それなのに、この状態では残念なことに頭が悪いのだろう。
「梅樹?」
見上げる紗英の目が綺麗だった。前よりもずっと澄んだ目をしている。それは、出雲が彼を変えたからだ。傲岸不遜な性格もすっかり丸くなった。今までだったら、敢えて関わらなかっただろうに。 気付いたら、手が紗英の頭に伸びていた。猫に普段するように、頭をよしよしと撫でる。
あー、松もこんな風に俺を頼らないかな。
ふと、そんなことを思った。
気づいたら弟は自分を追い抜いている。それが少しだけ寂しいとは口にしたりしないが。
そんなことを思っているとは露知らない弟は、読書の真っ最中だ。
「やる、これ」
ポケットに入ってたガムを取り出す。丁度残り一つだった。
「ミント味?」
パッケージで何味か紗英にはわかったらしい。
「頭、すっきりさせろ」
「すっきりしてるよ、僕は!」