身体が怠く、動けない。今日は朝から稽古の筈だったのに。布団の中で、加賀斗は少しだけ身じろぎした。 その隣に八雲が不安げな顔をして、正座している。
「加賀斗。大丈夫か?」
「大丈夫です」
いつもそう答えているのを、思い出した。 けれども、そこまで体調が悪いわけではない。
「出雲も戻って来たことだし、國崎屋のために無茶しなくていいぞ」
気遣われる言葉。
「違います。師匠」
加賀斗は布団から起き上がった。
自分の為です、ときっぱりそう答える。
もっと自分の芝居を上手くなりたいんです。
誰よりも自分の為に。
もちろん、國崎屋の為もある。昔から、身体が弱い自分でもやれることがあると八雲が教えられた。それがどれだけ嬉しかったか。だからこそ、自分を活かせる歌舞伎を、女形を上達させたい。〈br〉 「そうか」
八雲は嬉しそうに口元で笑った。
彼は歌舞伎をとても愛している。 八雲は嘗て自分を魅了した舞台役者だ。 その八雲が目の前で自分のことで嬉しそうなのが、すごく嬉しい。 知らず、加賀斗も淡く微笑んでいた。


師匠、貴方がいたから今の僕がいます。
いつもありがとうございます。
労わるように、八雲が加賀斗の髪を撫でた。